どこを歩いていても、木や建物がぴかぴかしている。どこからともなく聞いたことのあるような音楽が聞こえてくる。いくら歩いてもそれは変わらない。この時期の街に逃げ場所はない。 足を止める。どうして歩いていたんだ?同じような街並みが続いていたせいでここがどこかも分からない。今年の冬は暖冬だといつかのニュースで聞いたような気がするのに、今日も寒い。一度寒いと認識すると、自分のものじゃないみたいに末端の感覚がないのに気付く。手先は震えていた。足もだるい気がする。いったいいつから歩いていたのだろう。思い出せない。これ以上考えてはいけない気がして無理やりに足を動かす。右、左、右、何も考えずに足を動かしていれば前に進むから人間は不思議だ。 人の密度が高まってきたかと思うといつの間にか駅前までたどり着いていた。学園からはだいぶ遠い。疲れるに決まってる。 人ごみを歩く気力も無くて駅前の大きなツリーの下に腰を下ろした。目の前ではたくさんの足がうごめく。相変わらずいくつもの音楽が空回るように重なり合っていた。みずいろ、しろ、きいろ、あか、みどり、街には統一感もなく電球が巻きつけられている。 これがクリスマスなのか。 震えている手を見たくなくて、グーにして脇に置いておいた。 俺にとってクリスマスといえばクリスマスミサだった。 ゆるい坂の上に小さな教会がある。古い扉は少し重たい。体いっぱいで押さないと動かない。ぎぎぎと音をたてて扉が開く。空気の暖かさ、床の木の軋む音、古い木が温まった匂い。白い息が透明になってゆく。冬の低くて鈍い光が小さなステンドグラスにさして、色の付いた光は床を這うようにまっすぐに伸びる。静かだけど人を感じる空気。ずっとつないでいた手だけは温かい。外にいるときは必ず手を引いてもらっていた。出かける先は教会ばかりだったけど、それが嬉しくて教会に行くのがたのしみだった。見上げると母さんの持つ手製のビーズでできた小さなロザリオの先が、ゆらゆら、ゆらゆら、母さんと俺に合わせて揺れていた。 いつもの席に座る。クリスマスのミサは特別だ。去年のそれを思い出したら胸がどくどくといった。足をぶらぶらさせないの、と母さんに叱られる。 クリスマスだけはいつまでもあの頃のままだった。もっと色んなことをして上書きをしておけばよかった。そうしたかった。何度も試してみたけれど結局それは出来なかった。どうしてかこの日になると出来なくなってしまうのだ。逃げていた。どうしても怖かった。だから何もしないと決めていた。それなのに、なんで。今日はなんで。 「…とや、音也、音也!」 俺の名前? 「何をしているんですか、探したんですよ!」 トキヤが肩で息をしながら剣幕で目の前に立っていた。 「トキヤ……?」 「遅れてしまって申し訳なかったです、けど、連絡も無しにこんな事、やめて下さい。どれだけ心配したと思っているんですか」 息を整えながらまくしたててくる。 ああ、トキヤだ。トキヤがいる。 手を上に向かって伸ばしてみると、トキヤはしゃがんで同じ高さまでやっきて、俺を抱きしめた。 「冷え切っていますよ。ずっと外にいたんですか?」 もぞもぞと腕の中でうなずくとトキヤはため息をつきながら腕の力をさらに強くした。 「いったい何をしていたんですか…どこかで事故に合ったのか…、別の方と出かけたのかと思いましたよ」 ばつの悪そうに、どこか拗ねたように呟く。子どもみたいだ。 「あはは、俺信用ないなー」 「日頃の行いを省みて下さい」 「むむむ」 目を見合わせる。どちらともなく笑ってしまった。 「あのね、俺ね、トキヤを探してたんだよ」 お祭りみたいなクリスマスの風景にたくさんの人が溢れている。こんな中で俺はやっぱり見つけられなかったのに、トキヤは俺を見つけてくれたんだ。 ---- 遅刻はいけませんね! |