最果てまでワルツ | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



 『じゃあ、明日は第八演習場に集合だ』と、任務が終わったあと、翌日の集合場所と時間を告げられた。任務ではなく鍛錬を行うのだろうと思い、少しだけ明日が待ち遠しくなる。下忍になりたての仲間が居るので仕方ない話だが、受ける任務はどれも張り合いがない。だったら鍛錬を行う方がマシだった。
 明日はどんな修業をやるのだろうかと考えつつ、その日の家事を終わらせて床に就く。

 常と変らぬ時間で起床し、食事と身支度を済ませて家を出た。当然ながらオレは遅刻しない。決められた時間より早くつき、先生やリンたちを待つ。
 リンもオレと同じように集合時間より早くに顔を出し、今日は何をするのだろうかと、さして盛り上がることもなく残る二人を待った。

「やあ。カカシとリンだけかな?」

 ミナト先生が姿を現し、周囲を見回して言う。

「ええ。オビトは遅刻です」
「そんな、まだ集合時間じゃないんだし」

 リンがオレに非難めいた声を上げる。たしかにまだ集合時間ではなかったけれど、その時間を五分過ぎても、やはりあいつの姿は見えない。
 ほらな、とリンに視線を送ると、心配そうに辺りを見て、あいつが駆けてくるのを探しているけれど、騒がしい声も、やかましい足音も聞こえてこない。

「うーん。今日も遅刻かな」

 先生が困った顔をしながらも呑気な声を上げる。せめて厳しい表情をしてほしいものだ。サホといいリンといい、どうしてオレの周りは、オビトに甘い奴ばかりが集まるのだろう。
 しばらくすると、複数の人間の声を耳が拾った。こちらを目指しているのか、だんだんと声が近づいている。

 オビトの奴、とうとう、じいさんばあさんを連れてきたのか?

 道で寂しそうにしていたからとか、話し相手が居なくてつまらなそうにしていたからとか、そう言って連れて来てもおかしくはないなと、オレの頭も相当、オビトに毒されている。
 しかしオレの予想は、当たり前だが裏切られ、姿を見せたのは若い女性の忍と、その後ろをついて歩く三人の、オレと歳の近そうな忍だった。

「ミナト、連れてきたわよ」
「ん。待ってたよ」

 女性がミナト先生の名を親しげに呼び手を挙げる。先生の言葉から察するに、どうやらオビトだけではなく、この一団を待っていたらしい。
 何なのだろうと、女性と、その後ろにつく忍に目をやると、一人の女子と目が合った。

「リン? はたけくん?」

 目を真ん丸にして、オレとリンの名を呼んだのはサホだ。

「友達かい?」
「はい。私とサホと、カカシとオビトと、四人でよく修業していました」

 ミナト先生にリンが答える。先生は「ちょうどよかった」と言い、現れた四人――主にサホたちの方に一歩足を踏み出し、簡単な自己紹介をした。その際、「合同で修業行」という言葉が耳に入り、どうしてサホたちがここに来たのかも分かった。
 久しぶりに見たサホは、リンやオビトたちと同様、受け取ってまだ日が浅い、ほぼ新品の額当てをつけている。
 リンと似ているような、そうじゃないような、女子が着る忍服を纏っているサホは、何となく、本当に何となく、オレが覚えているサホと違う。何がどうとは言えない。服装が違ってるからだろうか。よく分からないけれど、何となく、アカデミーに居た頃と少し違った。

「――あれ? リン、オビトは?」

 サホの口から『オビト』と名前が出て、ああやっぱりサホはサホだなと、姿が変わろうとも人の中身など一ヶ月やそこらでは変わらないよなと、真理を見た気がした。

「あいつは遅刻だよ。今日も」

 口ごもるリンの代わりにオレが答えた。『今日も』と強調した意味が伝わったのか、サホは少し眉を寄せ、心配そうな表情を見せた。サホが心配したところで、あいつの悪癖はどうにもならない。

「なら、こっちから自己紹介にしましょう。私はうずまきクシナ。この三人の担当上忍よ。ミナトとは同期だったの。よろしくね」

 笑顔を見せる女性は、快活に名乗った。赤く長い髪が真っ先に目に入る。『うずまき』という姓とこの容姿からして、クシナ先生はうずまき一族なのだろう。うずまき一族の存在自体は知ってはいたけれど、こうしてしっかり顔を合わせた人は初めてだ。
 次に名乗ったのは、顔立ちの整った男。オレより少し年嵩だろうか、まるで舞台の上に立ったかのように一礼すると、『月下ヨシヒト』と自身の名を告げ、月下美人の化身だとか、美の伝道者だとか、よく分からないことを口にした。

「ヨシヒト……それは毎回言わなきゃだめなやつなのかしら?」
「もちろんです」

 笑みを浮かべる顔は、やはり演習場より舞台の上の方が似合う。どうやら幻術使いのようで、「木ノ葉の里を美しの里に」とかなんとか胡散臭いことを言い、隣の男が鋭い目を向ける。
 クシナ先生が咳払いをし、その鋭い目を向ける男に、名乗るようにと促した。

「海辺だ」
「海辺ナギサ、だよ。ナギサって呼んであげてね」
「余計なこと言わなくていいんだよ! ぶっとばすぞ!」

 男の――海辺ナギサの怒鳴り声に、隣に立っていたリンの体がびくんと大きく動いた。声の大きさ自体もうるさかったし、低い声も威圧的に響く。女子には恐ろしいか――とリンからサホへと目を向けると、サホは少し項垂れていた。視線はヨシヒトやナギサからずれていて、やけに小さくまとまって見える。

「はいはい。続けて続けて」
「あー…………医療忍者っす」

 クシナ先生が手を叩き、噛みつくようなナギサを制して続きを急かすと、ナギサは自身を医療忍者だと称した。

「え?」

 驚いた声を上げたのはリンではあったけれど、オレも声にはならずともびっくりした。

「あん?」
「あっ……す、すみません」

 リンの声に、眉を寄せるナギサに、リンは慌てて顔を俯けた。この姿、この態度、この顔つきで医療忍者。どこからどう見ても、前線で暴れまわる、パワー型の戦忍なのに、医療忍者。信じられないけれど、サホたちが何も言わないということは、事実として受け取るしかない。
 その後ヨシヒトから、自身とナギサはサホの一期上で、以前の班が解体されたため、サホと班を組むことになったと告げられた。言われたら、顔を見たことある気がするけれど、はっきりとは思い出せない。
 最後はサホがミナト先生へ向けて名乗り、『クシナ先生から封印術を学んでいる』と言った。うずまき一族は封印術に長けているらしいし、ならば学び甲斐があるだろう。

「じゃあ今度はこっちだね」

 言うと同時に、ミナト先生がオレの背中を小さく叩く。組んだ腕を解いて、名前と共に簡単に自分のことを説明すると、向こうからは既知だという答えが返ってきた。

「アカデミーに入ってすぐに飛び級で卒業って聞いたときは、みんなびっくりしていたよ」
「……どうも」

 アカデミーに籍を置いていた時間が短いので、そのときの思い出も人より少ない。同じ学び舎に居た時期もあっただろうけれど、ヨシヒトもナギサもやはり記憶にない。
 リンも名乗り終え、こちらの紹介は一旦は終わった。

「で、もう一人なんだけど……ちょっと遅れていてね」
「どうせまた、どっかのおばあさんに捕まってるんですよ」
「まあまあ……きっともう来るよ」
「どうだか」

 いつもの遅刻ならいつもの理由だろうとミナト先生に言うと、リンがやんわりとオレをなだめる。来る来ないの問題じゃない。遅刻自体が大問題だと言うのに、みんな、理由が理由だからと曖昧にするけれど、こうして他の班にまで迷惑をかけるようじゃ、問題児のオレと同じくらいオビトも問題児だ。
 上忍師同士がどうするかと話し合っていると、ようやくうるさい声と足音が響いて、オビトがオレたちの下に着いた。

「あー! 危なかった!」

 息切れしながらも、オビトは何に安心したのか、スッキリとした顔で言うものだから、オレの頭の中のスイッチがカチンと入った。

「『危なかった』じゃない! いい加減に遅刻するのはやめろって言ってんでしょ!」
「ああ!? 仕方ねぇだろ! ばあちゃんが困ってたんだぞ!」
「遅刻をやめられないんだったら忍を辞めろ」
「んだよ。何様だてめぇ!」
「下忍三年目様だよ、一年目」

 『一年目』を強調して言ってやると、オビトは口を噤んだ。年下のオレが数年先輩なのは事実だから否定しようもない。
 先生が以前、オビトに辞めろと言えるのは自分だけだと仰ったが我慢ならない。こうして足を引っ張られることに、害はあっても利はない。被害を受けているのに黙っていろと言うのなら、まずはオビトのこの悪癖を本気で止めるべきだ。

「二人とも。ほら、今日は私たちだけじゃないから……」
「え? 何が? お? あれ? サホじゃん!」

 いつものようにリンが仲裁に入り、オビトはようやく、オレたち以外の存在に気づき、その中に居た見知った顔を指差し、名前を呼んだ。

「人を指差すな」

 オレの指摘なんて気にも留めず、オビトはサホの方へ向き直ると、久しぶりの再会にすっかり意識を傾けた。サホは笑って手を振り、その姿をオビトは無遠慮に眺めた。

「なんだ、なんか雰囲気変わったなぁ」

 オビトが言うと、サホは身を隠すように腕を前に持って、そっと視線を外した。心なしか頬も赤い。オレも同じことを思ったけれど口には出さなかったが、もし出したとしても、きっとサホはこんな態度は取らない。好きな相手だから、あんな顔をするのだろう。
 ミナト先生に促され、ようやくオビトが自己紹介をしたところで、やっと本題に入ることができた。初対面の相手にも構わず『いずれ火影になる男』と自称できるあたり、図太い神経をしているとある意味で感心した。遅刻しておいて堂々と言い放てるのだから、大した度胸だ。



 まずは互いの力量を計るため、オレたちの班とサホたちの班で戦うことになった。
 結果はオレたちの班の勝ち。オレたちというより、ほとんどオレの勝ちのようなものだったけど。
 サホたちの班は、ヨシヒトが得意の幻術をうまく使い、リンとオビトを地に伏せた。オレも幻術にかかりはしたけれど、すぐに解いて一人ずつ狙い、三人全員から参ったを取った。
 終わったあとは上忍師の下へ集まり、先ほどの戦いの反省会だ。

「さて。初めて他の班と戦ってみて、どうだい?」

 ミナト先生がオビトとリンに向けて問う。

「えっと……」
「はい! カカシがあのとき、オレの火遁の邪魔をしなかったら、うまくいってたと思います!」

 答えようと、先ほどの戦いを思い出しているリンよりでかい声で、オビトがわざわざ挙手をしたあと、オレを指差した。

「バカ言わないでくれる? オレが蹴らなきゃ、お前はあっちの医療忍者にぶん殴られてたでしょ」
「はあ!? んなことあるかよ! 医療忍者だぞ!?」
「医療忍者だろうが何だろうが、事実だ」

 オビトが火遁を発動させる直前、あちらの医療忍者のナギサが、その太い拳をオビトへ目がけて振り下ろしていた。だからオレはオビトを思いっきり蹴って、殴られるのを防いだだけだ。ま、加減をするのが面倒で思いっきり蹴ってしまったけれど、恨みがあったわけではない。多分。
 反省会はミナト先生からの「チームワークを大事に、連携を重視して」という普段と変わりない言葉で締め括られた。
 連携。連携ね。リンはともかく、オビトはオレの指示に従うのは気に入らないから、オレが言ってもきかない。下忍一年目より、三年目のオレの方が場を読めているし、正しい判断ができるのに、オレが気に食わないからと撥ねつける。

 ガキじゃないんだから。

 十にも満たないオレたちは子どもだけど忍だ。なら、子どもであって子どもじゃない。
 ただの子どもはクナイなんて打たない。ただの子どもは火遁で人を焼いたりしない。
 忍になったなら、好きだの嫌いだ言っている場合ではない――と思うと共に、自分も大概だと自嘲した。
 ため息一つついて自分の気持ちに区切りをつけ、騒がしい一団を見やると、いつの間にかリンとナギサ、オビトとヨシヒトに分かれて、それぞれが顔を突き合わせて話をしている。後者は話をしているというか、オビトがしかめっ面をしていて、対するヨシヒトは隙のない笑顔で応えているので、前者と比べると穏やかさがまるでない。
 その二組から外れているサホは、心配そうにオビトを見ている。

「サホのとこ、個性が強いね」

 隣に立ち、ナギサとリン、ヨシヒトとオビトに目を向けて言うと、サホからは間を置いたあと「うん」と肯定の言葉が返ってきた。サホ自身はあまり個性が強い方ではない。だからこそ、彼らとの対比を考えると、より『個性がない』というのが浮き彫りになる。

「はたけくんも、久しぶり」
「久しぶり」

 挨拶されたので、挨拶を返す。サホとはどれくらい顔を合わせていなかっただろうか。一ヶ月か、それくらいだろうか。二ヶ月までは経っていない。
 数字にすると大した日数ではないけれど、改めて以前に会ったときのサホと比べると、今のサホは雰囲気が違う。

 顔? 顔は変わってない。髪型……やっぱり服が違うから?

 職業柄、わずかな違和感に目聡くなるものだけれど、サホの雰囲気が、どこかどう違うのか、オレにはさっぱり分からなかった。性の違いだからだろうか、女子の変化など長い髪を切ったくらいにしか目が向かない。
 観察するオレに気づきもしないサホは、オレがそうするのと同じように、その目をオビトに向けている。いつも見ていた横顔もまた雰囲気は前と違っているけれど、その瞳の熱は以前と変わらなかった。

「やっぱりまだ、オビトなんだ」

 熱の意味を知るオレが言えば、サホは恥ずかしそうにオビトから地面へと目線を移した。

「う、うん……」

 小さな声で頷くサホは、オレが知っているサホに違いなくて、雰囲気が変わっても中身はサホのままだと知ると、胸につっかえていた棒みたいなものが、ストンと落ちて楽になった。

「ま、これで会う回数も増えるでしょ」

 オレたちの班とサホの班が、共に修業を積む流れがくるのであれば、サホはオビトと何度も顔を合わすだろう。サホがオビトをまだ好きなように、オビトもリンをまだ好きで、実らない恋の行方は前進も後退もしないけれど、環境が変われば状況も変わる。

 鬼が出るか、蛇が出るか。

 アカデミーの頃のように、責任を負わず守られる存在で居る時間はもう終わった。これから下忍として、自分はもとより、木ノ葉隠れの里を守らなければならない。
 だから特に忍に成りたての時期なんていうのは、恋愛にかまけている時間なんて本当は許されないものだけど、どうやったってオビトばかりを目で追うくらいに慕う心を律することがサホにとって難しいのは、傍で見ていてもう知っている。
 なら、せめてオビトの件でまた落ち込んで、下忍として使い物にならないなんてことが起きない程度には、サホの恋路に荒波が立たなければいい。応援するわけじゃないけど、サホの色んな指針がオビトなんだから、もうこればっかりは仕方ないだろう。
 横顔は飽きることなくオビトを見ている。口は閉じられ、瞼は下りて上がるを繰り返すだけ。どうせオビトしか映らないのに、瞬きなんてする必要ないのではないか。そんな妙なことを考えてしまった。



05 不変の横顔

20190525


Prev | Next