『主人公に癒される寝不足リヴァイのお話』



名前の朝一番の仕事は簡単だ。
布団を抜けて備え付けの小さな手洗い場で顔を洗い、豪華な装飾など一つもない無機質な鏡を覗き込んで寝癖を直す。そしてお気に入りの蒼いピアスをつけて、あくびを一つ。制服の皺を手で弾いて整える。ここまでは準備。


「よし」


そう小さくつぶやくと名前は埃っぽい自分の部屋の窓を開け、そのまま自室を出た。そう、名前の朝一番の仕事はリヴァイを起こしに行くこと。行き慣れたリヴァイの部屋―――を、名前は通り過ぎ、まっすぐ執務室へと向かった。

今日は執務室へのノックは忘れない。心地のいい四拍子を奏でると、中から低音で返事が返ってきて扉を押し開けた。


「おはよう、リヴァイ」

「あぁ…」

「それともお疲れ様って言ったほうがいいか?ひっでぇ顔してんぞ。いつもの三倍目つきが悪い」

「うるせぇ」


いつにもまして不機嫌なリヴァイがそこには居た。いつもはベッドにいる時間だというのに彼はもうデスクだ。いや、まだデスクだと言った方が正しいのかもしれない。名前は歩み寄り、デスクの上に詰まれた資料を覗き込みながら、瞼の上から顔を擦るリヴァイに話しかけた。


「終わった?」

「一応、な。かなり荒くやったやっつけ仕事ではあるが、その点については向こうも文句は言わねぇだろう。元々は明後日締切だったものを今朝出せと無理を押し通してきたんだからな。二日前の晩から始めたってのにお蔭で思った通り、今日も朝までかかっちまった。」

「だから俺も夜一緒にやるって言ったのに」

「不本意極まりないが、俺が使いもんにならなくなった時、その穴を埋められるのは愛称、お前しかいないだろう」


二人とも使いもんにならなかったら誰が特別作戦班を機能させる。
元々細い目が更にキッと細くなって名前を睨んだ。眠気でいつもよりも目が開いてなくてちょっと面白い。なんて口に出したら、寝不足な彼の逆鱗に触れるだろう。名前はリヴァイの方をそっと叩たいて、胸ポケットから一枚の封筒を手渡す。


「ま、二徹のリヴァイのために"不本意だろうけど"補佐の俺が団長に非番の許可とっといたから。今日はゆっくりお部屋で眠ってください、兵長」

「あとは頼んだ」

「朝飯は?」

「食ってから寝る」

「じゃあ、行くぞー」


そういって押した両肩が疲れている所為かいつもより弱弱しく見えて、またこれもおかしい。しかし、名前はこういう人類最強のこんなに脆弱な姿を見れるのは自分だけなのではないかとほんの少しだけ愉悦に感じていた。

朝食を終えたリヴァイは体も温まったのかひどく眠そうで瞬きを何度か繰り返していた。部屋に戻ろう、と声をかけると無言でこくんと頷く姿は体の大きさに等しく子供らしい。いつものリヴァイに見習ってほしいほどだ。あまりに眠そうで千鳥足になりそうなリヴァイに部屋までおくると言えば、そこは彼らしく時間になるから執務室に戻れと強気の態度で名前はそれに従った。眠そうな背中を見ながら、おやすみと声をかけたが聞こえていたのかいないのか、リヴァイは振り向かずに足を進めていった。


「さて、仕事、仕事。」


リヴァイが徹夜で作った報告書のまとめを無にすることは出来ない。名前は執務室に入り、早速業務に取り掛かる。







全身の気だるさの感覚が徐々に蘇って、瞼を押し開けると西日が瞳を射した。ごろごろとした目の感覚からいつにもまして目つきが悪くなっているだろう。どうにかしたくて手のひらで目を擦り、不愉快な違和感の中で思い出したままに名前を呼んだ。


「愛称…、おい…」


そこまで言って、まだ終業時間になっていないことに気がついた。時計の長針はてっぺんではなくまだ少しだけ左側だ。何れにせよ、執務室に向かっている間に終業を知らせるベルはなるだろう。何とはなしに今は名前に会いたくて、リヴァイは寝ぼけた頭でブラシを手にとり、寝癖が少し残った髪を梳いた。

少し気の抜けた私服のまま、廊下を歩くとすれ違う兵士たちがいつもとは違った表情で挨拶をして来る。適当に答えながらまだ重たい眼で先を睨みつけながら執務室を目指した。


「リヴァイ兵長が休みだからって訓練サボっちゃだめですよ。どうせ後でグンタさんが兵長に言って面倒なことになるんですから」

「うわ、分かってきたな、お前。なんかエルドっぽくていやなんだけど。ちょっと前まで右も左も分かんない狂犬だったくせに。リヴァイ班に入るとみんな、人類最強が怖くて忠実な狗になるんだから。」

「狗になったわけじゃありません!サボらないことが当然だからです!!」


扉の向こうから聞こえてきたのは名前とエレンの声だった。リヴァイにとってはあまり面白くはなかったが、エレンと名前は仲が良く、兄弟のようだと空気の読めないオルオが言っていた。(もちろん、この後にオルオを絞めたが)


「アンタが一番の狗のくせによく言うわよ。全然アタシの誘いに乗ってくれないんだから」


ドアノブに宛てた手がピクリと震えた。この声は――――、


「風紀を乱すからお前は技術開発部に帰れ。ハウスだ。ハウス。」

「えぇ〜、だって今日は貴方の兵長様様はお部屋で寝てるんでしょ?だったら一緒に夕食でもどう?よければ、噂のエレンくんも」

「えっ、いや!俺は!」

「純情な青年を誑かすのはやめろ!エレン、お前はとっとと着替えて夕飯食って来い。こいつの相手は俺がしとくから」

「やったぁ!さすがアタシの愛称!物わかりがいい子ね!」


「じゃ、じゃあ俺!お先に失礼します!」


バタン。
目の前が明るくなって、顔を上げるとヒィイと情けない声を上げたエレンが顔面蒼白にして突っ立ている。


「へ、兵長!」

「あら、残念」


「てめぇら……、終業時間はとっくに過ぎてるだろ…。俺の執務室からとっとと失せろ。」


地の底から這いあがるような声にエレンはビクゥと体を震わせ、「失礼しました!」と大きな声を上げると愚図る褐色の彼女の腕を掴んで「早く出ますよ!」と焦った口ぶりで捲し立てた。嵐の様にバタバタと音を立てて二人が部屋を出ていくとぽかんとした表情の名前と不機嫌そうにそれを睨み付けるリヴァイだけが残り、いっきに部屋は静けさを取り戻す。


「おはよう、機嫌悪ぃな。―――おぉ」


扉を閉めてすたすたとこちらに来たリヴァイは名前の肩にゴツンと額を預け、その腕を背中へと回した。眉間の皺をいつもの四割増しにしたリヴァイのことだから腹部に一発来るかと思っていた名前にとってその仕草はとても拍子抜けでぽかんとしていた顔を更に緩めた。


「痛ってェ!!!」


と、思ったのもつかの間、リヴァイの蹴り脛にクリティカルヒットし、そのまま足切りを食らうと名前の体ががくんと傾き、リヴァイを抱えたまま、ソファーへと沈んだ。


「お、おい?リヴァイ?」


自分の胸の上で目を瞑ってピタリと動かなくなったリヴァイの背にとりあえず腕を回し、子供を寝かせる時のようにぽんぽんと摩る。なんだか子供の頃の様で穏やかな気持ちになった。嘗てなかなか寝付けなかったリリアをこうやって胸に乗せて寝かしつけたっけ。


「なに間抜けな顔してやがる」

「うわ、起きてたのかよ。お前、俺が部屋に置いてった昼飯ちゃんと食べたか?」

「気が付かなかった…」

「じゃあまずは飯食うぞ。ずっと寝てたんだろ?」

「飯は後だ。寝る。」


それだけ言ってまたリヴァイは目を閉じて、胸に顔をこすり付けるようにして落ち着いた。


「そんなに寝たら、夜寝られなくなるぞ。」

「だったら、お前が相手をすればいいだろ。」

「なっっ!!お、お前はそうやって!!――――あ、おい、リヴァイ?リヴァーイ?」


呼びかけに全く答える様子のなく、リヴァイの腕もまた名前の背に周り甘えるようにきゅうとただ締め付けた。それは何を言われても寝る、という意思表示だなと名前は諦め、ソファーの下からブランケットを出し、胸の上のリヴァイごと自分の上にかけてやった。


「はぁ…お疲れ、リヴァイ。しょうがねぇから、付き合ってやるよ」


胸の中の温かい体温に誘われるように湧き出た眠気に抵抗もせず、あくびを一つ零して名前は目を瞑った。


「おやすみ…」




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