極めて巧妙なケ.ンタ.ッキー.フライド/チキンのステマ



始まりは、榛名が姉の結婚式に出席したことだ。
新郎の纏う白いタキシードに感銘を受けた榛名は、あれをタカヤにも着せよう!と強く思い定めた。


「たでーま!」

普段、面倒だ面倒だと思っている食事の準備や風呂の用意も、いざやらなくていいとなると手持無沙汰で必要以上にだらけてしまうものらしい。
同居当初から今まで榛名が帰宅する度に玄関まで出迎えている阿部なのだが、今日は生憎なことに尻がソファーで溶けてしまっていて、足が向かない。
そもそも、そんな事をいつまでも続けようと思っているほど阿部は殊勝ではない。

ちょうどいいタイミングだし、そろそろやめどきかもな。

阿部はソファーに体を預けたまま「おかえりなさい」と声だけを玄関に向かわせた。
しかし、悪しき習慣が榛名のお花畑脳を増長させてしまったのだろう。

「帰ったぞー?」
「ハーイ、おかえりなさーい」
「……ただいまー?」
「聞こえてまーす」

榛名はいつものように阿部が出迎えてくれるのを待っているらしく、いつまで経っても入ってこない。

「タカヤー……、タカヤー?」

そのうち聞こえてきた鼻を鳴らすような声に、阿部は仕方なく重い腰を上げた。

靴を脱ぐことすらせず、玄関に棒立ちしていた榛名は阿部を認めると、引き出物の入った紙袋を突き出した。

「ただいま!」
「さっき聞きました。なんでさっさと上がってこないんだよ」
「決まりだから」

阿部が習慣と考えていた行為は、榛名にとって掟であったらしい。
投手気質というべきか、多くの投手がそういわれるように榛名もまた一度決めたら打たれても曲げない頑固な一面がある。
榛名が帰宅するたび、新婚家庭のように出迎えなければならない馬鹿げた未来を思い、阿部は苦々しく眉間に皺を寄せた。

「メシ食った?」
「食いました」
「なに?」
「カレーですけど」
「ズルイ!!」
「なにもずるくない」

カレーは手軽に作れるうえ美味しく、しかも榛名の好物であるので、このように悔しがる御かんばせをデザートとすることができる阿部にとっては最高の御褒美メニューなのだ。

「アンタ実家で飯食ってきたんだろ」
「そうだけど、俺もタカヤのカレー食いたかった」
「向こうで風呂まで入ってきたんだから、そのままと待ってくればよかったのに」

阿部はいかにもうんざりと言う。

「そうするとエッチできねぇじゃねぇか!」

「しねぇよ!」と怒鳴られる前に榛名は硬い体を目一杯抱きしめて口を塞いだ。

「ぐっ……!このバカヂカラが!」
「あ、そうだ」

「タカヤに言うことあんだったわ」と榛名はスポットライトに照らされた白を思い浮かべる。

「別れようぜ」

それは先程までとまったく同じ無邪気な笑顔だった。
阿部は放たれた言葉があまりに唐突で、何を言われたのかわからなかった。
やがて理解が追いつくと、縋るように未練ったらしい言葉が次々に浮かんだ。それらの全てが言葉になる前に、阿部は自分自身で答えを出す。

――わかって、いた、ことだ。

そもそも榛名との付き合いは間違いであったのだ。
愛の形は自由であるが、それでも差別は付きまとう。
この別れは阿部がそれを指摘する勇気を持つ前に、榛名が気づいただけのことだ。

「わかりました」

目の表面を覆っていく水が溢れることのないように目蓋をきつく閉じると、阿部ははっきりと頷いた。

榛名の軽い口ぶりからいって、阿部との付き合いは火遊びの延長線上のことだったのだろう。

『タカヤ結婚しねーの?』

翌日届いたメールからもそれは明らかだった。
相手に同性、それも約十年来の後輩を選ぶ榛名の悪趣味はさておき、阿部にとってそれは喜ばしいことであった。もし榛名が本気であったなら、阿部はその罪に耐えられない。
榛名は遊びを感じさせないほどの真っ直ぐさで阿部の心を蝕んだが、それだけだ。榛名の名誉や心が傷つく方が、阿部はずっと辛い。
それにしても、送られてきたメールは別れたばかりの相手に対してのものとしてはデリカシーが著しく欠如している。

『紹介してやるよ』
『とりあえず肌キレイなのがいんだっけ』
『おっぱいはデカイ方がいいよな、トーゼン!』

続けざまに送られた来るメールに、阿部は目尻が乾いていくのを感じた。
なぜこんな男の世話をしてやっていたのだろうと、疑問がふつふつと湧いて出る。
阿部は『二度とメールしてくるな』と返信しようとして、これでは榛名を調子づかせるのでは、と危惧した。

『結構です』

本心を悟られることの無いよう短く素っ気ないメールを送る。
榛名が本気でなかったのなら、阿部も本気ではなかった。負け惜しみといえばそれまでだが、せめてこのくらいの見栄は張らせて欲しい。

『でも相手いねーだろ』
『いずれ自分で見つけます』

それを最後にメールは帰ってこなくなったので、諦めたかと阿部がほっと胸を撫で下ろすと同時に、電話着信を受けた。

「それじゃ遅い!」

無論、榛名だ。

「なんすか」
「今!今すぐにでも!ケッコンシキ挙げてくんなきゃ困る!!」

一体何が困るというのだろう。阿部はもう榛名とは何の関係もない人間だというのに。
しばらく考えて、阿部は一つの結論に達した。
口封じである。
榛名に遊ばれ捨てられたといっていい阿部が、プロ野球選手の下劣なスクープを口外することのないように、新しい女をあてがってやろうというのだろう。
そんな気を回さなくても、阿部は自分のケツの穴を犯す早漏チンポのことを他言する気など端からない。
その程度の信用すら、榛名は阿部に対して持っていないという現実に眩暈を覚える。
だが、靴を舐める物ごいに通帳を預ける馬鹿がいないいように、存在を軽んじることと不信は地続きの心情であるのだから、当然といえば当然といえる。
昔ながらの知り合いで同棲、というのが遊び相手の条件であったとするのなら、阿部よりももっと適任の相手がいるはずなのだ。榛名の幼馴染である。
では、なぜ阿部が選ばれたのか。簡単なことである。
榛名は気心知れた幼馴染を失いたくはなかったのだ。
火遊びにはリスクが伴う。たとえ炎が予想以上に燃え広がり全てが灰になったとしても、相手が阿部であれば構わなかったのだろう。

「……アンタがそんな心配する必要ありません」
「あるよ!」
「ねぇよ」
「あるって」

いくら言おうと榛名は頑なで、阿部は息苦しくなり胸に手を当てた。

「ねぇって……、っつってんだろ!!」

そう言って、電話を切った。
付き合っているときの榛名があまりに優しかったので、少し自惚れていたのかもしれない。突き付けられた現実に、思い出が塵と化していく。
それが、榛名との最後だ。


鏡に映る自分の姿に、阿部は「間抜けだ」と思う。
声高に誠実さを誓う白いタキシードは、ひねくれた阿部の目には愚かさの象徴のように映る。

まさか自分がこんなものに袖を通す日が来るとは。

大いに不満であるが、本日の主役に「式場準備をまったく手伝わなかったくせに!」と膨れられるよりはましである。
榛名と別れてからしばらくして、阿部はある女性と出会った。
彼女は傷心に沈む阿部を莫大な時間と優しさで持ってすくい上げてくれた。過ぎるほど長い交際期間を経て、ついに二人は結婚することとなった。

「ヤん、おとーさん見て!タカがタカじゃないみたい!」

デジタルカメラを光らせ、興奮する母親の姿に阿部は余計気恥しくなる。
しかし、阿部自身による評価とは裏腹に、日に焼けた筋肉質な体を包む白いタキシードは精悍な印象を際立たせ、阿部の男っぷりを格段に上げている。

「あれ、おとーさんは?」
「ロビー行ったんだろ」

男にとって結婚式などニワトリの日(毎月28日。この日限定のオリジナル.チキン×4、クリスピー×3が入ってなんと950円のとりの日パックが買えるのはケンタ.ッ.キー.フ.ラ.イド.チキンだけ!)ほどの価値もない。ましてそれが息子のものであれば尚更。

「もー!一生に何度もあることじゃないのに」

ぷりぷり怒って出ていく母親と入れ替わりに背の高い男が入ってくる。式場職員だろうかと鏡越しに男を見た阿部は言葉をなくした。

「遅かったな、ケッコンすんの」

スーツに身を包んだ榛名は目尻に皺が一つ増えただけで他は昔と何ら変わりのない無邪気な顔で笑った。

「……ど、うして、ここにいる?アンタを招待した覚えはねぇぞ」
「お前に覚えがなくても、俺はショータイジョウもらってんだよな」

見覚えのある封筒が榛名の指の先でひらつく。
それがそこにある事実に阿部は膝が抜ける思いであった。

「言ったろ。相手、紹介するって」
「アンタ……、なに、言って……」
「それよりお前さ、怒るとケータイ出なくなるのやめろよ。なに怒ってんのか聞いてやろうってのに聞けねぇし、ある程度は覚悟してたけど、それでも寂しかっただろうが!」

あまりのことに二の句が継げない阿部を余所に榛名は

「それにしてもいいな」

とめかし込んだ阿部を上から下まで舐めるように眺めた。

「やっぱ絶対な。似合うと思ってたんだ。シロ、タキシード」

じりじりと壁際まで追いつめられ、阿部はやっと榛名の真意を悟った。

「まさかアンタ……」
「ヒヒ」

額に当たる息の熱さで、榛名が発情しているのだと分かる。
榛名はあの時の続きをするように阿部をきつく抱きしめると、タキシードの上質な生地をゆっくりとなぞった。


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