ちょっと薄暗い。


デモーニオは、常に何かが恐ろしかった。

卑屈気味な性は昔からだったが、後遺症のせいで日に日に弱る視力はそれに拍車をかけた。
ぼやけていく視界。
聴覚と触覚に頼った生活はデモーニオの神経を細らせた。

――大丈夫だよ
――俺はここにいるよ

彼が何度そう言って手を握ってくれても、その時一瞬は心休まるのだがすぐに不安が波のように襲ってくる。
拭えない、何か。
本当に彼はそこにいるのだろうか。
本当に、本当に?
彼に触れていない時はいつも悪い考えばかりが浮かんで。
それと同時に、彼を自分に縛り付けてしまっていることへの罪悪感。

もっと別の道があった筈だった。
輝かしい歓声を浴び続ける道が。

けれども彼は、デモーニオの目がほとんど見えないという程に悪化したと知るなり高らかに引退宣言を上げた。
本当に、それは余りにも呆気なく。
どうしてと呆然と問うたデモーニオに彼は、デモーニオの視界に映らない以上価値はないよ、と言い放った。
近くのものであればかろうじて映すデモーニオの瞳が捉えたその時の彼は、笑顔だった。

けれども

――愛してるよデモーニオ
――ずっと一緒にいるよ

彼のそんな言葉が、次第にデモーニオの不安を掻き立てる要素となっていく。
本当に、本当に?
彼はどんな顔で、言っているのか。
ぼんやりと、悪化していく一方の視界ではもはや判別することは難しくなってきた。
罪悪感と、恐怖と、不安と、猜疑と。
それらで、ないまぜになった心からぽろりと一言溢れ落ちた。

「ほんとう、に?」

一角が崩れると、そこから全体が崩れ始めて。

「俺には、分からないから、」
「フィディオは俺なんかには、」
「フィディオは、かっこよくて、すごくて、」
「俺なんか、」
「俺なんか、」
「ほんとうに、俺の目の前にいるの?」
「ほんとうに、フィディオなの?」
「ほんとうに、」
「ほんとうに、」

それ以上は言葉にならなかった。
ただただ嗚咽を繰り返す。
そっと、手が握られる感触。
ただでさえ確かでない視界は、溢れる水滴で更にぼやけてしまっている。
感じられるのは暖かい手の感触と、そっと耳に落ちる彼の、凪いだように穏やかな声。

「俺が、信じられないの?」
「信じてる、信じたい、けど」

彼とは対照的に震える声。
すがるように手を握り返して。
デモーニオは最後の一滴を瞳から、心から、溢す。


「俺の目の中には、フィディオすらいないのに」
「フィディオの目の中には、俺以外もいるんだ」


言って、しまった。
言葉にして、しまった。
胸につかえていた醜い澱。
見せまいと、嫌われまいと、隠していた想い。
どうしよう。
どうすれば。
どうしたら。

ふ、と離れるぬくもり。
ああ、ああ。
違う、とも言えずに呻き声をあげることしか出来ない。
手に伝わるぬくもりがなくなってしまった以上、デモーニオにはもはや何も残されていない。
視界は、相も変わらず
ぼやけた――赤い、視界。

(あ、か……?)

ぬくもり。
なまぬるい。
彼の手ではない。
ぬくもり。
水音。

「ほら、デモーニオ」

そっと、デモーニオの手にぬくもりが戻る。

「これで、俺もおんなじだよ」


ぬるり、と滑る感触と
彼の、穏やかな声と
真っ赤に、染まる視界に

デモーニオは何も言うことはできなかった。

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きみすらもうつさない