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*五年後設定









チャイムの音が鳴り響いて、エリザは読んでいた本から顔を上げた。
時計の針は深夜0時丁度を指している。
非常識な時間に鳴るベルは悪い知らせをもたらすものだと相場が決まっているけれども、この場合はそれに当てはまらないことを、エリザは知っていた。
そう、随分前から知っていたのだ。

今更のようにカレンダーの日付を見て、少しだけ口元を緩める。覚えいてくださいね、なんて必死に言い募るあの日の子供らしい声とこちらを見上げる強い瞳が脳裏を過った。
あれからどれだけの月日が流れたのか。もう彼とは何年も会っていない。
手紙だけが、彼女の元に届き続けていた。
だが、彼が遠くの学校に行ってしまった直後はひっきりなしに届いていたそれも、最近では随分数が少なくなってきた。この国のスターとなった彼が忙しいことは、今となっては国中が知っていることだった。
近況を伝えるのにいっぱいいっぱいだというような、向こうの必死さが透けて見えるような拙いそれが、けれどもあの日のような激情を伝えるようなことは一度もなかった。
最後に届いたものも、今度の世界大会の代表候補に選ばれたこと、これも監督のおかげですという感謝、そしてこちらの体調を気遣うようなことがめいいっぱいに書かれていて、エリザはそれが少しだけおかしくて笑ってしまった。彼らしいことだった。

一度も、そうあの日以来一度も彼はその言葉を口にしなかった。
子供らしい憧れ、よくあることだと片付けることはできたはずなのに。
それなのに、どうしてだろう。


確証はなかった。
あるのは確信だけ。
子供っぽい甘い期待ではなく、それは確信。


側にあったショールを肩にかけて、ゆっくりと玄関に向かう。
扉を開けて、視線は自然とあの日の彼の目線の位置に。
けれどそこには勿論彼女の求めるものはなくて、時間の流れを感じながらゆっくりと視線を上げた。
(ああ…背が伸びたのだ)
彼女の目線よりも、少しだけ上。
ぱちりと、瞳が合う。
同年代の周りの青年達に比べれば少し華奢かもしれない。けれども服の上からでも分かるしなやかに筋肉のついた体躯が、ガチガチに緊張した様がおかしくて口元を緩める。
あの日の必死な少年の姿がまた脳裏に浮かんだ。あれから何年も経って、背だって伸びたのに彼の本質は変わらなかったらしい。
どちら様かしら?と悪戯っぽく笑ってやれば、ぎゅ、と唇が真一文字に一瞬引き締められた。
黙って微笑んだまま彼の様子を見つめていればしばらくしてその唇が緩み、かんとく、と掠れた声が漏れた。
その声も、彼女の思い出のものよりも随分低くなっている。
なあに、と声には出さず首を傾げる。
あの日も、そういえば中々話を切り出さない彼の言葉をこうして待っていたことを思い出す。
口が、ぱくぱくと幾度か開閉を繰り返して、もう一度ぎゅ、と引き絞られた。
そうして、もう一度かんとく、と呼ばれて。

「俺と結婚して下さい!!!」

きょと、と彼女は思わず一瞬だけ瞳を瞬かせた。
だが何やら色んなものを飛びこして叫ばれた内容に驚くよりも、叫ぶと同時に朱に染まった彼が愛しくて。
そして、あまりにも必死なあの時の少年そのままな彼の言葉が、嬉しくて。
エリザは、そっと彼の柔らかな髪をかきあげてその額を露わにした。

「そうね、“約束”ですものね」

でも――結婚の前におつきあいはいかが?
少しだけ背伸びをして、そっと額に落とした唇。
唇に、触れた肌は熱かった。
絡む視線にそっと、柔らかく微笑んで。

「お久し振り、それから…お誕生日おめでとう、ビヨン」





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0時丁度のプロポーズ


20100625