膝丈で揺れる裾。 ふわふわとたっぷりあしらわれたフリル。 ショーウインドウ越しにそれをじぃっと眺める自分は、さぞかし間抜けな顔をしていることだろう。 きらきらと、白が眩いそれを見つめて、己の膝に目を落とす。 ビオレテたちと一緒に買いにいったメンズもののズボンで覆われた膝。スカートなど、履いたことがあっただろうか。 ショーウインドウに写る自身と飾られたワンピースを見比べて、はあと一つ溜め息。 着古したパーカーとズボンを差し引いたとしても、どこからどう見ても少年にしか見えない。 ――そしてみすぼらしい容姿。 目だって大きくはないし、鼻だって高くない。肌の手入れだってこまめにしたことはなくて、ちっとも女の子らしくはない。 そんな自分がこのワンピースを着た所を想像してみる。 滑稽で、ちぐはぐで、みっともない。 浮かんだ光景に、ぐ、と耐えるように口元を引き結んだ。 「デモーニオ、買物終わったぞ」 ビオレテの声が聞こえてデモーニオは、ああ、と声を上げた。 少しだけ名残惜しいが、見つめていたところで所詮はショーウインドウの向こうの世界。デモーニオにはきっと、縁の無いものなのだ。 最後にちらりと一度だけ振り返って、デモーニオは先を歩くビオレテの方へ駆けた。 **************** 「やあ、デモーニオ」 ひょうひょうと、突然現れるのがこの少年―――フィディオ・アルデナの常だった。 皆で暮らしているおんぼろなアパートメントの壁に寄り掛かって、こちらを見るなり笑顔で手を振る彼の姿を視界に入れた瞬間、げ、と小さくビオレテが呻いたのを隣で歩くデモーニオは確かに耳にした。 テレビの向こうのフィディオ・アルデナを応援していた時は、ビオレテも彼の大ファンであった筈なのに実際に会ってからは、ビオレテは彼のことをあまり好かないらしい。 デモーニオにも、フィディオにあまり気を許すな、などと言うのだから余程のことらしい。 彼は人好きのする性格をしていると、デモーニオは思うのだが人それぞれなのだろう。 「どうしたんだフィディオ」 「ちょっとね。そっちは買い出しかい?」 「ああ、マーケットまで食料を買いに」 「そうか…帰ってきて早々だけれど、ちょっとそこまでつきあってくれないかい?」 にこやかに首を傾げながらの彼の提案に、デモーニオは隣のビオレテをちらりと見上げる。No、と言いたげに顔をしかめている彼をじっと見つめた。 ぱちり、と視線が交わって。 じぃっとそのまま瞳を見つめればビオレテはゆるゆると、そのひそめられた眉をしゅんと緩めた。 「…早く帰ってこいよ」 小さく呟きと共に背を軽く押されてSi、と嬉しそうにデモーニオは頷く。 その姿に仕方がないというように笑みを浮かべたビオレテに、心配ない、とデモーニオは笑う。 この幼馴染みは少々デモーニオに対して過保護すぎる所が昔からある。 だが、今日はフィディオと共に出掛けるのだ。そう滅多なことがあるとも思えない。 「それじゃあ行こうか」 そう自然にフィディオに右手を取られるのと、幼馴染みがNo!と叫ぶのはほぼ同時であった。 「はは、君の幼馴染みは怒りっぽいね」 「すまない…いつもはそんなことないんだが」 あの後どうにか怒り狂うビオレテを宥めて、二人は出かけた。 しかし、ビオレテはよっぽどフィディオのことを嫌っているらしい。 だが、あんなにガミガミと(不埒な奴め、よくもデモーニオをたぶらかして…後はよく聞き取れなかった)喚かれて、笑い言にできるフィディオもよっぽどだとデモーニオは思った。 そんなことを思いながら彼をちらりと見上げると、ん?と微笑みかけられて、デモーニオは慌てて視線を戻す。 どきりと跳ねた胸を落ち着かせる為に、どこに行くんだ?と問うと、内緒だよと綺麗な笑みで返されて逆にまたどきどきと心臓が鳴った。 「さあ、着いた!」 「…え?」 彼に手を引かれてやってきたのは、デモーニオにも見覚えのある場所。 否、見覚えのあるどころか先程までデモーニオがいた場所である。 ショーウインドウの向こうで、あの白が目を惹く。 ぽかん、と呆気に取られたデモーニオを余所に、ぐいぐいとフィディオはデモーニオの手を引きブティックの中に入ってしまう。 からんからん、とベルの鳴る音と店員の声が響く。 お洒落な店内、お洒落な店員、そしてみすぼらしい自分。 場違いさにフィディオの影に隠れている内に、彼は店員に何事か言いつけて店員はにこやかに頷いて二人から離れた。 「きっと気に入ると思うんだ」 何がだ。 彼の言う成すことは突飛すぎて訳が分からない。 混乱しているデモーニオを、いつの間にか再び二人の元に戻ってきていた店員に引き渡して、彼はにこにこと笑うのだけなのであった。 「お嬢様、こちらです」 訳も分からぬまま店員に引かれて、試着室まで辿り着く。 おどおどとした態度のデモーニオに、店員は優しく微笑んだ。 「優しい恋人をお持ちですね」 「えっ…」 「このワンピース、一点物なんですのよ。」 お目が高いですわ、そう言って渡されたものは。 「ど、うして…」 ********* 「フィ、フィディオ…」 店員に手を引かれて、やってきた彼女は――まるで深窓の令嬢のようであった。 膝上で揺れる裾、ふわりと膨らんだ肩口。上品なレースがあしらわれたそれ。 恥ずかしげに、頼りなさげな裾を気にして。慣れないミュールで、ちょこちょこと歩いてくる彼女が愛らしくてフィディオは思わずこちらから彼女に近寄ると、店員から彼女の手を取ってぎゅうと両手で包む。 すると、う、と小さく呻き声を上げるものだから余計に可愛らしい。 (思った通り) 彼女の住むアパートメントに向かう道すがら。 このワンピースを見た瞬間に、彼女に着せてみたいという考えにフィディオの思考は占められた。 ボーイッシュな服装に身を包む彼女も勿論好きだ。けれども彼女が女の子らしい服装に憧れていること(隠しているつもりらしいが)は知っていたし、女の子らしい服装の彼女を是非見てみたいとフィディオ自身も思っていた。 その矢先にこのワンピースを見たものだから、これしかない、とフィディオは思ったのだ。 恥ずかしいのか俯いたままの彼女の睫毛が震える。 ――彼女は自分のことを女の子らしくないと言うけれども フィディオにとって、彼女程愛らしい少女はいなかった。 小さな可愛らしい鼻に一つそっと唇を落とせば、驚いたように顔を上げた彼女とやっと目があった。 「可愛いよ」 うう、と言葉にならない声を上げて、ぱくぱくと口を開閉する彼女。 その様子をしばらく見ていると、大分彼女も落ち着いてきたらしく。頬は未だ染まっていながらも、フィディオ、と言葉を発した。 意思を持ったグレーの瞳が、じ、と問う。 「…どうして」 「ん?」 「どうして、俺の、」 欲しいものが分かったんだ。 その言葉に、今日一番の笑みでフィディオは答えた。 「君の欲しいものだったら何でもわかるのさ!」 ....................... かわいいひとよ |