「ねえねえ、南沢さんのさ」
がやがやと、喧噪の中でさえその名前に過剰に反応してしまう自分が憎い。
普段なら学年の違うその人の名前を聞くことなんて部活の時以外滅多にないけれど今日は体育祭。グラウンドは学年・クラス入り混じって、雑然とした様相を見せている。
思わず足を止めて、声の聞こえた方に視線を巡らせれば5、6人ほどの女子の集団が目に入った。応援もしないで、座り込んで何やら喋っている。
その中に彼女の姿をすぐさま認めて、ああなんて、とやはり自分にうんざりしてしまう。
けれども会話の続きが気になって、何気ない振りを装いながら彼女の死角でしっかりと耳をそばだてる自分はもはや手遅れなのだ。
「好きなタイプって、どんな人?」
余りにも直球な質問だった。
傍から聞いている倉間の方がどきり、と心臓が跳ねるような思いがした。
一方彼女の方はと言うと、意にも介していないのかグラウンドへとじいっと視線を向けている。
次は確か3年生男子の綱引きだ。先程アナウンスで集合がかけられていた筈。
ああだから、と倉間は納得した。
同じ部活のメンバーとではなく、女子に囲まれているその姿は何だか見慣れない光景だ、とは思っていたのだがそういうことだったのか。
普段、南沢はサッカー部の男子と一緒にいるから中々そう言ったことを聞けないのだろう。
女子というのはそういう話が好きだ、というのは倉間だって解っている。
「どんな、って」
彼女は気だるげに、視線はそのままで気だるげにつぶやいた。
周りの女子は彼女からの返答に、堰を切ったように口ぐちと声を上げる。「ほら、えっと、神童くんみたいに…お金持ちとか、ピアノが上手とか!」
「それとか〜…三国くんみたいに料理が得意とか、頼りがいがあるとか!」
「あと…霧野くんみたいに綺麗な顔の人、とか」
「剣城くんみたいにー…ちょっと悪そうな人とか?」
「車田くんみたいにがっちり筋肉がある人、とかー」
そこまで聞いて、流石の倉間も彼女らの意図に気付いた。彼女らは南沢の好きなタイプを単に聞きたい訳ではない。
――要するに彼女らはサッカー部の、神童だの三国さんだのに好意を寄せているのだ
だが、サッカー部には成績優秀・スポーツ万能の美人マネージャーがいるわけで(これは贔屓目ではなく、実際に去年の文化祭だかで彼女は実際にミスコンで優勝したことがある)。
彼女を敵に回すのは余りにも分が悪すぎる。
だから探りを入れてみようという魂胆なのだろう。
じゃあ『倉間くんみたいにサッカーが上手くて将来有望そうな年下』とか言ってくれればいいのに!
しかしながら彼女らの口からは倉間の名前は出ないのである。剣城の名前は出たくせに。(背が高いからって生意気だ)
魂胆が解って、ちょっとだけ複雑な気分になりつつも、けれども南沢の答えが気にならないかと言われればそんなことはない。
むしろ何だか更に気になって、身を乗り出して聞いてしまう。(見つかったって体育祭の混雑の中、偶然で済まされる、はず)
「…あ……」
「え、誰誰?」
彼女の口が動いた。
何事か言ったようだがその声は倉間は勿論のこと、周囲の女子たちにすら届かなかったらしく彼女らは南沢にもう一度言うように促す。
南沢を取り囲む女子、そして倉間の視線を一身に受ける南沢はけれど特に気を負うような仕草は見せない。やはりじいっと視線はグラウンドに注がれている。いつの間にか綱引きは両チーム一勝一敗で、三戦目に突入していた。
ゆっくりと、もう一度彼女の口が開かれる。
息を詰める。
神童、とか言われたらへこむけど負けてられないし負ける気はない。三国の名前が出たら過ごしてる年数が違うしちょっと勝てる気がしない。いや負けないけれども。
倉間、と自分の名前が出たらどうしよう。どうすればいいだろう。脳内でシュミレーションしてみるけれども、うまくいかない。とりあえずそんなことがあったら今日この後告白を――
「あまぎ」
「え?」
取り囲んでいる女子と同時に、自分の口からも声が思わずもれてしまうのを倉間は抑えきれなかった。
南沢は周囲の動揺を余所に体育座りで視線は一点に注いだまま。
「天城が、好き」
グラウンドではいつの間にか綱引きの三戦目が終わっていた。
勝ったド!と高らかに声を上げながら手を振る彼に、南沢は立ち上がって手を振ってみせる。
口元を綻ばせて、真っ直ぐと彼を見つめる彼女のような人を『恋する乙女』と、きっと呼ぶのだ。
流石の倉間も、気付かざるを得なかった。










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こいするおとめ







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