NOVEL | ナノ

 名前さんは他人に死ぬほど甘い人だった。最初からそうなのかいつからかそうなったのかもわからないけど、おれとあったときにはすでにそんな感じで、つまりおれにもばかみたいに優しかった。名前さんはあんまり強くなくて、だからおれは名前さんのことを気にしたことはあんまりなかったんだけど、いつからかやわく笑う名前さんを目で追いかけるようになった。おれに対する優しさがすごく気持ちよく感じるようになって、一緒にいるのが楽しくて、ずっとそばにいられればいいのにって思うようになった。
 名前さんは弱いうえにそんな風にだれにだって優しいので、利用されたりすることも多かった。最初はそんな風にされても怒らない名前さんにも周りにも腹がたったんだけど、そういう扱いを受けても変わらずに他人に優しくできる名前さんはすごいんじゃないかと思うようになって、おれが守ってあげたいって思うようになってあ、おれ名前さんのこと好きなんだなって気づいた。そして気づいた翌日に告白した。おれみたいに名前さんのよさに気付く人が増えたらと思うといてもたってもいられなかった。
 おれの告白に驚いていた名前さんは、おれが本気だとわかると困った顔をした。そのまま冗談として流されるかもって考えてたんだけど、ちゃんと受け止めようとするところが名前さんらしくて、好きだなあと思った。
 困った顔をしたまま名前さんはおれには同年代のもっとふさわしい子がいるということを指摘した。断るための言い訳とかじゃなくて本当にそう思っているみたいだった。だからおれは名前さんじゃなきゃ嫌だって言った。彼氏じゃなくてもいいから名前さんの特別になりたいというと、少しだけ押し黙ってしまった。ずるい方法だって自覚してた。そんな風に押されて名前さんが断れたことなんてなかったことをおれはちゃんと分かっていた。

「……駿くんの気のすむまでなら付き合うよ。でも、本当に好きな子ができたら素直にそういってね」

 おれの気持ちはきっと気の迷いだと思ってるようなセリフは面白くなかったけど、でもそうして名前さんの特別を手に入れられたことのほうがよっぽど重要だった。おれはすきだよと嬉しくてたまらなくて名前さんを抱きしめた。そのとき名前さんがどんな気持ちでおれを受け入れてくれたのかは、今でもわからない。

 額にはりついていた髪の毛を払うと、名前さんは閉じていたまぶたをうっすらと開いた。そしておれの顔を認識した瞬間へにゃりとほほ笑んだ。かわいい。かわいかったからさらされたおでこにキスをした。
 そんなおれをまぶしいものでも見るように目を細めながら、名前さんが腕をひどく弱いちからでひいたのでそれを受け入れて抱きしめられるがままになる。名前さんはおれをぎゅうっと抱きしめると駿くん、とおれの名前を呼んだ。ただの名前なのにどうして名前さんに呼んでもらうとこんなに甘く感じるのか、おれにはまだわからない。

「……続きする?」
「ううん、いいや。こうしてたい」
「そっか」
「いっぱいしたから疲れた?」
「ちょっとね」

 お互いにふれあっている皮膚は汗ばんでいた。名前さんの首にしたたっている汗をなめると当たり前だけどしょっぱかった。そうしてだんだん触れる位置をさげて、みえるかみえないかぎりぎりのところに跡をつける。一回みえるところにつけたら泣きそうな顔をして怒られたからどこが服で隠れるのかはちゃんと学んだ。
 歯をたてて、やわく噛むとくすぐったそうに笑う。跡を見られることは恥ずかしいらしいけど、つけられることは別にいいらしい。現に名前さんは嬉しそうにおれをみつめていた。

「気になってたんだけど名前さんってマゾなの?」
「突然変なこと聞くなあ」
「だってこんな風に痛くされるのすきでしょ」

 おれの質問に名前さんは何も言わずにおれを見つめていた。とても優しくて静かな目だった。それから名前さんは駿くんもいつかわかるよと少し寂しそうに笑う。突き放されてるみたいに感じるからおれは名前さんのその笑みが嫌いだった。
 名前さんは時々すごく寂しそうな顔をした。本当は寂しそうっていえばいいのか切なそうっていえばいいのか苦しそうっていえばいいのかわからない表情なんだけど、おれはその中で一番寂しそうって言葉があっていると思った。おれとこんなことになって後悔してるのかもしれないけど、聞いてそう返ってきたらどういう反応をすればいいかもわからなかったし、何よりそんな風に言われてもおれは名前さんから離れられないから、一度も聞けたことがない。

「大人ぶってそんなこと言わないでよ」
「ぶってじゃなくて私は駿くんより大人なんだよ」
「じゃあおれもすぐに大人になるから。だから、」

 おれの言葉を聞かないまま名前さんはおれにキスをした。ごめんねって、名前さんは謝る。何に謝られてるのかもわからなかったけど、どうしてって聞けばきっとさっきみたいにごまかされることは知ってたから何も言わないまま抱きしめ返した。
 こうなりたいってねだったのも抱いたのもおれなのに名前さんはおれとの関係に負い目を感じているみたいだった。名前さんはまるで自分がおれによくないことをしたって顔をする、そんなわけないのに。おれがどれだけ違うと言葉を尽くしても、名前さんは分かってくれない。だから抱きしめて、抱いて、キスして、なんにも考えられないようにする。そうすればもうそんな顔をしなくていいからだ。
 おれがいくら考えても名前さんがそんな顔をする理由がわからないのは子供だからなのだろうか。いつかおれも大人になれば名前さんの考えていることが分かるようになるのだろうか。

月がとっても白いから

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