『デート』とは、お互いの行為と性的欲求を容認した二人が集い、時間を共にすることではないだろうか。
そうだとしたら、目の前の男と過ごすこの時間は『デート』であるはずだ。
しかし、阿部はそれを信じることができない。

榛名と付き合いだしたのは、彼が大学四年の秋口だった。ドラフトを目前に控え、奴はもうすぐ夢を叶えるのだと、阿部はまるでそれが当然の摂理のように思っていた。
だから、榛名お気に入りのアイドルがMugenに進出等のくだらない理由で呼び出されることは今後なくなるのだろう。そう予期する阿部が、本来感じるべき”清々しい”より幾分苦い感情の名前に戸惑っているときだった。

「俺がプロなったらさ、お祝いに、しようぜ!初セックス!!」

「斬新な冗談ですね」、「冗談でないとしたらアンタ、ホモだったんですか」、「つーか今のは告白なのか」、「だとしたら段階飛ばしすぎだろ」。
言うべきことはたくさんあった。しかし、あまりのことに思考停止した阿部が、コクンと頷いてしまったことにより、二人は付き合うことになった。

大波に浚われるように新たな関係へ発展してしまったことが悪かったのだろう。

俺たちは本当に付き合っているのか?
『デート』を重ねるごとに阿部の疑問は深まる。『デート』にキスやセックスといった性的な行為が伴えば、阿部も彼と付き合っているのだと確信を持つことができる。
しかし榛名とする『デート』は、雰囲気のあるレストランで食事をするだけで、その後何をするでもなく速やかにアパートに帰される。
申し訳程度のデート要素はいつの間にか済まされている会計と、アパート前まで車をまわしてくれたうえ、ドアの前まで見送ってくれるところだろう。
だが、先輩と名のつく立場にある者が後輩に奢ることは当然であるし、無駄なガソリンと急すぎる階段を上るだけの労力を使いながらも、送り狼と化さないのは、二人の関係がなんでもないことを証明しているように思える。
たった一度セックスを結んだだけの関係ならば、それは恋人というよりセフレに近く、連れだって食事をするという行為は『デート』というより『飲み会』に近い。

「アンタさ、どういうつもり?」

何度目かの『デート』でついに痺れを切らした阿部は、装飾品の見紛うごとく盛りつけられたとサラダにフォークを突き立てた。

「目的はなんだ?」
「モクテキ?」
「俺に何を求めている?肝臓か?うまい飯を食わせに食わせて、フォアグラでもいただこうって寸法か??」
「な、なんだよ、突然」

飼い猫のように大切に扱っているはずの阿部に突如眼光鋭く睨まれ、さしもの榛名も動揺を隠せない。

「目的、って。そんなもん、あるわけねーだろ」
「ハァ?なんだそれ?自分は見返りを求めない聖人君子なのです、だとでもいうのかァ?」
「んだよ、その言い方……?」

挑発を受け、それまでこちらの機嫌を伺うようであった榛名の表情が引き締まる。
真っ直ぐに阿部を見つめる瞳には、真摯な想いを傷つけられたことへの怒りが宿っている。雲の隙間から差し込む朝日のような陰りなきその視線は、阿部の神経を逆なでする。

「なんだこんだけ飯奢っといて、セックスしねーのかって聞いてんだよ!?」

阿部は声が大きい。原因は探るまでもない。血筋だ。
その阿部が怒りのままに語気を強くしたのだから、声は店中に響き渡った。
思わず振り返ってしまう店員のいないところに、この店が繁盛する理由があるのだろう。
しばし呆気にとられていた榛名は、やがて事態が飲み込めたらしく、手にしていたフォークを皿に置いた。

「ワリィ!」

深々と下げられた頭に阿部は驚く。

「お前がそんな風に考えてたなんて、全然気づかなかった」
「え、……え?」
「カラダ目当てとか、がっついてるとか思われたくなくて……」

頬を紅潮させて語られる榛名の真意に、阿部は堪らず脱力する。つまり、榛名は精一杯格好付けていただけだったのだ。付き合っていないどころか、随分と大切にされていたらしいと自覚した阿部は、咳払いを一つ。

「……あ、いや、俺も言いすぎ……」
「タカヤが飯食う時の緩い顔ガンキュウに刻んで、オナニーばっかしてた!」

時には阿部が唇を拭ったナプキンを持ち帰り、しみこんだ匂いを嗅ぎながら勤しんだ。

まさかタカヤが直接嗅いで欲しいと枕を濡らしているなんて、夢にも思わずに!

「よし、行くぞ!」

腰掛けていた椅子が後ろにひっくり返る勢いで、榛名は立ち上がった。

ナニイッテンノコイツ?

手首を包んだ掌の熱さに阿部は藪から蛇を出したことを自覚した。
分厚い皮膚の奥で燃えているのは情熱なんてものではない。狂気だ。

「ど、どこにですか……?」
「トイレだ!」

阿部ほどではないが、榛名の声も大きい。加えて巻き舌気味の荒っぽい話し方をしているので、その声は人の耳につきやすい。

「なっ、なにするつもりだよ……!一人で行ってこいっ!!」
「でも、今すぐシてほしいんだろ……?」

聞こえぬわけが無い大声で、このような会話が繰り広げられているというのに、それでも知らぬ存ぜぬを貫く店員たちは、無関心というマナーを弁えているというより、もはや職務怠慢なのではないだろうか。

「それにしたって、もっと場所があるだろ!」

「息子さんに公然猥褻の前科がつきました。ちなみに相手は男です」と知らされる両親の顔を想像すると、矢が刺さったように胸が痛む。
阿部の苦々しい表情に気付いた榛名は、ハッと手を放して

「スマン!」

と、再び頭を下げた。

「……先走った。や、先走ったってのは、気が急いたってことで、ちょっとでちゃったってわけじゃないぞ」
「わかってますよ」
「そうだよな、場所は、大事だよな……」

焦る自らを諌めるように榛名は繰り返す。
これまでの傾向からいって、ロマンチックな夜景を臨めるホテルだとか、人里離れた旅館だとか、琵琶湖だとか考えているのだろう。阿部としては、法に触れない場所ならどこでもかまわないのだが、自分によく見られようと悩む榛名というのもなかなか乙なものなので黙っておく。

「なぁ、タカヤ。これからは、もっとたくさんキスしていいか?俺、我慢してたんだ」

先程とはうってかわって、内緒話をするように榛名は話す。

「……まぁ、今まで奢ってもらった分くらいは」
「舌入れるやつは?」
「酒、おかわりしてもいいのなら」
「歯型とるのは?」
「なんのために!?」

暇なときに舐めたり触ったりして、阿部の歯並びに思いを馳せるためである。
全身の筋力を瞬間的に増強させる方法として、歯を食い縛ることがある。スポーツを行うものの奥歯がこれによって低く削れてしまうのは珍しいことではない。
乳歯から永久歯に生えかわる前より野球一筋の阿部のことだ。きっとその奥歯は削れてしまっていることだろう。
阿部の半生が詰まったといっても過言ではないその痕跡を、何の遠慮もなく蹂躙できると思うと、榛名はなんともいえない興奮を覚える。

「もしもの時の身元確認ってことですか」
「う?ああ、そういうのにも、使えるな」
「そういうことなら、べつに……」
「まじか!」

まさか承諾されると思っていなかった榛名は色めき立つ。

「なら!ならっ!ほっぺた触っていいか!?」
「は?」
「うなじ撫でたい!」
「え?」
「陰毛抜かせろ!」
「黙れヘンタイ!」

阿部の一喝で我に返った榛名は、本日三度目も謝罪を口にすると気まずそうに視線を落とした。

自覚があるんだな。自らの変態性に。

果たして俺はこのままこの男と付き合っていていいのだろうかと阿部は考える。
いい、ということはないだろう。榛名は昔からそうだ。暴力的なまでの自己で阿部の価値観を破壊していく。
このまま彼と付き合っていれば、いずれ阿部もめでたく変態の仲間入りをすることとなることだろう。

「そういうのは、ちょっと、困ります」

重々しく言う阿部に、榛名は小さな声で「ん」とだけ答えた。

「……で、このあと、誘ってくれないんですか?」
「えっ!」
「あんまりマニアックなのはアレだけど、アンタ自体が嫌とは言ってねぇだろうが」

このとき、榛名が少ないながらの常識でひた隠しにしていたコンプレックスを、あっさりと受け入れてしまったことがいけなかった。
榛名の異常性癖を抱きとめるだけの好意が阿部にあることが、榛名にばれてしまった。
これによって榛名を増長させてしまった失態に阿部が気づくのは、あと少し先のことである。

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