流水落花 | ナノ
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 一夜明け、トウリは新品の額当てを巻いて家を出る。
 父はトウリが起きるより前に任務ですでに家を発っており、顔を合わせることがなくて幸いだった。
 集合場所には時間より十五分も前に着いた。
 少し待っていると上忍師や班の仲間も現れ、結果として予定時間よりも早く揃った。

「まずは自己紹介だな。俺はケイセツ。今日から君たち三人の上忍師を任された」

 ケイセツと名乗った男性は、歳は三十一といった。
 トウリにとって三十一は自身の父と変わらぬ歳であったが、父よりずっと若く見える。
 きっと厳めしい顔ばかりしているから父の方が老けて見えるのだと思い、昨夜のことが過ぎってふつふつと怒りが蘇ってきた。
 チームメイトは二人。どちらも男。
 赤毛のメイロは十二歳。
 黒髪のコカゲは十三歳。
 コカゲはトウリと同時期にアカデミーを卒業したばかりで、傷一つない鉢金を額につけた面持ちはどこか強張っている。前髪は長く、目元は見えない。
 最後にトウリが名乗ったあと、下忍の中では最年長のメイロが、

「うちは一族ってことは、写輪眼が使えんの?」

と遠慮する素振りもなく問うた。
 木ノ葉の忍者であれば、うちは一族のことを知らぬ者はいない。
 加えて、『写輪眼』というものの存在に結びつくのはごく自然なことではあったが、開口一番訊ねられるとは思っておらず、尻込みした。

「いや。トウリはまだ開眼していない」

 どう返すか考えている間に、トウリに代わってケイセツが答える。
 確認を取るようにこちらを見やるケイセツに、トウリは黙って目を閉じた。
 昨夜の感覚を思い出す。鍵をかけるように、あるいは錠を解くように。目の奥にチャクラを集中させる。
 開くと、赤く染まった景色と、驚いた顔のケイセツたちが見えた。

「写輪眼? おかしいな。アカデミーからの資料では、まだ開眼していないと……」

 事前に頭に入れていた情報との相違に、ケイセツは動揺している。
 他の二人は写輪眼そのものを見るのが初めてなのか、メイロは興味深そうに、コカゲは恐れを覚えているのかサッと顔を逸らした。

「報告漏れか? まあ、写輪眼はあるに越したことはないからな」

 資料に手違いがあったのだろうと、ケイセツは特に不審に思わず、事実を受け入れた。実際、アカデミーを去るまで写輪眼は持っていなかったため、資料の内容は正しい。

「写輪眼ってそんなにすごいんすか?」
「ああ。お前たちの歳だと……そうだな、うちはシスイがいるだろう」

 どこか間延びした声で訊ねたメイロに、ケイセツはシスイの名を出した。
 この場で出るとは思っていなかったシスイの名に、今度はトウリが驚く。写輪眼を維持するチャクラの調節がうまくできず、視界は紅を抜いた、元の色の世界に戻る。

「あーシスイかぁ。あいつは写輪眼どうこうって言うより、元から天才っすからねぇ」
「会ったことがあるのか?」
「アカデミーで一緒だったんすよ。でもあいつ、ぽんぽんぽーんってアカデミー出てっちゃったんで、そっからはよく分かんないすけど。めちゃめちゃ活躍してるって話は聞いたことあるんで」

 シスイと同時期にアカデミーで共に学んでいたと知り、トウリはメイロに興味が湧いた。

「シスイと一緒に勉強したの――です、か?」

 思わず訊ね、気が急いて年上に対し礼を欠いたと慌てる。とってつけた敬語に、メイロは気を害した様子はない。

「まあな。一年か、一年ちょっと。いや、一年ないかも。ま、その辺」

 メイロは暗褐色の双眸をトウリに向け答えるが、肝心の記憶は曖昧らしい。

「すっげぇデキるけど、中身もすっげぇデキた奴だから、自惚れてるとか鼻につくとかなくてさ。すっげぇ奴だよ」
「いまいち伝わらんが」
「いやホントすっげぇんすよ。でも写輪眼とか使ってるとこはぶっちゃけ見たことないんで、そっちのすごさは分かんないっすね」

 手放しでシスイを「すごい奴」と褒めるメイロに、トウリは自分が褒められたかのように嬉しくなった。

「うちはシスイがあの歳で危険な前線で生き残り成果を挙げているのは、あいつ自身の能力の高さもあるが、写輪眼と、それをうまく使いこなす技量があるからだ」

 それからケイセツは、写輪眼の具体的な能力をメイロたちに教えた。チャクラの流れを目で捉えることができ、優れた動体視力で相手の行動を容易く読むことができる。
 トウリが母から学んだ知識とほぼ変わりなく、写輪眼を手に入れた自分もそんなことができるはずだと、今更ながらに気づいた。

「そんなにすげぇ代物だったんすね。うっわぁ。んじゃトウリ。なんかあったらいろいろよろしくな」
「おいおい。この中ではお前が先輩だろうが」

 トウリの肩をバンバンと叩いて、メイロは大口を開けて笑った。遠慮というものはまるで感じられない。
 ケイセツは呆れ、年嵩としての振る舞いを説くが、当のメイロにはあまり響いていないようだ。
 自己紹介をしてから一言も発しないコカゲは、トウリから顔を逸らしたまま黙し、まるで置き物のように振る舞い続けている。
 下忍の日々は、そんな風に始まった。



 班に命じられる主な任務は運搬だった。
 里から近い屯所への物資を運び、屯所から里への荷物を運ぶ。それは食料だったり医療品だったり、あるいは負傷者であったりしたが、メイロが『オレたち荷車だな』と称するくらいには、運搬作業以外の任務はないに等しかった。
 アカデミーを出たばかりの新人が二名所属しているため、直接前線へ出ることはない。しかし戦争というひりついた空気を肌で感じるには十分だった。
 任務の合間には、ケイセツの指導の下で修練も重ねた。組手では年上相手にも全力を賭し、時にはメイロやコカゲを地に着けることもあった。

「さすがうちは一族だな」

 幼いトウリの実力を、ケイセツは当然のように受け入れ肯定する。
 うちはである、というただその点だけで、小さな体躯が一回りも大きな男子を転がしても、何の違和感も持たない。
 メイロもそうだ。コカゲも、言葉はないしにしても、裏を返せば是ということだと、トウリは解釈した。
 何にしても、彼らにとってトウリは『うちはトウリ』であり、個として見ることはほぼなかった。

 写輪眼の扱いに関してはケイセツも専門外であったため、トウリは仕方なく父から手解きを受けている。
 トウリの写輪眼は、正確にはまだ完全体ではない。
 両目にある勾玉のような文様はそれぞれ一つだが、それらが三つ揃うことで本来の力を存分に発揮する。

「うちはの眼は、すべてを見切る正しき眼だ。しかし、写輪眼があればよいわけではない。いくら眼で相手の動きが読めたところで、体が動きに追いつかなければ意味がない」

 言って、父はトウリをひどくしごいた。
 動きを見切って避けるだけのことだったが、父は一切手を抜かず、トウリは父から放たれる攻撃のほとんどを受けてしまい、体のあちこちに痣や傷を作った。
 風呂に入るのは苦痛だった。作りたての傷に湯が染みるし、全身のいたるところが赤黒い体は、自分のものとはいえ――むしろ自分のものだからこそ見ないわけにはいかず、なるべく目を閉じ、烏の行水さながらに早々と浴室を出る日が続いた。



 ある日。混雑する受付所で、ふとシスイの名が聞こえた気がした。
 振り返って辺りを見回すと、遠く離れた位置に、癖のある黒毛の頭を見つける。
 シスイだ――思い、トウリは近づこうと一歩踏み出すが、帰還した一隊が前を過ぎるため、それ以上先へは進めなかった。

「お、シスイじゃないか」

 団体の半ばを歩いていた男が足を止め、シスイの名を呼んだ。

「隊長。お久しぶりです」

 久方ぶりに聞いたシスイの声。
 人垣ではっきりとは見えないが、シスイは男性と向き合っている。『隊長』と呼ばれた男は、恐らく今も隊を率いて里へ戻ったのだろう。待っていろと部下に指示を出し、彼らは声もなく従い、その場で待機する。

「まったくだ。今回の部隊にお前も入れてほしいと頼んだが、お手付きだからと断られたぞ」
「やだなぁ、その言い方。おっさんに言われても気味が悪い」

 年上の、以前は自身の隊長であった男に対し、シスイは何の遠慮もなく軽口を叩くが、男は怒るどころか笑う。
 たったそれだけのやりとりで、二人が気安い仲だというのが、見えなくてもトウリには分かった。

「お前も任務が終わったばかりか?」
「ええ。でもすぐ出ますよ」

 すぐに行ってしまう。ならばなおさら、一言でもいいからシスイに声をかけたい。武運を祈り、自分も同じ下忍になったことを伝えたい。

「相変わらずだな。体だけは壊すなよ。お前が欠けるとオレたちも困る」

 男の声は、さきほどとは一転して真面目なものになる。シスイの体調を思いやりつつも、里の利害を指摘するものだった。

「分かってます――では、失礼します」

 そう言ってシスイは、顔も見えないまま行ってしまった。なんとか見えたのは団扇の紋をあしらった背中だけ。
――今度こそ、シスイと一緒に居られると思っていた。
 シスイの言うとおりにアカデミーを早く卒業し、下忍になった。シスイの卒業した歳より遅かったが、それでも十分早い方だった。
 自身は親友のタクマの方が秀でていると言っているが、シスイも下忍でありながらその能力の高さを買われ、今では若く才能あふれる優秀な忍の一人だ。
 下忍になったばかりの新米のトウリは十把一絡げのうちの一人で、同じうちはであってもシスイと肩を並べることはできない。
 寂しさが募る。一体何のために、自分はあれほど急いでアカデミーを出たのか。
 けれど、トウリはもう思慮に欠けた子どもではない。十に満たずとも木ノ葉隠れの里の忍。
 この距離は正しいと理解し、泣き言は喉の奥に押し込んで、自分の任務へと向かった。



06 伸ばせぬ手を仕舞い

20201027
(Privatter@20201019)


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