ジャンルカはひたすら、ただひたすら歩いていた。
珍しく雪の積もった道を、ざくざくと音を立て踏みしめながら。
ああ、暖かいカプチーノが飲みたい。
暖かい暖炉の前に座り込みたい。
けれども衝動的に家を飛び出てきてしまった今のジャンルカには、吹き荒ぶ寒風を防ぐコートすらないのであった。
ああ――本当だったら今頃、暖かいカプチーノも暖炉も、それに加えておいしいスープとパスタだってジャンルカの目の前にあった筈なのに。
パスタ、という所でそもそもの原因に思い至る。
浮かぶのはそう、くるくると柔らかな赤毛の料理上手な――恋人。
発端は、酷くつまらないことだった。
それが言い合っている内に互いにヒートアップしてしまって後にひけなくなり、カッとなったジャンルカは気が付けばアパートメントの扉を思い切り叩き付けていた。
コートがないどころか財布もない。
そもそも行く宛もない。
けれども、帰ってなどやるものかという気持ちだけがジャンルカの足を動かしていた。
ざくざくと、怒りを足に込めて力一杯雪を踏みしめる。
(マルコの馬鹿野郎糞野郎インポ野郎)
思い付く限りの罵詈雑言を挙げ連ねて、一歩また一歩と踏み出したその時だった。
「…ッ!!」
力一杯踏み出したその足は見事につるりと滑り、バランスを崩したジャンルカの体は白い雪の上に叩き付けられた。
「いっ…てぇ…」
尻が痛い。
触れる雪が冷たい。
けれど、それ以上にこんな場所で転けてへたりこんでいる自分が情けない。
こんな寒い日に出歩く物好きもいないようで、幸い周りに人はいなかったのだがそれでも一人で何をやっているのだという虚しさが心を埋める。
(マルコの…馬鹿野郎…)
それ以上に馬鹿野郎なのは、自分だ。
意地を張って飛び出して、挙げ句の果てにこの様。
じわりと衣服に染み込んできた水が一層惨めで、惨めすぎて立ち上がることすら出来なかった。
(とんだ馬鹿野郎だ)
そう嘆き俯くジャンルカに、ふ、と影が落ちる。
ざくりと、雪を踏みしめる音がした。

「ジャンルカってさ、女の子のいない所では案外抜けてるよね」

それは聞き馴染んだと言うには馴染み過ぎて、まるで空気のように感じていた声。
聞き間違えるなど有り得ない。

「…そういうマルコこそ、女の子のいる所では格好悪いくせに」

顔を上げると、見慣れた赤毛。
頭と肩には雪が。かろうじてコートは羽織っているものの、手袋は両手で色が違っているし、エプロンだってつけたまま。
つん、と鼻の奥が痛んだ。

じゃあいないところでは?ーーそう、手を差し伸べて笑う彼にジャンルカは言ってやるのだった。

「さいっっっこうだよ!馬鹿野郎!」


引き上げられてその勢いでぎゅうと抱きついた恋人からは、暖かくて幸せな匂いがした。

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やっぱりきみがすきなのです