雨の日は嫌いだ。 雨の日には頭が割れるように痛む。そういう体質なのだ。どの薬も慣れてしまってちっとも効かない。 頭が回らなくて、目で物を見るのも耳で何かを聞くのも億劫で、息をするのもつらく重い。 雨の日が大嫌いだった。 しんと静まりかえるはずの部屋にしとしとと少し遠くで滴の落ちてゆく音が渡る。 窓は完全に閉めてあるはずなのに隙間から目ざとく侵入してくる、空気、そのにおいが部屋に充満している。 また、ひときわ大きな痛みに呑まれかけると、野生の勘かはたまた偶然か、丁度の時に柔らかく頭を混ぜられて痛みがほんの少し、だけど確実に、遠退く。 シズちゃんはあたたかい。 ソファに寝そべって毛布にくるまる俺の枕はシズちゃんの膝、いわゆる膝枕の状態だ。 最初は本当に偶然だった。 雨の日は何かと理由をこじつけて会わないようにしていたのに、ある日シズちゃんが突然やって来てしまった。 俺は動けるような状態でもなくて言い訳もできずに洗いざらい本当のことを伝えた。そして、だから来ないでってちゃんと伝えた。ちゃんと伝えたはずなのに、シズちゃんは俺の言葉の裏腹に雨の日には必ず来るようになってしまった。 呼吸をするだけで鼻から口から皮膚から幾つもの細胞へシズちゃんの匂いが満ちて引く。 毛布の中で身じろぐと、無言のまま男が様子をうかがってくるのがわかる。けど、気づかなかったことにする。 静かで薄暗い昼下り。 雨じゃなかったら、何をしていただろうか。 どんなものであれ音は、頭に響いて耐えられないくせに、静けさは静けさで痛かった。頭の痛みと同じくらい。 雨の日はこうなることなんて、目に見えてる。自分は何にも出来ない。それどころかシズちゃんまでいろいろできない。 「無理して来なくていいって言ってるのに」 なんでこの男は、いつもいつも懲りずに俺の部屋に来るんだろう。 「無理なんかしてねえよ」 「してる」 「してない」 「してる」 「してない」 無意味なやりとり。馬鹿みたいだ。口先だけで、自分の表情が言葉に追いついてないことなんて分かっている。分かっているくせに。 また不毛な会話で、自分を安心させているだけなんだ。この男のどうしようもないほどの優しさを利用して。 「シズちゃん」 何か、たくさん、言いたいことがぐるぐる渦巻くのに、ひとつも言葉にならない。 嫌だ嫌だ、思い出し不快、だ。 嫌なことばかりがぐるぐると走馬灯みたいにめぐる。 人間の不安定な感じ、俺はいつもそればかりを観ている。人間から生み出される正しさを反映していない言葉言葉言葉、が、思い通りに運んでゆくとき、それは俺に快感を与えるけれども、それは抉るよな類の、痛みと紙一重の存在だ。 何も、ひとつも、信じられない。 ぐるぐる、ぐるぐる、痛くて、重い。 「言わなかったことにしたいような、ことを、言っちゃったときは、どうすればいいのかな」 ひとりごとみたいにこぼれる言葉はやっぱり正しさを欠片も反映せずに俺から出て行ってしまった。 心臓がどくどくなるような、追いつめられるような錯覚が、背中を、押して、押して、 こっちのことなんてお構いなしに、善人シズちゃんは、神妙な面持ちで考え始めたみたいだった。この馬鹿善人。 「状況がよくわかんねえけど、」 シズちゃんの低く落ち着いた声はなぜだか俺の頭を焦がすことなく、すんなりと染み込む。 「もう言ったことはしょうがねえよ。あきらめろ」 「やりなおせないことって、あんまりないし」 「気になるならまたどうにかすればいいんじゃねえか」 どうにかできるのだろうか。 相変わらずシズちゃんは馬鹿で単純で安直だ。 俺は保身しかできない。わが身が可愛い。自己嫌悪は自己愛に比例して伴う。 分かっていたってどうしようもないことがある。 「大体お前はいつも言わなくて良いことばっか言ってんじゃねえか」 「お前が良い奴だって思ってるやつなんて居ねえよ」 真顔でそんなことを言うから思わず笑ってしまった。 酷い言われようだ。俺のこと何だと思ってるんだ、俺だってたまには、とか思いつつ笑ってしまった。 馬鹿で単純で善人のシズちゃん。 自分ばかりを責める優しくて優しくて可哀想な人間。 「今度は無理してこなくていいからね」 無意識にこぼれていた。今度は本当の言葉だった。 苦いシズちゃんの顔が、そこに、ああ、唇をキスで塞がれた。 苦しくて苦しくて気付いたときにはあたたかさが一筋こぼれてた。 (泣いたのはいつぶりだろう。そんなことも忘れてた。) ------- 人にあてられた臨也さん(自業自得 私もシズちゃんが欲しい← |