なあ、聞いてる?
そんなクラスメイトの焦れたような問いにああ聞いてるよ、と明らかに適当な様子でぼ

んやり返して。緑川は視線を、開け放たれた廊下側の窓へ向けていた。
そうしてじぃっと通り過ぎて行く人の流れを見ていると、その中に見えたのは。

「砂木沼さん!!」

声を上げて勢い良く立ち上がった緑川に、クラスメイトはびくりと身を引いたがそんな

もの知ったことじゃない。
教室を飛び出して、もう一度砂木沼さん!と叫ぶと彼は立ち止まってこちらを振り返っ

てくれた。長い黒髪が揺らめく。
緑川、と喧騒の中でもその声ははっきりと耳に届いた。
げ、と砂木沼の隣に並ぶ男子生徒が顔をしかめたのもわかったがそれも知ったことじゃ

ない。
緑川はこれ以上ない、というくらいの自慢の笑顔を浮かべて彼の前に立つ。

「おはようございます砂木沼さん!」
「ああ、おはよう」
「今から物理ですよね!」
「ああ…お前は今から英語だったか」
「わ!何で知ってるんですか?!」
「先週言っていただろう」
「あっ…!へへ…そうでしたね」

ちょっと照れ臭くて、頭をかきながら笑うと彼もフッ、と柔らかくその表情を緩める。
その表情だけで、今日一日生きていけるような気がしてしまうのだ。
(単純だと笑われてもいい。ただただ、幸せなんだ)

「今朝は遅刻せず、よかったな」
「へへ…ギリギリセーフでした」
「次からはもっと余裕を持って行動しろ」
「はい!頑張ります!」
「…砂木沼さん、そろそろ…」
「ああ、もうそんな時間か」

ちらりと時計を見た隣の男子生徒がこの貴重な会瀬を終わらせようとする。
憎たらしい、番犬気取りの男。
む、とした表情が出てしまうのを隠せずにいると、頭に自分のものより一回り大きな手

が降ってくる。
優しく、一、二度撫でられる。
彼にこうして撫でられるのは好きだ。
だけれど身長差とか年齢差とか色んなものが思い知らされて、少し複雑。


「そんな顔をするな…また昼休みにな」
「…はいッ!」


否、こうして餌をぶら下げられて機嫌を直している自分の方が犬のようであるか。
遠ざかる背中で揺れる黒髪を眺めながら、緑川は昼休みに想いを馳せるのであった。


<移動教室>




お題はこちらからお借りしましたAコース


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