Twitterにあげてた話 | ナノ

彼氏のことが好き過ぎて近付けない





太陽に燦々と照らし出されながら大好きな人と歩く道というのは、どうしてこんなにも全てが輝いて見えてしまうのか。高いビルが建ち並んでいるけれど、吸い込んだ空気は大自然の中の澄んだものにすら感じてしまう。

「………そんな遠くを歩かれたら不審者と勘違いしてしまいそうなのですが」
『ごっ、ごめんなさい!もっと離れますね!』
「何故そうなるんですか」

歩みを止めて振り返った彼は目を眇めてこちらへと足早に近付く。慌てて後退るけれど間に合わず、目の前に雪解けの雫のごときご尊顔が近付いて呼吸が止まり、心臓が暴れ出す。

『あ、あの、あのあの、ゆ、夢野先生ッ、』
「夢野“先生”…?」
『ゆ、夢野、さん…』
「…まあ、妥協点にしましょう」

どこか納得がいっていないのか、僅かに口角を下げながらも小さく頷いて右手を差し出されるけれど、意味が分からず首を傾げてしまう。チラリ視線の先に映ったコンビニを見て、夢野さんが言いたい事が分かり、財布を取り出す。

『何を買ってきましょう!?』
「…は?」
『コーヒーですか!?それともご飯系とか!?』
「貴女が何か勘違いしている事は分かりました。とりあえずその財布を仕舞ってください」

頭が痛むのか、眉を寄せて額を抑えてしまった夢野さんに焦りが募っていく。私は何かやらかしてしまったのだろうか。困らせてしまったのだろうか。冷や汗が背中に流れ、頭が真っ白になって、寒いわけでもないのに指先から体温が奪われていく。

「小生が言いたかったのは、折角のデートなんですから手を繋ぎましょう、という事です」
『て、てて、て、手ェ…ッ!?』
「そんなに驚く必要は無いでしょう。恋人同士なのですから」

信じられないだろうが事実なのだ。月とすっぽん、いや月と泥水。もっと言うならばハウスダストである私がどうして夢野さんとお付き合いが出来ているのか。それはとある大雨の日に、偶然立ち寄った純喫茶で初めて彼を見かけて一目惚れをしてしまい、ストーカーも吃驚の執拗さで告白を繰り返し、通算四百敗を達成してしまったのである。もうこれで最後にしようと、玉砕覚悟で気持ちを伝えた四百一回目の時にその奇跡は起こったのだ。

───貴女の執念深さには舌を巻きますね
───す、すみません…
───仕方ないので、小生もその余興に付き合ってあげましょう
───そうですよね…。いい加減に諦め……、え?

呆れた様子で眉を下げながら微かに微笑みを浮かべた夢野さんの美しさと言ったら、私なんかの語彙力では表現出来ない。よく考えれば分かる事だが、あまりの執拗さにしょうがなく頷いてくれたのだろう。けれどその時の私は浮かれすぎて、そんな簡単な事にすら気付けなかったおかげと言っていいのか分からないが、今もこうしてお付き合いが続けられている。

『手ッ、手を繋ぐなんてっ、お、恐れ多いです!』
「こんな事で狼狽えられては、次に進めないのですが…」
『つ、つ、つつつ、次…ッ!?』

顔が燃えたのではないかと錯覚するほど熱くなって、体が固まる。何度も言うが、私と夢野さんは月とナメクジなのだ。住む世界がまず違う。同じ空気を吸う事すら烏滸がましいというのに、手を繋いだり、あまつさえその次なんて、神が許しても私が絶対に許さない。

「……小生を神聖化しすぎる所があるとは思っていましたが、ここまでだとは…」

これでもかと深い息を零した夢野さんは一歩踏み出して、意味も無く胸の前でワタワタと暴れていた私の手首を掴む。その瞬間、まるで心臓が鷲掴みされたみたいに大きく跳ねる。うとか、えしか言えなくなった私を見た夢野さんはちょっとだけ喉を鳴らして笑って、見惚れてしまうほど綺麗な瞳を隠す様に瞼を閉じた。

『……え、』

唇に感じた温もりと感触に、ただでさえ動いていなかった思考が完全に止まってしまう。開かれた双眸と視線が絡んで逸らせない。夢野さんがもしメデューサならば、私は真っ先に石にされてしまうだろうけど、本望である。この人に支配されるのであれば、喜んでこの身だって命だって差し出す。そんな現実逃避にも似たくだらない事を考えている私とは裏腹に、夢野さんは頬に触れて親指で私の唇をなぞると徐に口を開く。

「短気ではないですが、小生は自分が気の長い方では無い方だと思ってます」
『へ、…え?…ゆ、ゆめの、さん』
「ですので、」

子供が影遊びをする様に狐の形をした綺麗な指先がふに、と唇に触れて啄む様に一、二度動かされる。耳の奥では自分の心臓の音が鳴り響き、周りの風の音や、木々の騒めきすら遠くなって、私達が切り取られた感覚に陥っていく。妖しくも柔らかな笑みを浮かべた夢野さんは甘やかに言葉を紡いだ。

「そんなにゆっくりしていたら、パクパク食べてしまいますよ」

細められた瞳は肉食動物を彷彿とさせ、背筋にビリビリとした何かが走る。手首を掴んでいた手が緩やかな動きで重ねられて包み込み、一本一本の指が時間をかけて絡まっていく。私だって何も知らない純新無垢な子供じゃない。無意識に鳴ってしまった喉の音に恥ずかしさが生まれるが、夢野さんはそんな私の唇を狐の形をした爪先でもう一度甘噛みをして、酷く愛おしげに表情を綻ばせた。


[ back to top ]

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -