最果てまでワルツ | ナノ
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※現時点で、夢主の中では オビト>>|越えられない壁|>>カカシ です。
 カカシに対して自分勝手な思いをぶつける夢主ですので、「カカシが悪いわけじゃないのにカカシが不憫なのは無理」という方は閲覧をお控えください。



 クシナ先生の出産は極秘なので、産み月に入った先生は、里からひっそりと姿を消した。
 「ちょっと産んでくるってばね」と、不安を押し隠すかのように妙に明るい一言を残しただけで、詳しいことは何も教えてもらえなかった。
 九尾が関わる問題なので、情報を漏らさないことは当然だったし、もし仮にわたしが詳細を教えてもらい、よからぬことを考える者に捕まり情報を引き出されてしまったら一大事だ。無知というのは正しく使えば罪にはならない。

 クシナ先生の下へ通うことがなくなったわたしは、先生が無事に出産する日を今か今かと待っていた。予定日は十月十日。けれど予定日通りに産まれるとは限らないとナギサが言っていた。産み月に入ったら、もういつ産まれてもおかしくないと言うから、すでに産まれていて、落ち着くまで連絡をしてこないだけかもしれない。

 なんでもいい。無事に、どうか無事に産まれてください。

 現火影の子どもは、戦で大きな傷を負った里にとっても、これからの平和を象徴するような、大きな希望の証だ。
 わたしにとってはそれだけではなく、慕っているクシナ先生とミナト先生の子どもで、それだけでお腹にいる間からすでにかわいいと思えてしまう。
 そして、許さないと突き放したカカシと、向き合うきっかけになってくれるかもしれない存在。
 どうか無事に。朝に目が覚めて、夜に眠るまで。わたしは頭の片隅でずっと祈り続けた。



 予定日の十月十日を迎えた日は、それはそれはもう落ち着かなかった。待機だったのが幸いだった。もし任務があったなら、まったく集中できなかっただろう。

「大丈夫かな……」

 中忍の待機所の窓から、里を見ながら呟いた。つい口から出てしまう。

「サホ、何をソワソワしてるの?」

 わたしと同じく待機が命じられているらしい紅が、ソファーに浅く腰掛け、膝に肘をついて頬杖をしながら、わたしに訝しげな視線を送る。写輪眼でもないのに眼窩には赤い瞳があって、その色は木ノ葉でも珍しく、紅の大人びた美しい容姿と相まって、とても蠱惑的だ。

「な、何でもない」
「何でもないわけないでしょう」
「ちょっと、気になることがあって……それだけだから」
「そう? 気になるって…………カカシのこと?」

 躊躇うように間を置いたあと、紅はこちらの顔を窺うように、その名前を出してきた。いきなりカカシのことかと問われて、まったく違うけれど、否定する前に紅が続けてしまった。

「カカシ、最近また少し感じが変わったのよね。暗部になって、あまり良い評判は聞かなかったけど」
「評判?」

 紅は頬杖をやめ、丸めていた背をソファーにつけて、足を組んだ。

「『冷血カカシ』って呼ばれているらしいわよ」

 たった一言で表される“評判”とやらは、確かに言葉だけでも、良い評判ではなさそうな雰囲気があった。

「もちろん、冷血なのはターゲットの敵に、よ。仲間である私たちには、ほら……色々あってから、当たりが柔らかくなったでしょ? 尖っていた雰囲気が少しだけ削れたような……あのガイに対しても、前ほど素っ気ないところは減ったわ。ただ、冷血って言われると……何だか昔のカカシを思い出してね」

 補足しているのか、フォローしているのか、紅は『冷血カカシ』という評判はあくまでも敵に対してであって、自分たち仲間にはそうではないこと。ただ、その冷血さが昔の――恐らくカカシのお父さんが亡くなって以降の彼を思い起こさせると言いたいのだろう。

「暗部だから、私たちと接する機会も減ったでしょう。だからかしらね。なんだか、今のカカシは私たちの知っているカカシじゃなくなっていて……」

 聞いたこともない評判に、実感できないカカシの変化。わたしの見聞きしないところで、カカシはわたしの知っているカカシではなくなったらしい。

「知らなかった……」
「……無理ないわ。私たちも、サホにはカカシのことを話さないようにしていたし、任務でも顔を合わせることがないもの」

 紅は、カカシのことについて知らなかったと呟くわたしに、気を落とすなと言いたいのか、知らなくても当然よと言葉をかけてくれる。
 紅の気遣いは有難いけれど、そうじゃない。

 顔を合わせてたって、分からないものは分からない。

 みんなは知らないだろうけれど、クシナ先生の家に行けば、いつもカカシが居た。屋根に、軒下に、木の上に。雨の日も風の日も陽射しが強い日も、カカシはクシナ先生の家に居たから、頻繁に姿を見かけた。
 でも、カカシが変わったなんて分からなかった。わたしが見るカカシは、いつも外套を頭から被っていて、面を掛けているので顔も見えなかったし、会話だってろくにしなかった。
 先生は、今は互いの姿を見せ合える距離に居ればいいと仰ったけど、わたしたちの距離はやっぱりどんどんと離れていっているように思える。

 だからこそ、先生の赤ちゃんが産まれたら。

 先生の赤ちゃんが産まれて、先生が戻ってきて、そうしたらカカシだって赤ちゃんを見に来るだろう。そのときに、わたしから声をかけて。
 まだ間に合う。まだきっと、カカシとわたしは前のように戻れる。
 オビトの目でリンを殺したことは許せない。恨みは解けない。このぐちゃぐちゃな感情はどうしようもない。
 リンを守ることはできなかった。なら、今度は二人で、オビトが守りたかったもう一つのもの――この里の未来を守る。未来を作る、先生たちの子どもを。今度こそ、二人で。



 夕方になり、待機は解除された。結局ずっと待機所で、クシナ先生の出産のことを気にかけていただけだった。
 紅とご飯を食べに行こうと話をして、二人で近くの店に入った。料理を口に運びながら、最近こなした任務のことや、流行っている服装の話や、新しくできた店のことなど、話題は尽きなかった。
 最後はデザートとお茶をお供に話の続きをして、そろそろ出ようと腰を上げたのは、お店に入って二時間後だった。長居しても構わないような店ではあったけれど、さすがに二時間も座りっぱなしだと体が硬くなってしまう。

「サホの家はこっちだったかしら?」
「そう。紅の家は向こうだよね?」
「ええ。じゃあここで。またね」
「うん、またね」

 ここからだと互いの家が反対方向にあると気づき、わたしたちは手を振って別れ、背を向けた。通りには仕事帰りの人や、わたしたちのようにご飯を食べて家に帰る人で賑わっている。
 明日は資料整理が命じられているので、また引きこもりだ。外に出る任務の方が危険なのは承知だけど、ずっと里に引きこもっているのもなんだか落ち着かない。


――ドンッ――


 地面が大きく揺れ、一拍置いて轟音が響いた。周りから悲鳴が上がり、抱き合ってしゃがむ親子連れもいる。
 何事だと皆が口を揃える中、別れたはずの紅がわたしの方へと駆けてきた。

「サホッ」
「紅、今の――」

 今のは何なのかという問いは、視界に入った大きな化け物の咆哮で遮られた。



 里から遠く外れた森の一角に、わたしと同世代の忍たちが集められている。高く延びる木々の幹に貼られているのは、わたしたちと、目の前の大人たちを分かつ結界の札。

「お前たちはここから決して出るな!」

 一人の大人がそう告げると、数人だけを残して、大半の大人たちはどこかへと走り去って行った。
 使用されている結界は、外部からの侵入や攻撃を防ぐ。その反面、わたしたちもここから容易に出ることはできない。向こう側から札を剥がせば解除できるけれど、見張りの大人が居る手前、迂闊に動けはしない。
 大人たちは、唐突に現れた化け物――九尾の件に関しては、木ノ葉の里の問題だから、若い忍のわたしたちは被害を受けぬようにと、他の一般人と同じく、安全な場所に隔離すると言う。お前たちは未来を担う者だからと。結界はわたしたちを守るものではあったが、九尾の爪や牙の盾になるのではなく、ここに若い忍を留めておくという形で意味を成している。

「九尾って」
「確か、木ノ葉の尾獣だろう」
「なんでそれが急に」
「里はめちゃくちゃだ」

 あちらこちらで声が上がる。みんな、この緊急事態に戸惑い、不安を覚え、少しでも情報を得ようと話し合う。けれど、九尾が暴れている場所から離された今、現状の把握などできるはずはなかった。

「サホ、大丈夫? 顔が真っ白よ」

 一緒にここへ来て、ずっと傍に居た紅から声をかけられ、グローブと袖の隙間の肌を自分の頬に当てると、驚くほど冷えていた。腕が震えていて、それをどうにか鎮めようと手を組んで力を入れたけれど、うまくいかない。

「サホ、サホ」
「な、ナギサ……」

 わたしを捜していたらしいナギサが、ヨシヒトを連れてわたしの前に立つ。

「せ、せんせいは……」
「しっ。喋らないで」

 ガタガタと震えるわたしが、クシナ先生のことを口にしようとすると、ヨシヒトからすぐに鋭い声で指摘され、口を噤んだ。クシナ先生の出産は極秘だ。みんなが居るここでは喋ることはできない。
 だけど、九尾が現れたということは、封印が解けてしまい、先生の体から出てしまったということだ。

 なら、クシナ先生は? お腹の子どもは?

 こわい。こわい。
 里の中心部から離れたここからでも、九尾が暴れている音や、振動が伝わってくる。
 九尾のこと、先生のこと、お腹の子どものこと。全部が不安で、そのうち立っていられなくなってしゃがんでしまった。
 紅やナギサが膝を折って、わたしに声をかけてくれている。「大丈夫」「心配するな」「いざとなったらみんなで」繰り返し繰り返し、呪文のように唱える。
 遠くで揉める声が聞こえた。そちらに顔を向けると、「カカシ落ち着け」と声をかけるガイの姿が見えた。カカシはよく知らない男に詰め寄っているようで、それを後ろからガイが羽交い絞めにして止めているようだ。

「なんだよ、このくらいでガタガタ震える腰抜けが悪いんだろう!」

 男は言い返しつつも、無言ながらに殺気染みた威圧感を放つカカシにたじろいでいて、しばらくすると親しい仲間を連れて奥へとまぎれていった。ガイがやっと解放すると、カカシは両腕をだらんと下ろす。

「カカシ。気持ちは分かるが、こんなときに内輪揉めはよせ」

 ガイの声がかかっても、カカシの背中からは怒りに似たものは消えなかった。ぎゅっと握りしめた拳で、吹き出しそうな感情を必死で堪えているようだ。
 クシナ先生の事情を知っているカカシも、九尾が暴れ出したことが何を示すか分かっている。ナギサもヨシヒトも。

 分かっているのにわたしたちは――わたしは、また何もできないまま、大切なものを失った。



 木ノ葉隠れの里に、重い沈黙が広がった。
 九尾が現れ、暴れまわり、里は半壊状態だ。戦争中でも建物が崩れることや、地面がえぐられることはなかった。
 活気を取り戻し、やっと未来に目を向けるゆとりが出てきたというのに、以前と同じ、それ以上に、里は拭いきれない恐怖と傷痕に苦しんでいる。

 四代目火影のミナト先生は、自らの命を賭して九尾を封じたと伝えられている。それも、産まれたばかりの我が子の中に。
 産まれた直後に両親を喪い、新たな人柱力となった赤子は、三代目様の管轄の下、育てられることが決まった。
 それに伴い、赤子が人柱力であるということ、四代目火影であるミナト先生の子であることについては箝口令が敷かれた。
 赤子の名は『ナルト』。四代目火影のミナト先生とクシナ先生が、ずっと前から決めていた名前だ。『自来也先生の本の主人公から頂くんだよ』とミナト先生が教えてくれた。四代目の子だと知られるわけにはいけないから、クシナ先生の『うずまき』の姓を名乗ることになると、三代目様が仰った。

 喪を示す黒を纏い、立てられたいくつもの写真の下で、わたしたちは目を閉じた。
 葬儀が終わると、皆散り散りに去って行く。わたしはヨシヒトとナギサに挟まれたまま、会場を出た。途中で何度も、チラチラとわたしの様子を窺うような視線を二人から感じた。二人からだけじゃなく、ガイや他のみんなからも。
 泣いていないのに、わたしはよっぽどひどい顔をしているのだろうか。
 オビトが死んだとき、父が死んだとき、リンが死んだとき。わたしはたくさん泣いた。
 だけど、今は涙一つ零れる気配がなかった。
 なんだか、もう疲れてしまった。
 守りたかったものは、全部この手から滑り落ちていく。
 産まれたナルトすらも、クシナ先生のお腹からやっと出てきたのに、里の奥の、さらに奥へと押しこめられ、もっと手が届かなくなった。

 ヨシヒトとナギサが家まで送ると言い出した。一人にしてはおけないと思わせるくらい、わたしの顔は相当ひどいらしい。

「大丈夫。一人で帰らせて」

 『一人で帰れるよ』と言えば、『そんなわけないだろう』と断られると思ったから、頼む体で告げた。願いどおり、二人はわたしの意思を汲んでくれて、「気を付けて」とだけ声をかけて見送ってくれた。
 わたしの足は、ごく自然に、自宅とは少しずれた方に向かう。真っ直ぐ歩いて、左、右、と、通い慣れた道を選ぶ。

 やっと着いた先には、すでに先客がいた。全身を黒に包んでいるおかげで、頭の銀色がやけに目立つ。気配を消していないため、歩み寄るわたしに気づいてはいるだろう。しかし微動だにせず、目の前の慰霊碑に黙って目を向けている。
 先客のカカシから、一歩分開いた距離を保って、隣に立った。
 わたしたちは何の言葉も交わさなかった。こんなに近くに居るのは、どれくらい振りだろうか。深夜に自宅へ帰る際、ミナト先生の命を受けたカカシに送ってもらったとき以来だ。
 姿だけは最近まで見かけていたけれど、実際に近くに立つと、カカシの背丈は大分高くなったように感じる。夜の暗がりで隠されていた輪郭は、陽の下であらわになる。さほど開いていなかった差は、もう隠しきれないほど明確に広がっていた。
 慰霊碑から目を離し、カカシを見た。右側に立ったので、カカシの右目は見える。慰霊碑を見下ろすため、重たげな瞼が、瞳をいつも以上に隠している。
 その横顔は、まるで死人のようだ。生に虚ろで、あと一歩踏み出せば黄泉の国へと落ちてしまいそうだった。

「死んじゃいそう……」

 思ったことをそのまま口に出した。本当にこのまま、ミナト先生たちの後を追って死んでしまいそうだと思った。
 カカシは一度目を閉じたあと、短い息を吐いた。

「人を死なせてばかりのオレなら、死んだ方がいいのかもね」

 自嘲にも取れるし、本音とも取れる、入り混じった響きだ。
 カカシは、わずかとはいえ、本気で今、死んでもいいと思ったんだ。
 死ぬの? そうだね。死んだら楽になれる。もう、守れなかったと後悔しなくていい。
 どうせわたしはまた、クシナ先生の子どもも守れない。この里の未来の象徴を。
 リンを守れず、オビトとの約束も果たせず、口ばかりで何もできない。その上、必死に抗ったカカシを恨むひどい人間だ。
 わたしたちは、わたしみたいなのは、死んだらいいんだ。
 死んだら、死んだら――死んだら?
 カカシが死ぬということは、カカシの左に嵌っている、オビトの目も――もう一度死ぬ。

「死ぬなんて絶対にだめ」

 恐ろしさに追い立てられるように、喪服の胸倉を掴んで引き寄せた。目を見開くカカシと目を合わせるには、少し見上げなければならない。

「わたしはあんたを、絶対許さないって言ったでしょ」

――わたしはわたしを、絶対に許せない。

「オビトを失って、リンも失って、ミナト先生まで失って。今のあんたにとって、この世は生き地獄かもね」

 誰も守れなかった。大切なのに、一人も。
 わたしは醜い人間だ。カカシに全てを押し付けて、一方的に恨んで、尤もらしい理由を並べて、自分の怒りを正当化した。
 大事なものを掴めず零して、彼らの流した血の海の底で溺れていた。その水底から、カカシを踏み付けて上に昇り、何とか息をしようとしていた。
 だからカカシもわたしを許さなくていい。恨むべきだ。お前は何もしなかったじゃないか、何もできなかったじゃないかと、詰っていたぶって、お前を許せないと責め立てていい。カカシにはそうするだけの理由がある。

「それでもね、あんたは生きていくのよ。その目で」

――それでもわたしは生きていかなければいけない。
 血の海は、みんなの悔し涙の海でもある。
 戦争を終わらせ、里に平和を。やっと訪れた平和を、より長く。
 悲願の海は、昏くて息継ぎもうまくできない。苦しい。逃げたい――みんなの後を追ってしまいたい。

 だけどそれは、許されない。

 カカシの額当てに手をやり、斜めになっているそれを上へとずらす。大して抵抗もなく、カカシは赤い左目を晒した。

「オビトからその目を貰ったんだから、あんたはオビトの分まで、木ノ葉の忍として生きて、里を守るのよ」

 わたしたちは生きている。生きているわたしたちは、死んだ者に何ができるだろう? みんな何を守りたかっただろうか?
 みんな、この里を守りたかった。この里に住まう家族や仲間を。この里の未来を、最後まで、木ノ葉の忍として。
 カカシはオビトに託されたんでしょう。上忍祝いに貰ったんでしょう。
 カカシには、その左目を通して、穏やかな木ノ葉隠れの里をオビトへ見せ続ける使命があるのよ。
 ほとんど睨むように左の目を見ていると、違和感を覚えた。前と、何か違う。赤い瞳の中に浮かび上がっていた、二つだった巴が、一つ増えて三つになっている。
 どうして。どうして前と違うの。

――ああ。ああ、そうか。

 ほら、やっぱり、そうなんだ。

「あんたの左目として、オビトは生きてる」

 オビトの目はカカシと共に、今も生きている。
 オビトは死んでなんかいない。オビトは生きている。
 わたしが口にすると、その赤い目は大きく見開かれた。

「オビトの目を貰って、リンを守れなかったあんたを、わたしは死ぬまで恨む。だからあんたはわたしが死ぬまで、死ぬことは許さない。オビトの目を持ったまま、わたしより先に死んでみなさいよ。奈落の底から引きずり上げて、わたしが殺してやる」

 突飛なことを言っている自覚はあって、だけどわたしは本気だ。わたしの許しなく死んだなら、禁忌だろうがなんだろうがあらゆる術を使ってカカシを生き返らせ、今度はわたしの手で屠ってやる。

「オビトのために、わたしに恨まれるために、生きなさいよ」

 その左目を、殺さないで。
 今度こそ、わたしにオビトを、オビトの意志を守らせて。平和が続く里を、できるだけ長く、ずっと見せてあげて。だってオビトはまだ生きているのだから。
 色違いの両目でわたしを真っ直ぐに捉えたまま、カカシから返事はない。掴んでいた胸元を解放して、慰霊碑とカカシの前から離れた。


 クシナ先生の子どもが産まれれば、カカシと元に戻れると思っていた。あのときはごめんなさい、カカシもつらかったのに、ひどいことを言ってごめんなさいと、謝って、カカシの心の傷に寄り添って支えてあげられるだろうと。
 だけど待ち望んでいた先生の子どもの誕生は、わたしとカカシの橋渡しになるどころか、もっと大きな亀裂を作ってしまったかもしれない。

 やっぱりもう、戻れない。

 戻れるはずだった。もう一度、幼い頃のように夕暮れの道を並んで歩けるはずだった。
 だけどわたしたちはもう、昔のように、相手を思いやり、共に誓った約束を果たそうと励まし合う、清らかな友達にはなれないだろう。
 大切な人の死で縛り合い、この昏い悲願の海の中でもがいて、必死に息継ぎをするわたしたちは、互いが互いの咎人であり、断罪者だ。

 わたしを恨んで。許さないでいて。

 カカシを許せない。そんな身勝手なわたしを、カカシも恨んでほしい。わたしがカカシを恨むことで息ができたように、カカシもわたしを恨むことで生きていてほしい。
 憎しみという強い感情は、許さないという執念は、人を生かす。わたしがそうだったように、カカシもわたしを許さないで。
 わたしはもう、どうなったっていい。誰に恨まれても、『お前は間違っている』と指を差されて、最低だと罵られてもいい。オビトの目と、オビトの守りたかったものを守れるのなら、悲願の海の底に取り残されている。この世で一番の、自分勝手な咎人になる。



33 盲目[ふたりぼっち]のはじまり

20180802


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