「はっ…はっ、ぁ…」

息が出来ない。目の前が真っ暗だ。
残像が消えない。あの声が反響する。

父さんが血まみれで倒れている。
死んでくれ、と雪男が喚く。俺は雪男を守るって決めてたのに、泣かせちゃいけないのにな。

憎しみの視線が、そこらじゅうから突き刺さる。ああ、痛い。
息が出来ない。吸うのも吐くのも苦しくて、痛くて、苦しい。
こういうときはどうすればいいんだっけ。困ったときは父さんがいつも守ってくれる。助けて、父さん!
父さん、父さん…?なんで居ないの?父さん?

ああ、父さんは俺が殺したんだっけ。

嫌だ!なんで、どうして!

泣き叫んでも何一つ戻らない。
血まみれの父さん。苦しんでいる雪男。同じ光景が何度もぐるぐる回る。
俺を愛してくれる人は誰だっけ?父さん?雪男?全部俺が壊したんだっけ。


嫌だ、助けて!

どこにも光がない。目の前が真っ暗だった。目を開けてるというのに何も見えない。苦しい。どうしたらいいのか分からなくて余計に息ができない。


へ?

ふと、体を引っ張られて、誰かに包まれる。

「ほんま、奥村くんはええこやな」

嘘だ、違うんだ、俺が悪いんだ。
「こっちみて、奥村くん」


「ほら、こっち」


嫌だ、怖い、もう何も触りたくないのに。この熱はなんだっけ?


「もう、しゃあないな」
「んっ…ぁ…」

口を口でふさがれる。目の前に志摩がいた。

苦しい、でも温かい。
だんだん息の仕方を思い出す。

「ぷはっ、やっぱこれ、俺が苦しいわ」

「ふ、え…あ…」

「落ち着いた?」

「…う、ん」

まだ苦しいけど、さっきよりは息が出来る。目の前では相変わらず志摩がへらへら笑ってる。
いつも通りの部屋、薄暗いベッド。何も変わらない。

ああ、俺、またやっちゃったんだ。志摩が隣にいるって分かってたのに。
急速に頭が冷たくなっていくような気がした。どうしよう。また迷惑をかけた。なんでいつもこうなっちゃうんだろう。

「いやらしいなあ、燐くん、なあ。このままもう一回やっちゃう?」

志摩のいつもの軽口に、ひどく安心する。何で志摩は優しくしてくれるんだろう。なんで。志摩がこの炎を許せるわけ無いのに。何で志摩は、俺の隣になんているんだろう。

「燐くんー、そこはなんか反応してくれへんと俺困っちゃうんやけど……ああほら、泣かんといて?」

「あ、れ…」

なんだ、これ。涙が止まらない。


「しま…」

「俺も名前で呼んでよ、燐くん」


「れん、ぞ」


「なに、燐」


もう一回優しくキスされる。

唇から、上に、ほほをかすめて涙を舐めとられる。
いてもたっても居られなくて、志摩の胸に飛びついた。優しく抱きしめて、頭を撫でられる。小さな子供にするみたいに背中をさすられて、やっと、呼吸の速さを思い出す。

「ごめん、ごめ、ん…ごめんな、さっ」

「何ゆうてんの、謝るようなこと燐くんがしたん?」

ごめん、いつもこんなんでごめん。助けてもらってばっかでごめん。何もできなくてごめん。そんな言葉を言わせてごめん。

「ご、めんっ」

だめだ、謝りたくなんかないのに、こんな言葉しか出てこない。本当に俺は何もできない。

「俺、難しいことはよく分からんから」

「う、ん」

「でもな、大好きなんやで、燐くん」




志摩の胸に顔をうずめる。温かい。人の音がする。


好きになってごめん。


すべてが終わってしまうような気がして、一番の言葉はどうしても出てこない。
ずるい俺は志摩に泣きすがるばかりだった。







□□□



奥村くんは、よう泣く。

昼間やみんながおるところではそんな素振りも見せへんけど、夜寝てるときなんてしょっちゅうや。

そんなもんなのかと思ってそれとなく奥村先生に聞いてみると、どうやらそうではないらしい。奥村先生は、奥村くんの涙を知らない。たぶんね。

それ以来、このちょっとした優越感が俺を満たしてるのは確かやった。



「奥村くん、起きたん?まだ夜中やで」

物音に目を覚ます。どうやら奥村くんが起きたらしい。声をかけなくてもいいかと思うたけど、どうやらいつものらしいので、何も気付かないふりで声をかける。


「またそないになって」

水からあげられた魚みたいにひくひくと体を痙攣させて、呼吸がまったくままなっていない。自分をここまで追いつめるなんて、アホや。どんなことだってしゃあないって諦めてしまえばそれで済むのに。 そのあまりに哀れな有様がいとおしくて、体を抱き寄せる。

「ほんま、奥村くんはええこやなあ」


こうなった奥村くんになかなか声は届かない。奥村くんはきっとこんな言葉でまたすぐに自分を追い詰める。無意識だろうけど首を小刻みに横に振るって全否定する。

「こっちみて、奥村くん」

だめや。むかつく。俺のこと見てないなんて。


「ほらこっち」



「もうしゃあないなあ」

はじめからこうするつもりやったんやけど、もったいつけて、こっちを見向きもしない唇にくちつける。

自分の中の空気を全部奪われてまいそうや。奥村くんの苦しいのがちょっとでもこっちに来ればええのに、なんてね。

「んっ…ぁ…」

エロい声だしおって、煽ってんのかこの子は。

「ぷはっ、やっぱこれ、俺が苦しいわ」

「ふ、え…、ぁ…」

「落ち着いた?」

「…う、ん」

そう簡単に呼吸は整わないが、ひとまずさっきよりはましになったやろう。
酸素が足りないせいか、ほっぺが赤うなってて、息をきらせる唇はさっきのキスのせいで艶めいて赤く熟れて美味しそうやった。

「いやらしいなあ、燐くん、なあ。このままもう一回やっちゃう?」

半分本気で言うのやけれど、奥村くんは変わらず、少し息を切らしたままほうけ顔でこちらを見よるだけやった。なんのつっこみもないんかい。こりゃまだ、駄目やな。


「燐くんー、そこは反応してくれへんと俺困っちゃうんやけど……て、ああほら、泣かんといて?」

泣いた!

「あ、れ…」

本人もびっくりしたように頬をぺたぺたしているからしょうがない。

「しま…」
「俺も名前で呼んでよ、燐くん」


「れん、ぞ」


「なに、燐」


名前を呼んだだけやのに。
どんどん俺に崩れてくのが愛おしくて、潤む唇に口を付けた。涙の跡を伝って上まで舌で辿る。
イってるみたいにふるふると震える。あ、燐くんが溶けた。この瞬間の優越感がたまらない。
堰を切らせたみたいに、やっと体に感覚が戻ったのか、胸に飛びついてくる。そのまま抱きしめて、頭を撫でて迷子の子供みたいな背中をさする。やっと落ち着いたみたいやった。

「ごめん、ごめ、ん、ごめん、なさっ…」
「何ゆうてんの、謝るようなこと燐くんがしたん?」

「ご、めんっ」

「俺、難しいことはよく分からんから」

「う、ん」

「でもな、大好きなんやで、燐くん」


いくらでも甘えてええんや。
でもな、俺の前だけにしとってな。



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キスでおさまるわけねえだろ!(過呼吸持ち友人
ですよねー
でも鉄板ねネタ!大好きです!



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