ハルアベの日、間に合わなかった〜(>_<)
……ちなみに描き始めたのは10月3日の午前1時頃です




まとわりつく残暑が毎年のことであるのも忘れて地球の悲鳴を妄想していると、1ヶ月はあっという間に過ぎ去り、今年も残すところ92日と愕然としてから、すぐ。
女は記念日好きだとする俗説を裏付けるように、一部の淑女がPC前で全裸になるこの日、10月2日。

「トーフの日」

ポツリと阿部が呟く。

「何?」
「今日、豆腐の日だからキムチ豆腐が半額みたいですよ」
「キムチと豆腐って、それ美味いの?」
「不味くはないでしょ、多分」

キムチという食材は人間の探究心を刺激するらしく様々なものに添加されては、数々の伝説を生み出している。
それらに比べたら豆腐は、誕生日にマグカップを贈り合う程度にキムチと親和性の高い食品だろう。

「頼んでいいすか」
「ハァ?お前、肉はいいのかよ。肉は」

阿部のようなバリバリの体育会系にとって、肉だけで腹を満たすことはちょっとしたエレクトリカルパレードである。

「それももちろん頼みますけど……」

言葉尻を濁す阿部の憂慮は、榛名の懐事情に向けられている。
大学生になり、寮に入った榛名が元来の物欲の薄さと娯楽品は人から奪うというジャイアニズムのおかげで、必要最低限の仕送りさえも持て余していることは会話の端々から知っていたが、だからといって完全奢りの焼肉というのは、まだ二十歳も迎えていない阿部にとって、どうしても気を遣うものだ。

「テメ、キモチワリィエンリョしてんじゃねぇだろーな」
「俺あんま金持ってません」
「もし足りなくたって、誰がテメェにたかるか!」

エスポワール号に乗っても、絶対に阿部には払わせないと、榛名は唸る。
昔から阿部を自分のもののように扱い、服まで畳ませる榛名であるから意外に感じるが、榛名は阿部に金銭的な施しを受けるのだけは断固として嫌った。
上下関係に厳しい体育会系気質、と阿部は思うが、榛名は金払いという至極分かりやすい形で先輩アピールをして、一瞬でもいいので尊敬を向けてくれないものかと画策しているのだ。

「もー、いい、俺が頼む!……カルビ!あとロースだな!?臓物は食べるか!?」
「臓物て。ホルモン嫌いなんですか?」
「油が多い方が美味い!」

カーディガンをぶら下げたシャツから女よりは太い、というだけの腕がひょろりと伸びる昨今では珍しい榛名の若さ溢れる返答は、阿部の共感と食欲を呼ぶに十分だった。

「じゃあ、トモバラもいいですか?」
「おう、食え!肉で胃袋を埋め尽くすぞ!」

遠慮がちに聞く阿部の背を榛名の思い切りのいい声が力強く押す。憂いのない大盤振る舞いに阿部は思わず「スゲェ……!」と溢した。
普段案山子に対するものと同一の眼差しを榛名に向けている阿部の瞳がキラキラと輝く。

「嬉しいか?」
「はい!ありがとうございます!」

冷静沈着で頭脳派の阿部も肉の魔力の前では、尻尾を回す一匹の犬である。
あまりに現金な変わりように「フン」と榛名は気取って鼻を鳴らすが、その口元はむずむずと緩みを抑えきれない。

「そんなら来年も連れて来てやるよ」
「本当ですか!」

それ以来10月2日は、榛名に焼き肉を奢ってもらえる日になった。


**


その年、念願のプロ野球入団を果たした榛名は、本人にその自覚はないだろうが、人生の冬を迎えていた。
その身一つで億万長者になれる華やかな業界は、天井の高さと比例して、地下へと続く穴の底も深い。
大した収入もなく、だからといってアルバイトをする暇もなく学生時代のように仕送りをもらっていない榛名の困窮ぶりは、苦学生の阿部でさえ憐れに思うほどだった。
そんな榛名にたとえ1年に1日だけだろうと、飢えた青年に焼き肉をたらふく食わしてやる余裕があるはずもなかった。
今年の10月2日は、まさしく豆腐の日になるだろうと1パック28円の豆腐を手の平で揺らしながら阿部は思った。
しかし、榛名は阿部を呼び出した。

「うす」
「ちわす。どうしたんですか?」

案山子にするように見上げられ、榛名は不機嫌そうに唇をひん曲げた。

「やる」

どか、と胸にタッパーを押し付けられる。

「なにこれ」
「冷しゃぶ」
「冷しゃぶ?」
「………………今年は焼肉連れてってやれねぇから」

タッパーに敷き詰められた豚肉はぶっ掛けられたポン酢の茶色でも誤魔化しきれないほど、湯通しのやり過ぎで固まっており、阿部は真っ青になった。

「火傷してねぇか、手ぇ切ってねぇか!?大事な時期だろ、万が一のことがあったらどうするつもりだ!」
「なっ!?」

今の榛名にとっては閉店前のスーパーに駆けこんで購入した半額豚肉は、生活をより一層の貧困へといざなうリンゴに違いなかったが、それでもそんな無理をしたのは、少しでもいいからきらめく視線が欲しかったからなのに口汚く罵られて、榛名は開いた口が塞がらない。

「ろくに靴紐も結べねぇくせに料理なんかしやがって!身のほどをわきまえろ!!」
「テメ、誰のために……」
「うるせぇ!」

一言の反論も許さず、阿部は中段で構えた拳ごと榛名の体に身を預けた。
浮き出した中手骨が榛名の鳩尾を抉る。

「ぎっ!」
「………ばかっ!」

だるだると重力に流されるシャツをぎゅっと引っ張り、阿部はぶ厚い胸板に頭を埋めた。

「タ、タカヤ、こっち向け」
「断る」
「いいから」

いやいやと擦りつけられる短髪を無視して、俯いた顔を無理矢理持ち上げると、憎々しげに頬を赤くした不細工と目が合う。

「お前今、嬉しいだろ?」
「……全然」

そう言って鼻っ柱強く睨みつけられる。
向けられた嘘の付けない眼差しはこれまで見たなかでも一等輝いており、榛名はすっかり満足してしまった。
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