※エドガー女体化です。














その日、いつもとは違った騒がしさにどこか違和感を感じながらもテレスはアルゼンチン街を歩いていた。

元々があまり大人しい気性の人種ではないから、騒がしいのは御愛嬌と言ったところなのだが、今日のはどうも違っているような気がする。

いつもなら落ち着くはずの喧騒に、どこか落ち着かないものを感じながら通りを見渡して首を傾げる。

おかしいのは確実なのだが、どこがおかしいのかがよく理解できない。

――と、そんな考えに耽りながら歩いていたせいか、ドン、と胸の辺りに衝撃。

どうやら前から走ってきた人物にぶつかってしまったらしい。

悪い、と声をかけながら、反動でよろけたその人物に手を差し伸べようとして視界に入れたその瞬間テレスは、あ!と思わず声を上げてしまった。

見間違えようもない、その特徴的な青く長い髪。



「お前…エド「しっ!」



続いて出掛けた名前に、口を両手で塞がれる。

何をするんだ!と文句を言おうにも思い切り口を塞がれていてもがもがと唸ることしかできない。

一体全体どういうつもりなんだ!と頭に血が一瞬にして上りかけたテレスであったが、視線を落とせばそこには必死の形相で手に力を込めているエドガーがいて、その試合中ですら見たことのない初めて見る姿にスッと上った血が冷める心地がした。

そうしているとテレスの耳に「いたか?!」と、男の声が届く。

その声が聞こえた瞬間それまで必死にテレスの口を塞いでいた手は解かれ、エドガーはサッとテレスの後ろに隠れてしまった。

何だか分からないが、追われているらしい。

数人の男女がバタバタと、テレスの前を通り過ぎていのを(ああ、もしかして落ち着かない喧騒はこれのせいか)だなんてのんきに考えながらも。

エドガーも決して小柄ではないが、体格の良いテレスの後ろに小さくなって隠れてしまえば注意して見ない限り案外ばれないものである。

背に縋りつくようにして込められた力から緊張が伝わってきて、こちらも体に力が入ってしまう。

ぎゅう、と背中にしがみつく彼のために、早く行け!と心の中で叫んだ。

(意外と俺もお人好しだな)

敵のチームであり、しかも試合以外での交流などほとんどない男を助けてやるなんて。

しかしこうも必死の様子を見てしまえば、見捨てることのできるような性格などテレスはしていなかった。

しばらくしてテレスの前を追手が完全に通り過ぎ、もう大丈夫そうだぞと声を掛けようと、ほっと安心したテレスの耳に不意打ちでとんでもない言葉が飛び込んでくる。



「全く…エドガーお嬢様はどこに行ったのやら…」



は?、と一瞬固まった後、思わず背中に未だひっついていたエドガーを引き離す。

お嬢様?誰が?エドガーが?

混乱する脳内で、ぐるぐると先ほどの言葉が頭を巡るが、急に引き離されたエドガーの方も何が何だか分からないようで。



「お、おい!見つかってしまうだろう!」



慌てた様子でこちらを怒鳴るエドガーに、大丈夫だなんて声をかける様子は、今のテレスにはなかった。

何故なら、改めて視界に入ったエドガーの全身。

その膝上で揺れる頼りなさげなスカートの裾を、しっかりと自分の目で見てしまったからである。



















「…私は、自分が女だと思ったことはない」



その後どこかへ腰を落ち着けようと、しかし宿舎に連れて行くわけにはいかずに結局適当な喫茶店に入ることにした。

途中で目立つ青髪を隠すために帽子を購入してやると(店員から彼女かと尋ねられて何とも気まずい空気が流れたが)、ありがとうと大人しく被った彼――否彼女。

白いレースのワンピースに、買ったばかりの帽子を被っている彼女にテレスは遅れて、ああ女なのだ、と実感した。

席についても互いにそわそわと、何だか落ち着かず。

頼んでいた飲み物が出されて一口。

それでようやく互いに落ち着いた。



「お前が女だなんて知らなかった」



そう、テレスが率直に言えば(単刀直入過ぎるとは自分でも思ったが、そう言うより他なかった。細々とした気遣
いは苦手だったし、探るようなこともできやしない。テレスはそんな男だった)、エドガーはフンと、鼻で笑う。

その様子はやはりフィールドで見てきた、今まで男だと思っていたエドガーのものだ。

カチンとくるより先にそう思った。

だから君はモテないんじゃないか、といつもの皮肉を口にして、彼女は紅茶をもう一口飲んだ。

そして、だが、と続ける。



「…私は、自分が女だと思ったことはない」



音もたてず、静かにテーブルに置かれるカップ。

その水面に、彼女の視線が落ちる。



「…何かあったのか」

「…別に」

「別にって顔じゃねえだろ」



ふい、とそらされる顔。

落ちる沈黙。

それに耐えきれず、コーヒーに口を付けようとした時、私は、と沈黙が破られる。



「私は、男でいたかった」

「だから、男の格好しかしてこなかったし、男のように振舞ってきた。サッカーだって負けるつもりはない」

「男でいたかった、男になりたかった」

「けれど」



結局の所、私は男にはなれないらしい。

ぐ、と先ほどまで紅茶のカップを持っていた手はぐ、と拳をつくっている。

(小さな手だ)

自分の手とは数回りも小さい手を見ながら、テレスは黙ってエドガーの言葉に聞き入る。

今まで許されてきたことがどんどんと、許されなくなっていく。

パーティにはドレスが用意され、普段着からもどんどんと男物が姿を消していく。

このままではサッカーも許されなくなってしまうのか。

そう思ったら、堪らなくなった。

積もっていた澱を吐き出すように言葉を紡ぐエドガー。



「私は怖いのだ」

「…女になるのが?」

「…女にもなれないのが」



ふう、と大きく息を吐いて、そして自嘲するような弱々しい笑みを浮かべる。

それは見たことの無い表情だった。



「女性は、花だ」

「私が…花になれるはずもない」

「華やかなドレスを着て、大人しく笑って」

「この私が、だぞ?」

「十数年男として生きてきたし、背丈だってひょろひょろと高いばかりでまるで女らしいところなど一つもない」



皮肉屋で、自信家で、紳士ぶってるお行儀の良い嫌な奴。

それがテレスの持っているエドガーという男の印象で。

そこに、エドガーという“女”の印象が刻み込まれた瞬間だった。

伏せられた睫毛の長さ。

小さな手、小さな肩。

(こんなにも、壊れてしまいそうだったか)

テレスは、ただただ彼女から視線を外せずにいた。















「今日は、ありがとう」



喫茶店を出たところで彼女を追っていた集団に出食わして、彼女の逃避行は終わりを告げた。

前とはうって変わって、腹を決めたように落ち着いて対応する彼女に自分は何かできたのだろうかと考えていると、かけられた感謝の言葉にテレスは少し面食らった。



「別に、何もしてねえけどな」

「そんなことはない。話を聞いてくれただろう」



面食らうテレスがおかしかったのか、くすりと笑みをこぼすエドガーに恥ずかしくなって、がしがしと頭をかく。

じ、とテレスの臙脂色の瞳を青色の瞳が射ぬく。



「君のことは、今まで粗野で乱暴で…苦手だと思っていた」

「こいつ…」

「けれど、それだけじゃないと分かった…ありがとう」



そう言って、もう一度礼を言って笑うものだから。



「エドガー!!」



そのまま大人しく連れられて行くエドガーの背に、テレスは声を掛ける。

青い髪が靡いて、こちらを振り返る。



「そのワンピース似合ってるぜ!」



真っ赤になって、すぐさま前を向きなおした彼女が花になれないなんて。

そんなことがあるわけない。

とりあえず、

(次のオフに、買い物にでも誘ってみるか)

もっと彼女の表情が見てみたかった。

KOQの宿舎まで迎えに行ったら、彼女は一体どんな顔をするのだろうか。












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テレエド大好きです

20100806