「俺のどこが、好き?」

この人は、たまに訳の分からないことを戯れに言ってみせる。
本気でなどないくせに、ただただこちらを惑わせるためだけにその唇から言葉を吐き出す。
「なあ、答えろよ」
綺麗につり上がった唇。薄く細められた目。
肩肘をついて、こちらがどんな反応を返すか、今か今かと待ち構えている。
ああ、気に入らない。
この人のこんな表情が俺は好きだけれど、嫌い。嘘ばかりつく唇と、嘘ばかりつく瞳。
俺を惑わす綺麗な綺麗なそれらが、好きだけれど嫌い。
「なあ」
焦れたように手を伸ばして、その細い指が絡み付くように俺の頬に触れる。
――けれどこの伸ばされる手は、好き。
嘘ではない。
彼が俺に向かって伸ばすこの手だけは、嘘ではない。
嘘ばかりで塗り固められた彼の中で、これだけは嘘をつかないのだ。






いつのことだっただろうか。
その唇から放たれる言葉が、瞳が、誰を向いているのか。
それに気付いてしまったのは。
彼に対して紡ぐ言葉に嘘などなく、彼に向けれる視線に嘘などなかった。何一つ。
彼の前ではこんな風に、綺麗に唇を歪めて笑わない。こんな風に、綺麗な表情で彼を見ることなどない。
さんごく、と彼がそう呼ぶ声はいつだって真っ直ぐに響く。
そこにいるのがもし自分だったら、なんて幾度も幾度も考えた無駄な仮定。
そこにいるのは自分ではなく、そこにいるその人は決して彼に報いることはなかった。
嘘つきな彼の真実は全て、その人に対して注がれていた。





だから、だから――俺はその手を、振り払う。
ただ一つ、俺に与えられた嘘をつかないもの。
嘘をつかない手。それに何が込められているか俺は知っている。苦しくて、寂しくて、伸ばされる手。
それを、振り払う。
嘘つきで綺麗な唇も瞳も、拒むことは出来なくて自分を縛り付けるけれども、ただ一つ嘘つかないそれを、俺は振り払う。

振り払われた、その刹那の表情すら綺麗で、それが俺に絶望を与えた。


「顔」
「は?」
「アンタの…顔が好きですよ」
「何それ、ひっでぇ」
振り払われた手を、わざとらしくひらひらと振りながら彼はけらけらと笑う。それは綺麗に、笑うのだ。
一瞬、その一瞬すら俺には与えられない。
与えられたならば、一瞬の隙に拐ってしまうのに。

ねえ、南沢さん、南沢さん。
俺がこんなことを思っていると知ったら、俺がアンタのことを本気だと、それを知ったら――――

「……困るのはアンタだろ」


全てが、全てが与えられるまでは。
その伸ばされた手を、すがるように伸ばされた手を、取ってなんてやらない。
絶対に。



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うそつき







倉南かわいいね!