彼とサンダユウが同室になったのは奇妙な偶然が重なった結果であった。
入学する前から一目置かれていた彼は、寮に入るに当たっても特別待遇で。
皆例外なく、二人で一つの部屋に押し込まれるところを、彼だけは一人部屋(しかもそんじょそこらのものではない)(他の二人部屋と比べても明らかに広く、備え付けの調度品も妙に豪奢であった)が用意されていた。羨ましい限りである。

 しかし、彼自身がそのような待遇を許すかというとそうではなく。
自分に厳しく、他人に厳しく。このような扱いは不本意だ、と事務の女性に食ってかかっても仕方がなかろうに。困り果てた職員に対してその様子を気にも留めず、糾弾するような強い口調で異議を申し立てるその剣幕に、呆気にとられたのが、かの噂の彼――バダップ・スリードをサンダユウ・ミシマが初めて目にした時のことであった。
 その時、何故サンダユウがその場に居合わせたのかと言うと、サンダユウの方は手違いで部屋が用意されていなかったのである。彼の待遇と比べるとえらい違いだ。
担当の事務職員はこちらが申し訳なくなってしまうほど委縮してしまって、けれども調べたところどこにも空きはないらしかった。今年は新入生が多く、ギリギリの計算だったらしい。どうしたものかと頭を抱えて。
二人でもぎゅうぎゅうなのに、三人部屋を了承する生徒がいるとも思えないし、新入生なのだからそんなことを頼めるほど仲の良い友人がいるわけがない。下宿が特例で認められるかどうかというか、それとも宿直用の部屋を使わせて貰えるか。
こちらも、一介の事務員には手に負えないことであった。
ひとまず、今日のところは宿直用の部屋を使う、と言うことで話がまとまりかけたその時、

「おい」

 一瞬、自分に話しかけてるのかどうか分からずに反応が遅れてしまった。数拍置いて、ようやく視線を向ければこちらを見据える赤色の双眸。そのあまりの鮮やかさに少しだけ怯んでしまう。
「な、何だ…?」
「お前…部屋が無い、と困っているのか」
「そ、そうだけど」
「それならば、」
 俺と同室になれば良い。周囲の動揺を余所にまるで当たり前のように言ってのけた彼に、これからの学生生活についてサンダユウがひどく心配になったのも無理からぬことだろう。

 けれども、バダップはその第一印象とは裏腹に、面倒事をサンダユウの元に運んでくることはそうなかった。うまくやっていけるのかと非常に心配をしていたが、初対面の時に見せた通り彼は、彼の持つ信念に関わることについて大変激情化ではあるのだが、こちらが根気よく分かりあおうとすれば、おとなしくひとの意見に耳を貸す。流れる噂や持っている高い能力に比べて、彼本人はおどろくほど素直だった。
 そんなバダップを、サンダユウは段々と気に入っていった。バダップの方も、サンダユウには心なしか気を許しているようだった。と、いうよりも妙に懐かれていた。

 静かな機械音を立てて、扉が開く。
「おかえり」
 視線を落としていた本から顔を上げると、そこにはバダップ・スリードその人。鉄面皮、と誰かが評したその顔は確かに何の表情も浮かんでいなかったが、部屋の扉がすうっと閉まった途端に、少しだけ。少しだけ表情を崩して、彼はそっと壁に体を預ける。
「お疲れ様」
「…ああ」
 ほんのりと疲れの浮かんだその表情に、声をかければ今度こそは返事が返ってきた。しかしその声にも疲れが見える。優等生も楽じゃないなとサンダユウはそう密かに思った。確か今日は成績上位者だけの特別演習だった筈だ。その枠からギリギリのところでもれたサンダユウはこうして余暇を満喫しているが、バダップは疲労困憊(他の者にはいつもと変わらないように見えるかもしれないが)。学校側・軍部も良くやるものだ、とまるで他人事のように思う。
しばらくの間壁にもたれかかっていたバダップであったが、ようやく体を起こして部屋の中、歩を進める。その歩みはふらふらと。いつもは胸を張って真っ直ぐに前に進む彼とは大違いだ。ふらふらと歩いて、サンダユウが上半身だけを起こして本を読んでいるそのベッドの傍らに立つ。いつもは、見下ろす側なのに今この時だけは逆転。見上げた赤色が、ゆらりと揺らめく。けれど見つめるだけで、彼は何も言わない。だから、サンダユウも何も言わない。ただ、手に持っていた本に栞を挟んでそっと傍らに置いた。それを認めて、バダップはベッドに乗り上がる。ぎしり、とその体重を受けてベッドが沈む。
のそりと、そんな擬音がまさに相応しい緩慢さで、彼の体が大きく揺れて動く。ベッドの軋む音。そして、膝に感じる質量。
バダップは、真面目な人間だ。素直な人間だ。けれども、溜まった檻を吐きだす術を知らない。それが溜まりに溜まった時、バダップはまるで幼子のようにサンダユウにその身を預ける。それを厄介だと、もしかしたら以前のサンダユウは思ったかもしれない。けれども数ヶ月間彼と同じ空間を共にして。今のサンダユウはこの膝の上の質量を愛おしいと、そう思ってしまう。この、不器用な優等生のことを。
「シャワー、浴びないのか」
 返事はなく、ただこくりと頭が僅かに動くのみ。そっと膝に乗せられた形の良い頭に手を伸ばし、その銀色のふわふわした毛を撫ぜた。赤い瞳は、きゅうと細くなって、それからそのまま瞼の下に隠れてしまう。
 おやすみ。
そう小さく耳元で囁けば、小さくおやすみ、と彼の唇が動いた。

彼と暮らすことを、厄介だと思った。けれども
別の意味で厄介であることを、サンダユウは最近ひしひしと身に染みて感じるのであった。



偶然と、それから





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オーガでいちおしはサンバダです。