※すごく女々しい二人




「海に行こう」

臨也が言った。一週間くらいまえだったろうか。反論はなかった。
夏の混み合ったきらきら輝く海もいいけれど、冬の終わりに近い、つまり春の始まりに近い季節に、人のいない海を眺めるのも好きだ。もともと人ごみが嫌いな性質だというのもある。

決行は来週末、という話をしたのはつい最近のことのようなのに、その日はいつの間にか明日にまで迫っていた。








海と聞いたとき、前に一度だけ臨也と海に行ったときのことを思い出していた。ちょうど今と同じような季節だった。高校を卒業した日だ。何も考えずに二人で海に行った。その時は、そのあとがこんな風になるなんて思ってもみなくて、もしかしたら会うのはこれで最後になるのかもしれないなんて漠然とした恐怖があったりして、それでも二人で出かけるなんてめったにないことだったからうれしくもあって、とにかく渦巻く感情が整理できないものだから、無心のふりをしてひたすら海に向かった。
海を前にした臨也は思いの外、静かだった。普段の様子からは考えられないように黙りこんでいた。
ただ海を眺めて、ときどき思い出したように手を絡めたりする、それだけなのに、心にはたまらない充足感がじわりと満ちていくのを感じた。
家に帰りつくまで、結局会話らしい会話はなかったように思う。それでも、それなのに、あったかかった。帰りの道中で、一度だけ目があって、見合わせて、思わずお互いに笑ってしまったりもした。
それでなんとなく根拠もないのに、大丈夫なんて気が湧いてきたんだった。


あの日のことを臨也と話したことはなかった。なんとなく話すのをはばかられる。気恥ずかしいし、そのままにしておきたい記憶でもある。臨也もきっとそんな感じだろう。もしくは、臨也はただ忘れてしまったのかもしれない。記憶は割と鮮明なのに、本当にあれは現実だったのだろうかなんて思ってしまうような、どこか曖昧さを持っていた。でも、俺はそんなところもいいなあなんて勝手に思っていた。

臨也が、この季節に唐突に海に行こうと言い出した時、ああ、やっぱり臨也も覚えていたのだろうかと、なんとなくむず痒い感覚を覚えながらも、口元がほころんでしまった。








明日は早朝から出発したい。日の昇りきらない海はきれいだろう。
弁当でもつくっていったらいいだろうか。いや、コンビニでなにか買っていこう。などと俺が一人浮かれているところに、臨也が言った。

「海に、もしさ、行かないならどこに行こうか」
唐突に、何を言い出すんだこいつは。
「ねえ、どこが良い?」
何でそんなことを言うんだろう。前日にして気でも変わったのだろうか。気まぐれにも程がある。

「俺は海がいい」

臨也はそうじゃないのか。

「だから、行けなかったらって言ってるんだけど」

「なんでそんなこと考えなきゃいけないんだよ」



いや、お前が行きたくないならさ、中止にするだろうけれど。
一人で舞い上がっていた俺が馬鹿みたいじゃないか。だいたいお前が言い出したことなのに。ああ、無意味に胃が痛くなる。


部屋にはちゃんと電気がついているのに、直接の光から避けるような位置に立っている臨也の姿はあまりよく見えない、から思わず心配になる。見えない。
不自然に沈黙が流れかけた。そうはさせまいといったタイミングで臨也がそれを破った。



「雨がさ」



「雨?」

「雨が降るかもしれないだろ」

「雨……」
雨か。確かに雨が降ったら行くのは億劫だな。それでも前日にいきなりってあまりに唐突過ぎる。
天気予報はなんと言っていただろうか。夕飯の時につけっぱなしにしていたニュースの記憶をたどる。そこでは確か、晴れると言っていたはずだ。


「さっき、晴れるって言ってた気がするけど」

「でもさ、分からないだろ。天気予報が外れることだってあるかもしれない」

「そんなこと言ってたら……、そうか」

ああ、そういうことか。なんで気づかなかったのだろう。俺は学ばないな。
臨也は気圧に敏感だ。明日はきっと雨なのだ。
それにしても面倒くさい。まったくもって面倒くさい。最初からそう言えばいいのに。

「お前はどうしたい?」

「俺は、家でごろごろしたいな。もし雨ならね」

「それじゃあいつもと変わらないじゃねえか、まあいいけどよ」

「シズちゃんは?」

「俺もそれでいいや、もし雨ならな」

「そう、良かった。じゃあ、あとは神様に任せよう」












明け方、時刻はまだ5時を過ぎたばかりだ。
心なし寒くて目が覚めた。寝付きが良いはずの臨也が隣から居なくなっていた。



窓の向こうでは雨がゆっくりと降りつづいていた。
臨也は窓辺にこしかけて、向こうを眺めていた。


「やあ、シズちゃん」

「ずいぶん早いな」

「雨だった、残念」

「まだ、やむかもしれないだろ」

「そうかな、そうだね」

お互いに心にも無い言葉ばかりを交わしているのは、なんだか滑稽なような気もした。

こっち、来いよ
もう一回寝よう

そんな言葉が喉元まで出かかるものだから慌てて飲み込む。

それにしてもこのままでは寒いのではないだろうか。春の訪れが近いとはいえ、まだまだ夜は冷え込む。


「お前、寒くないの?」

「んー、あんまり」


本当だろうか。いくら一緒に過ごしても、いまだにこいつの言葉の真意がつかめない。真意がつかめていないことぐらいは分かるようになったが。てことは、もうしばらくしたら真意も分かるようになるのだろうか。いや、そもそもこいつが素直に話せばいいだけの話なのだが。


「素直に話す気にはなりませんかね」

「え、なにそれシズちゃん新しい」

「だろ。で、どうよ」

「素直ねえ」


薄暗闇のなかで臨也が苦笑してるのが分かる。さあ、どう出るか。


「思ってること、言えよ」

「何その横暴」

「何って、俺の我儘だ」

「えー、開き直ってるよ」

「そうだよ」

「なんか今日は積極的だねえ」

「だから話そらすなよ」

「うー…、じゃあさ」

「うん」

「じゃあ、さ」

「ん」

「こっちきて、ぎゅーってして」

相変わらず、こいつは。考えもつかないことばかり言う。


「そういうことは早く言えよばか」


ああ、言葉にすれば伝わるのに、人間は思っていることの半分も言葉にできないから、すれ違って勘違いをして、苦しくなって、それでも愛しく思うことをおぼえるんだろうか。



自分がくるまっていた毛布ごと抱きしめる。抱きしめた体は冷え切っていてぎょっとした。なんてこった。よかった声をかけて。今回の俺は正解だったな。うん。かすかな鈍い呼吸音が漏れてくる。こんなものを気にしてこいつはベッドから抜け出すのかと思うとなんだか腹立たしくなってきた。

「身体起こしてないと息しんどいからさ」

それは、前にも一度聞いていた気がする。気にせず暖かいベッドでそうしていればいいのに。




「雨きれいだね」

真っ黒な窓枠の中にあたった雨粒がきらきらと輝き確かに星のようにきれいだった。
内側からではあるが指で雨筋をつうとなでていると、シズちゃん変なの、なんて笑われた。


流れていくこれは流れ星で、願いをかなえてくれたりはしないだろうか。たとえば、雨よ上がれなんて、叶うわけがないか。


そちらはあきらめて、心でひっそりと今日一日をどう部屋で過ごすかを考えてみた。いつも通りだって案外悪くない。

また晴れた日に海に行けばいい。








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なんか気圧に敏感な臨也さんを書きたかっただけ
たまには強引になると甘えやすいかもよ静雄くん、という







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