さっさと終わらせたいという逸る気持ちを、ここで急いて漏れや誤りがあっては二度手間だという頭で押さえつけ、黙々と目と手を動かし続ける。
しばらくすると、いつものように、ベランダに誰かが降り立つ気配。音がなくても感知結界に引っかかれば、相手が気配を殺そうとも容易に分かってしまう。
カーテンを引いて、立つ男が常と変らぬ者であることを確認したあと、掃き出し窓を開ける。
「ねえカカシ。ベランダから入るんじゃなくて、もっとお互いにとっていい方法があるんだけど」
「へえ。なに?」
「知ってるかなぁ? もしかしたら知らないかも。あのね、『玄関』っていうのがあってね――」
「ソファー借りるよ」
よもや玄関の存在を知らないからベランダから来るのではないだろうか、という狂った考えは、書類と長時間睨めっこを続けた末の疲れからくるものだろう。肝心のカカシの反応はというと、つまらないと判断してすぐに、いつものように身を楽にし、ソファーへと寝転がった。
何回も続いてすっかり見慣れた光景。こちらを向くか、背もたれ側を向くかが日々違うだけ。今日は背もたれ側を向いている。
普段だったら、カカシのことはそのまま放っておいて、自分のやりたいことを続けた。今だったら仕事の続き。そうじゃなかったら読書の続きや忍具の手入れの続き。
でも今日は違う。背を見せて寝転がるカカシの頭の近くに座って、テーブルではなくカカシに体を向けた。
「あのさ。カカシの部屋は隣だよね」
寝転がってすぐだ。まだ寝入ってはいない。
「そうだね」
カカシからはすぐに返事があった。声に眠気は感じられない。
「どうして部屋に帰らないの?」
前置きなど一切せず、ただ訊ねた。
ずっと訊きたかったのに、ずっと訊けなかった。訊いてしまったらきっと、カカシは――
「迷惑なら出るよ」
「め、迷惑とか、そういうことじゃなくて」
言いながら上体を起こし、ソファーから足を下ろして立とうとするカカシを、慌てて制した。
やっぱり。カカシの性格はなんとなくだけど頭に入っているし、次の言動の予想もある程度できる。わたしがこのカカシの奇行について問えば、カカシはわたしの気を害したと思い、質問には答えずに逃げる。逃げるのは、答えづらいからだろう。
「ただ寝てるだけだし、だったら自分の部屋で寝ればいいじゃない。隣なのに」
カカシが身を起こして空いたスペースに座って、逃がさないように服を掴んで疑問をぶつけると、銀色の頭を掻いたり、首をさすったり、忙しない。
マスクがないことで見える口元は、何度か開いたり閉じたりしていて、目だけしか見えなかったときよりも随分と表情の幅が増える。
言いづらい、言いたくない。できれば言わずに済ませたいというのが、ありありと伝わってくる。
急かしては余計答えづらいだろうと、カカシの出方をじっと待っていると、ようやく観念したのか、薄い唇が動いた。
「サホの部屋に明かりがついてると、そっちに帰りたくなる」
少し俯いた横顔から絞り出されたような声は、わたしの首の裏を粟立てた。顔にぶわっと熱が上がる。
「……うちを誘蛾灯扱いしないでくれる?」
「……人を蛾扱いしないでくれる?」
恥ずかしさを誤魔化すために文句を言えば、カカシも目を細めて蛾扱いしたことへの不満を口にした。
「じゃあカカシはわたしを、何扱いしてるの?」
この流れなら訊き出せると、タイミングを逃さぬように間を置かずに問うた。カカシは虚を衝かれたような顔をし、先ほどと同じく、しばし黙ったあと、
「サホは、サホだよ」
と、わたしはわたしだと、ごくごく当たり前のことを口にした。
そんなの知っている。わたしは産まれたときから『かすみサホ』だ。
そうじゃなくて、そうじゃなくて。
「サホは、友達だし、同期だし、仲間だし、リンを死なせたオレを許さなくて、それがオレの生きる意味にもなった。オビトオビトうるさくて腹が立つ、いつか一緒に地獄に落ちる連れ合いだ」
カカシが並べ立てたものは、どこか殺伐としていた。だけどちっとも不満はない。
ああ、そうか。彼もまた、わたしと似たような考えをしていたのだと、こうして言葉にされてやっと分かった。
わたしにとってもカカシは、友達で同期で仲間。オビトの目でリンを死なせてしまったことは許せないし、カカシの中のオビトを殺してほしくないから、勝手に死んだりしたら、禁術を使ってでも生き返らせて殺してやりたい。オビトオビトうるさいのは――うん。自覚がある。一緒に地獄に落ちようと約束したのは、つい先日のこと。
「女として好きだし、サホもオレを好きだって言ったでしょ。だけど、恋人と呼んでいいのかは、ちょっと分からない。オレがサホに向けるものは、そんな単純なものじゃない。替えがきかない。まあでも、世間一般の枠にはめるなら、最適なのは恋人だとは思うよ。サホを他の男に取られたくはないし、サホが死んだらオレはもうこの先、誰も好きになれない」
付け加えられた情報は、胸にストンと落ちた。
わたしたちの関係を『恋人』と素直に称するのは、どうにもしっくりこない。恨みと罪悪感を抱いて、心に獣を飼い牙を向け合っているわたしたちに、『恋人』という関係は甘すぎて柔らかすぎる。
かといって、同期や仲間というには、わたしたちは互いに執着が強すぎる。後ろ暗い感情と同等に、恋慕も愛情も抱いている。自らの本能に従い、女として、男として、相手を手放せない。あらゆる想いを丸ごと向ける相手は、カカシ以外にいない。
だから、紅やテンゾウに対して説明するのに一番簡単なのは、やはり『恋人』という括り。
「そっか。うん。そうだよね。わたしも同じ」
ホッとした。カカシの出した答えが、全部わたしと同じだったから。わたしとカカシは、驚くほどピタリと、同じことを考えている。恋人と括ることへの戸惑いも、けれど強いて言えば恋人以外にないだろうという、止むを得ない感覚も。
驚くほどスッキリした。ついさっきまで、『わたしとカカシはどんな関係なのか』という疑問で頭がごちゃごちゃしていたのに、それがポンと蹴飛ばされて遠くへ出て行った。
気がかりがなくなって、心は晴れやかだ。今の気分なら、サクッと残りの仕事を終わらせられそうだ。ソファーから下りていつもの定位置の、ソファーの足下へと座り直し、書類に手を伸ばした。
「やっぱりここに帰るのは迷惑?」
書類に目を通すわたしに、真後ろから、少し遠慮がちなカカシの声が届く。話が終わったと背を向けるわたしの態度を、何やらよろしくないものとして受け取ったのだろう。
顔を後ろに向けると、眉が少し寄って、口を引き結んでいるカカシが見えた。大の男の不安顔なんて初めて見て、ちょっと可愛いと思ってしまった。
「だから、迷惑とかじゃないよ。カカシとね、わたしってどんな関係なんだろうって考えてたの。カカシを好きで、カカシもわたしを好きで、だけどリンやオビトのこともあって……カカシと付き合ってるとか恋人だとか躊躇もなく言えなくてね。今の関係を何て表せばいいんだろうって悩んじゃった。『カカシは恋人だよ』ってみんなに話したらカカシはいやかなとか、そもそも恋人って言うのもなんか違うなって……。でもさっきカカシが言ったこと全部が、ああそうだな、そうだよねって納得できて、共感できたの。同じこと考えてるなら、じゃあもう、大丈夫かなって。何か訊かれても『カカシは恋人です』って言っても、いいんだなって」
お互いがどう考えて、恋人と括っているのか分かってさえいれば、わたしは遠慮なくカカシを恋人と称することができる。わたしの中に巡る『恋人』への戸惑いを、カカシも感じて理解し合えているのならそれでいい。『恋人』の一言で片付く関係じゃないということを、誰よりもカカシが知ってくれているのなら、それでいい。
「だから迷惑とかじゃないんだけど。まあでも、ただ寝てるだけだから、寝るだけなら自分の部屋で寝ればいいのに、わたしの部屋に何しに来てるのかさっぱり分からなくって……」
人の部屋に帰ってきて、ただソファーで寝ていくだけのカカシの真意がまったく分からなかった。あの日からわたしたちの関係は変わったはずだけど、一体どういう風に変わったのか、もしくは変わっていないのか、それすらもよく分からない、宙ぶらりんなままだったから、余計に気になった。
――そうだ。別に、迷惑なんて思わなかった。ベランダじゃなくて玄関から来ればいいのにとは思ったけれど、当たり前のようにわたしの部屋に帰ってきて、当たり前のようにソファーで寝転がるカカシを見ると、胸がキュッとした。外では見せない顔を晒して無防備に寝る姿なんて、そうそうお目にかかれるものじゃないだろう。
「ソファー、寝づらいでしょ。わたしのベッド使ってもいいよ」
言いながら、今は戸を閉めている寝室を指差した。身長の高いカカシが寝転がるには、このソファーは小さい。こんなところで寝ては、起きたときに体が痛くなってしまいそうだし、しっかりした睡眠が取れないと任務にも支障が出る。わたしならカカシの代わりにソファーで寝てもそれほどつらくはない。
カカシは指の先の戸を見た。睨んでいるわけではないだろうけれど、引き結ばれている唇が、何とも言えない表情を作る。
「ソファー、狭いよね? わたしのベッドもカカシには狭いだろうけど、ソファーよりマシだよ」
「……や……そういう問題じゃないでしょ」
いきなりベッドの話を振った理由を説明すると、カカシはガクンと頭を垂れた。
「お前ね。そうやってホイホイと、男を自分のベッドに転がそうとするんじゃないよ」
「なっ……そ、そんなんじゃないよ。そういうことじゃなくて」
「いや、分かってるよ? オレは分かってるよ、お前の考えてることは。ただの親切心で言ってるってのは、十分に汲み取ってるよ。でも他の奴は違うこと考えるからね?」
「どうして他の人に言う必要があるのよ? カカシ以外に言うわけないじゃない」
売り言葉に買い言葉。まさにそんな感じで言い返すと、カカシはピタリと動きを止めた。一秒、二秒、三秒。しばらくそのまま見つめ合っていると、
「恐ろしい……お前はホントに恐ろしいよ……」
再び頭を伏せ、両手で顔を隠しつつ、ブツブツと何か言っている。「つらい」「怖い」と、あまりいい響きではない言葉を並べられては、こちらとて面白くない。
「もういいよ。勝手にすれば」
カカシのことを気遣っただけなのに、恐ろしいもの扱いするのなら勝手にしたらいい。明日起きて体がバキバキで動きにくくても、しっかり睡眠が取れずに頭が回らなくても、全部カカシの責任だ。
再び前を向いて、カカシを突き放してやる。大体、わたしは仕事があるのだ。今夜中に進められるところまで、欲を言うなら一気に終わらせてしまいたい。
「ごめん。言ったでしょ? サホがオレを思って言ってくれたってのは、ちゃんと分かってるから」
真後ろから言い訳が飛んでくるが無視してやった。「サホ」と名を呼ばれたけれど、それも無視だ。
しばらくはわたしが書類を扱う音だけが響き、お互いに言葉は発しなかった。
「ここがいい」
カカシの手が伸びて、わたしの髪を一束、手に取る。風呂を済ませて下ろしたままの髪を、カカシの長い指が何度も梳く。
何もかも無視するつもりではあったけれど、優しい手つきに引かれるように、少しだけ顔を後ろに向けた。カカシはいつの間にか、こちらを向いた状態で横向きに寝転がっていて、右目だけを開けてわたしを見ていた。
「サホの傍がいい」
夜の色をした瞳で、カカシは言った。薄い唇の傍には黒い点。一つそこにあるだけで、これほどまで妖艶に彩るこの黒い星は、一体どれだけの人がその存在を知っているのだろう。
カカシはそれから何も言わず、わたしとしても何を喋っていいのか分からず、二人して黙って見つめ合う状況の恥ずかしさに気づいて、わたしの方から目を伏せて逸らした。
「カカシ、そんなだったっけ……」
「何が?」
「昔は、そんな感じじゃなかった。もっとこう、こう……クール?」
「オレに訊かれても」
軽く笑う声には呆れが混じっている。クールだったかどうか問われても、本人に自覚がなければ分かりようがない。でも最近のカカシと昔のカカシは違う。見た目が成長したからだけじゃない。
「サホも昔は、『はたけくんすごいね』って、可愛かったのに」
「なによ。すみませんね、可愛くなくなって」
「うん。きれいになったよね」
昔のわたしを引っ張り出してきたカカシに、テーブルへと向き直って可愛くない態度を取ったら、背後から返ってきたのは斜め上の返答で、言葉に詰まった。
きれいになった、というカカシの声が、頭の中で繰り返し響く。熱い。顔が熱い。
本当に、本当にカカシは変わった。あの三白眼の仏頂面の少年が、『きれいになった』と低い声で囁く男になろうとは、誰が思っただろうか。
昔はもっと、ピリッとしていた。変なことを言えば気を損ねたように鋭い目を向けられるし、話すときには独特の緊張感を覚えた。柔らかく表せばクールであり、幼い頃から手厳しいところが多々あった。
今はあの頃の面影は多少あれど、基本的にはなんだか、緩い。色んな意味で。
「……カカシはろくでもない男になったね」
「え」
上擦った声を出し、わたしの髪で遊んでいた手を止める。頭だけをまた後ろに向けると、両目を開いて驚いていて、左目の赤に浮かぶ紋様がくっきりと見える。
「紅も言ってた。『ろくでもない男の時期があったわよね』って」
思い当たる節があるのか、カカシの体は強張った。いつも他人に感情を読ませない奴なのに、今は明らかに動揺している。
開けた両目をあちらこちらに向けたあと、
「ごめん……」
と、呟くように謝った。
「謝るのはわたしにじゃないでしょ」
カカシのろくでもない男の時期のことは、詳しく知らないけれど、ざっくりとは分かっている。付き合ってもすぐ別れて、別れてもまたすぐ付き合って。去る者追わず来る者拒まず、誰でもいい。
そんな男と恋人になった。そう考えると、少しだけ胸がモヤモヤしてくる。さすがにもうそういうことはしていないだろうけれど、していたという過去は消せない。カカシはわたしの知らない女の人と、誠実ではないことを繰り返した。
『わたしに謝っても』と言った手前、心の内を見せるような素振りはしていないつもりだったけど、聡いカカシには分かったのだろうか、ソファーから下りると両肩を掴んで、わたしの体を自分の方へと向けさせる。
「オレはもうずっと、サホだけだったから」
真剣な顔――というより、見捨てられたくなくて縋りつく仔犬みたいな、そんな顔。
ずっと、わたしだけだった。耳から入ったそれは、脳をとろとろにしてしまう、劇薬だ。
ずっとって、一体いつからだろう。カカシはいつから、わたしだけで居てくれたのだろう。
だけど、そう言いながらも、カカシはわたしではない女性と体を重ねたわけで。
「いいの。いいから、ごめんなんて、言わないで。わたしはカカシに文句を言える立場じゃない」
『わたしだけだった』と言いつつ、一時でも他人を抱いていたカカシの行為は褒められた話じゃない。
だけど、カカシが長く『わたしだけだった』と言ってくれているのに、わたしは違った。
わたしはオビトをずっと好きだった。十年以上もオビトを想っていた。そのオビトがいなくなったから、傍に居たカカシを好きになったのでしょうと言われたら、返す言葉がない。実際わたしだって、カカシを好きになったのは、それも一つの起因だと思っている。
おまけにわたしはカカシを恨んでいた。絶対に許さないから死ぬなと縛って、不自由な思いをさせただろう。
付き合い方に問題はあっても、わたしはカカシを責める立場にはなれない。そういう仲ではなかったのだから、カカシを咎めていいのは、その女性たちだけだ。
過去は変えられない。
起こったことに、文句をつけても何も変わらない。どんな経緯や理由があるにしろ、わたしはオビトからカカシへ乗り換えた女だし、カカシは色んな女性と関係を持っていた。
ただ、生きているわたしたちには、これからがある。むしろ生きているからこそ、これからを見なくてはいけない。立ち止まって過去ばかり見るのではなく、未来を考えなければいけない。生きている者の背負う役割だ。
腕を伸ばして、カカシの背中に回した。わたしよりずっと広くて、硬くて、男なんだと実感してしまう。
急に触れられたからか、カカシの体は一度小さく弾んだけれど、恐る恐る、やんわりと抱き返し、わたしの首元に自分の顔をこすりつける。大柄な犬みたいで、ちょっと笑ってしまいそうだ。
「ホントに、オレには、サホだけだから」
「ずっとサホだけだった。でも、サホはどうやったってオレを見てくれないと思ったから」
「オレを見てほしかった。オビトの目じゃなくて、オレを」
「何度も腹が立ったよ。オレなんかいらないお前に。なのにオレはどうしてもお前を諦められない」
「いっそオビトの代わりでもいいと思った。お前がずっと傍に居てくれるなら。だけど無理だ。オビトの代わりにはなれない」
「オレにはサホしかない。サホもオレだけにして。恨むのも、許さないのも、好きなのも、地獄に行くのも」
「もうだめなんだ。オビトにだってやれない」
オビトの名を出すカカシは、本当に苦しそうだ。わたしも、オビトの名を聞くと胸に棘が刺したみたいに痛む。その度に、わたしのオビトへの恋心は完全に消えることはないのだと気づいてしまう。時が止まったこの恋は、うまく終わりを迎えられないから、ずっと心の奥底で小さく燻ぶり続けるだろう。
「わたしだって、誰にもやれない。オビトにもリンにもミナト先生にも、誰にも。死ぬまで、死んでも、カカシは誰にもあげられない」
そのオビトへの恋心を追い立てるように、カカシへの感情の炎は燃え上がっている。恨みも友情も怒りも恋慕も寂しさも愛も、全て巻き込んで踊るように燃え、酸素を食い尽くし、いつかオビトの恋心のわずかな火種も食らう。
そうなるまでに、まだ時間がいる。一年、数年、十年。もっと必要かもしれない。
だけど生きているわたしたちには時間がある。だからきっと。きっと。
天国で待っているだろうオビトやリンや、クシナ先生やミナト先生が、居るかどうか知らない、神様だか閻魔様だかに「どうかカカシだけでも天国に」と頼みこみ、カカシだけが連れて行かれるとしても、わたしは絶対にこの手を放さない。放せない。
「わたし、面倒くさい女でしょ」
ごめんね、を含んだ自嘲が口から零れた。
大切な人たちが居なくなってから、自分の感情ばかり優先し、周りに迷惑ばかりかけている。腫れ物に触るのに似た扱いを求め、許されないことを強欲に渇望するのだから、面倒くさい女に違いない。いやむしろ、『面倒くさい』の一言で収まるものではないのかもしれないと、あんまりにもひどい己に、もはや笑うしかない。
けれど、傍に居て巻き込まれた人たちからしたら、笑い話になどできないだろう。考えると、わがままばかりを通そうとする自分がいかに最低か浮かび上がって、可笑しさは引っ込み罪悪感が湧いてくる。反省しなければいけないのに開き直るのはよくない。自分のことばかりしか考えていないなんて、絶対によくないのに。
「知ってるよ。サホは昔から面倒くさい子だった」
「……そこは『そんなことないよ』じゃないの」
否定したり曖昧に濁すどころか、しっかり肯定してくるカカシに拗ねた気分をぶつけると、その頬をわたしの首筋へまた強くこすりつけてきた。
「面倒くさいサホには、同じくらい面倒くさいオレがいいんだよ」
そう言われると途端に悪い気はしないのだから、わたしという人間は本当に単純で、自分勝手だ。気分が良いので、テンゾウも同じこと言ってたよ、というのは秘密にしておこう。
面倒くさい女と面倒くさい男だから、わたしたちは一緒に居られるのかもしれない。残された深い傷に寄り添ってほしいのは、なにより傷つけたその手だけ。優しい人の言葉や慰めより、互いの心を何度も裂いたその目が欲しい。
他の誰かじゃ手に負えない面倒くさいわたしたちだから、やっぱり二人で地獄に落ちてしまおう。