フィディオは、変わった奴だ。
否、彼の人間性がおかしいという話ではない。
彼という人間は、それはまあ出来過ぎではないかと言う程によく出来たもので。
外見も良ければ中身も良い。
流石、イタリア代表オルフェウスのキャプテン代理を任されるだけあって協調性もあるし人望も厚い。
人当たりも良く、お人好し過ぎではないかと言うほどに真っ当な人間。
リーグ得点王。イタリアの白い流星。
それらの名声に驕ることも負けることもなく、彼らしく誠実に生きている。
それがフィディオ・アルデナという人間への、ジャンルカ・ザナルディの抱く印象だった。

さて、ここからが本題だ。
そんなフィディオであるから勿論、それはそれはよくモテる。
ジャンルカだって、モテないわけじゃない。(これは見栄ではない)(事実だ)
他のチームメイトだって、モテるのだけれどもフィディオのそれはやはり一段上だ。
あの甘いマスクに優しい笑顔、嫌みのない明るい態度を取られれば落ちない者はいないだろう。
それが素であるというのだから恐ろしいことだ。
けれども当のフィディオは、というと――

「デモーニオ!来てくれたんだね!」
「あ…ああ…」

最近出会ったとある少年にひどく執心していた。
その名はデモーニオ・ストラーダ。
彼と、ジャンルカたちオルフェウスとの間には決して簡単なものではない、複雑な因縁がある。
それ故ジャンルカなどはしばらく、フィディオが連れてくる彼に対して受け入れ難い気持ちを抱いていたのだが。
――そう、彼だ。
何が言いたいのかというと、つまるところ『彼』であるということ。

ちらりとジャンルカがそちらへと視線をやると、ぎゅう、とめいいっぱいの力を込めてデモーニオを抱きしめているフィディオとそれに対してどうしていいかわからず、わあわあと声を上げるデモーニオがいた。
この二人ときたら始終こういった様子で。

「見ててくれたかい?デモーニオ」
「ああ、すっごくかっこよかったよ!」
「ありがとう、この後時間はあるんだよね?」
「空けろって言ってたのはフィディオだろ」

まるで、付き合いたての恋人のような。
そんなやり取りを目の前で繰り広げられて、見ているこちらが恥ずかしい。
いや、それ以前に――

「あいつら…ゲイかよ…」

自分よりも(認めたくないことだが)、このチームの誰よりも女にモテるフィディオが。
何も、男とイチャイチャせずとも良いだろうに。
(変な奴だよなあ…)
女なんてよりどりみどりだろうに、とフェンスの向こうきゃあきゃあと声を上げるギャラリーの少女たちに手を振りながら思う。世の中色々な考えがあるとは思うが少なくとも、ジャンルカには理解できないことだった。

「ほんと、理解できねえ」
「…何が?」
「アレ」
ジャンルカが指させば、マルコもそちらに目を向けて、そして首を傾げる。

「えー?微笑ましい光景じゃない?」
「…どこかだよ。うざったい」
「ジャンルカ、それひがみって言うんだよ」

にこにこと、妙ににこやかなマルコの笑顔がムカついたので思いっきり脛を蹴ってやる。そして、そのままグラウンドへと足を向けた。後ろから情けない悲鳴が聞こえたが、知らない振り。
ちらりと見ると、フィディオは監督に呼ばれてしまったようで、デモーニオ一人が手持無沙汰そうにベンチの横に立っていた。
――とは言うものの、別に彼自体に悪意を持っている訳ではないのだ。
暇そうなその姿に、ドリンクでも持って行ってやるかと自分のドリンクと一緒に、余っているドリンクのボトルを手にベンチに近寄る。

「よ」
「あ、」

声を上げて、それから言葉を探すように視線をさまよわせる彼に、「ジャンルカ・ザナルディ、だ」と言ってやれば少しだけ気まずそうに、「しっかり覚えた」と彼は答えた。

「暇そうにしてたから」
 
座んねえの?と問えば、そんな!と大げさに手を振る様が少しおかしくて、ジャンルカは小さく笑い声をもらした。
ゲイなのは理解できないが、面白い奴だ。とジャンルカはドリンクを渡そうと、一歩彼に近づく。

―――と、その時
――後頭部に、衝撃

え、と事態を把握する間もなく、ぐらりと体が傾いて、視界に入ってきたのはデモーニオの驚いた顔。
背後から、自分達の名前を呼ぶ誰かの声が聞こえる。(ジャンルカ!)(デモーニオ!)(ラファエレ、どこに蹴って…!)
目を丸くして戸惑ったまま避けることもできない彼を巻き込んで。
上がる悲鳴。
そのままどすん!と盛大な音と共に、ジャンルカは地面に倒れこんでしまった。
冷たい、と感じるのは手に持ったドリンクをぶちまけたせいだ。

「わ、るい……!」

ジャンルカも、体格がいいとは言えない。とはいえ、自分より小さな体躯の少年を巻き込んで、下敷きにしてしまったことに慌てて身を起こそうとした。
自分は彼がクッションになったが、彼はどこかけがをしてはいないだろうか。
そう思って、手をついた先に違和感。

「……え」

何と、言っていいものか。
ベタな言い方をすれば―――柔らかな。
けれどもそれは、自分達には備わってはいないものだ。
自分達――男には。
す、と手の先に視線を落とす。
ドリンクのせいですっかりと濡れてしまった彼の服。
夏の盛り。薄い生地は濡れたせいで、その下まで透けて見える。
その下。男ならば、透けたところで何ら問題ない。
そう、男ならば。

「……え、え」

まるで、思考が追いつかなかった。けれど、ひ、と彼が小さくひきつったような声を漏らして慌ててそこから手を離して、身を起こす。そしてそのまま距離を取る。
まさか、
まさか、

「おん、」
「デモーニオ!どうした、の…!」

背後から騒がしい足音と共に掛けられた声が、止まる。
空気が変わったのが、ジャンルカには分かった。人の機微にはこう見えても敏感なのだ。
絶対に――絶対に振り返りたくない、とジャンルカはその時そう思った。.......................





ある滑稽な話