サスケくんの様子が最近おかしかった。体調不良なのだろうかと思ってそれとなく様子を聞いてみても、鬱陶しそうに何もないと否定された。だけどそれが本当のことなんかじゃないのは馬鹿だって分かる。
何か大変な病気なのかとカカシ先生に聞いてみたが、それとなく言葉は濁されてサスケくんがどういう状況なのかは教えてくれなかった。代わりに返ってきたのはあまり今のサスケくんには近寄らない方がいいという言葉だ。心配することは悪いことじゃないが、その心配がサスケに影響するかもれないと、そう言われた。だけどそんな言葉で諦めて気づかないふりなんてできるわけがなかった。
私はただただ心配だった。迷惑なのかもしれない。だけどサスケくんが死んじゃうんじゃないかと思って怖かった。サスケくんが苦しんでるのに放っておけなかった。
サスケくんの症状はだんだんとひどくなっているようだ。家に帰ってからも、サスケくんの顔をゆがめる表情が頭から離れなくて、気づくと私は家を出てサスケくんのところに向かっていた。
思い切り突き飛ばされて背中を壁にうった。思わず痛みに顔しかめるとそんな私を見てサスケくんがしまったというような表情を浮かべる。だけどそんな表情をかき消すようにサスケくんは舌打ちした。
「いいから帰れよ。心配してこんな扱いされてお前もいい加減こりただろ」
「……こりた、とかそういう問題じゃないよ。こうされたって心配なものは心配なんだよ」
「だからそれが迷惑だって言ってんだろ。オレのことなんて放っておけよ」
そういって家の中に戻ろうとしたサスケくんがよろめいた。慌ててその体を支える。サスケくんの体は熱があるみたいに熱かった。びっくりしてサスケくんの額に手で触れてみる。額も体と同じように熱い。
どうしたの、と聞く前に額に触れさせて手がさっきのように振り払われる。胸倉をつかまれて玄関の壁に押し付けられた。ゆがめられた顔を近づけられる。こちらを見るサスケくんの目は赤く染まっていた。感じる吐息は、熱い。熱病にでも浮かされているみたいだ。そういう病気なのだろうかと、一瞬思ったけどそれならカカシ先生がどうにかするだろう。カカシ先生がああいうってことはきっとカカシ先生にも解決できないことなはずだ。
「もうそんな口もきけないようにしてやろうか」
サスケくんの手が、震えていた。サスケくん自身はその震えに気づいていないようだった。その震えは私をこうしているからだとかそういうことではなく、サスケくんを襲っている症状からきているようだ。
その震えた手を握る。そこでようやく、サスケくんは自分の手が震えていることに気付いたらしい。もう一度舌打ちをした。
私は何も言わなかったけれど、ただその手をぎゅっと握った。それが答えだ。わけを話さなければ何をしたって帰らないことを悟ったのか、サスケくんは溜息をつくと私から視線をそらした。
「……発作みたいなもんだ」
「発作?」
「写輪眼を開眼して、その目を使い始めると異性の血が飲みたくなるんだよ」
「病院で血を分けてもらうことはできないの?」
「生身の人間からじゃないと意味がない。生身の人間の、さっきまで体を循環してた血じゃないと治まらないんだよ」
「……サスケくん八重歯あるなと思ってたんだけど、そういうことだったんだね」
私の気の抜けた言葉にサスケくんは呆れた顔をする。
私が八重歯だと思っていたのは牙だったんだろう。血継限界はその特性のために体を変化させると聞いたことがある。サスケくんの牙もそのためのものなのだと思う。
サスケくんの手が、力が抜けたように私の服を離した。サスケくんはずっとその症状に耐えていたから、あんなにも具合が悪そうに見えていたのだろう。血継限界からくる衝動を抑えつけるなんて信じられない。苦しいはずだ。
「話してやったんだから帰れ」
「誰かに血をのませてくれって頼まなかったの」
「……オレは、そんな風に自分の衝動に負けるのなんて嫌なんだよ。それに」
イタチが、とつづけたままサスケくんは言葉を切った。イタチというのは里を抜けたというサスケくんのお兄さんの名前だったはずだ。サスケくんから聞いたわけでないけど、一族をみんな殺して里を抜けたのだと噂で聞いたことがる。
サスケくんがもう一度よろめいて、しゃがみこんだ。顔をゆがめているサスケくんはひどく苦しそうだった。少しでもその苦しさを取り除きたくて背中を撫でるとサスケくんは私の手首を思い切り握り占めた。サスケくんの手は熱い。
「……頼むから帰ってくれ。このままだとお前のことどうするか分かんねえんだよ」
「血ぐらいいくらでも吸っていいよ。だからサスケくん、私の血、」
「馬鹿が。そんなに簡単なことじゃない。この発作は血を求めるだけじゃなく、相手の女めちゃくちゃにしたくなるんだ」
「……」
「オレは血を吸うことに慣れてないんだよ。吸ったら絶対抑えきれないって分かってる。我慢したぶん、そのまま衝動につながる。どうなるか、お前だって分かるだろ」
だから帰れと、手がゆるめられる。自分の心臓のあたりを抑えているサスケくんは、本当に苦しそうで、でも私のことを本心から気遣ってくれていた。苦しいのに、自分のこと優先したほうが絶対楽なのに、それでも私のことを、考えてくれている。
サスケくんは優しい。そういうとこだけ不器用だと思う。胸が苦しくなった。鼻がつんとする。泣きそうだったけど、今はそんな場合じゃない。
「これからどうするの?」
「薬がある。だましだましだが、効果はまだある」
ああ、本当にその衝動はサスケくんを蝕んでいるのだなと思った。いつものサスケくんなら、きっとまだなんて言わなかった。その効果は薄れてきているのだと、言外に伝えるような真似はしなかっただろう。
まだ効果があるってことは、その効果はいつかなくなるんだ。サスケくんはその時どうするんだろう。このまま苦しんで苦しんで我慢するんだろうか。ひとりきりで、ずっと。
「……いいよ」
「は?」
「だって発作なんだよね。しょうがないよ。血だってあげるし、体だって好きなようにしていい」
サスケくんが苦しむよりずっといいよと、私はサスケくんの体を抱きしめた。血といったら首筋だろうかと髪をよけて肌を差し出す。どうぞ、とそういう前にサスケくんは私の体を抱きしめてそのまま床に押し倒した。馬鹿だろ、とサスケくんが苦々し気に吐き捨てる。
サスケくんの顔が近づいてきたから、考える前に目を閉じていた。そのまま、そっと触れるだけのキスをする。そのキスは優しくて、恋人どうしのキスみたいで、嬉しかったのだ。
すべてが終わったあと、サスケくんは私よりずっと傷ついた顔をした。体中にできた噛み跡だとか、なかと外にたくさんかけられた白濁だとか、強い力で扱われたせいでところどころにできた痣とか、そういうのを見てはいちいち後悔したような顔をしていた。
私が望んだことだよって言ってあげたかったけど、声はすっかりかれきっていてまともに言葉を話せなかった。サスケくんはそんな私を見てまた傷ついた顔をした。
体を綺麗にしようとしたけど動けなかったので、サスケくんが私をお風呂場まで連れて行ってくれて全部洗ってくれた。ごめんねって言ったら謝るのはオレだろと言ったけど、別にサスケくんが謝ることなんてひとつもなかった。いいよって言ったのは私だったし、いいよって私が言わなければサスケくんは私の血を吸ったりしなかっただろう。
あの熱に浮かされたサスケくんじゃなくて、いつものサスケくんに体を見られるのは恥ずかしかったけど、そんなこと言ったらまたあの後悔した顔されそうで謝ることも分かっていたから、何も言わなかった。
「初めてだったんだろ」
サスケくんが言う。洗ってもらったあとも、タオルで体と髪を拭いてもらった。至れり尽くせりだなあと思ったけど、そんな風に言える雰囲気じゃないから黙っていた。
服は着られる状態じゃなかったのでとりあえず洗濯してもらうことになって、代わりにサスケくんの服を貸してもらった。
答えの代わりに頷く。私をお風呂にいれて、辺りの片付けまでしたサスケくんは私に水を差しだして飲ませてくれた。ひと息つけてそっと息を吐く。そんな私の隣にサスケくんが座った。
サスケくんもそうなのかと声にならない声で問うと言葉につまってからオレのことはどうでもいいと言葉を濁らせたので多分そうだったんだろう。
「……馬鹿な女だな」
サスケくんはそういって私の手を握る。その動作が最初のキスみたいに優しかったから、私はそっとサスケくんの肩に寄りかかった。サスケくんは私を拒絶せずにそのまま受け入れてくれたからなんだか泣きそうになった。なんであんなことされても泣かないのにこんなことで泣くんだよと、サスケくんは少しだけ笑っていた。
発作はきちんと耐性をつければあんな風に耐えがたい衝動となって現れることはないのだそうだ。だから私はサスケくんの衝動に耐性をつけるための相手になった。
回数を重ねていくうちに言葉通りに、サスケくんは血を吸うことに慣れていった。最初のように我を忘れるような吸い方をしなくなったのは正直助かったけど、どんどん手馴れていって仕事みたいに吸われるのは微妙な気持ちだった。あんなに必死になってるサスケくんはかわいかったから見れなくなってしまうのは残念だったのだ。そう言うとサスケくんはものすごい顔をした。
抱き方も、優しくされるようになった。自分の衝動だけ果たすんじゃなくて私が気持ちいいのかとか、そういうのを気にするようになった。余裕がでるようになったんだと思う。私の反応を楽しむように抱くのは恥ずかしいからやめてっていっても、どうせならお互いに気持ちいい方がいいだろとあっけんからんと言われて顔を覆った。初めてのときとは大違いである。
そのうちサスケくんの衝動だとか関係なく抱き合うようになった。好きだとかそういうことは口にしなかったけどお互いの気持ちはなんとなく伝わっていたと思う。
一緒に夜を過ごすようになっていろんな話をするようになって、お兄さんのことをサスケくんの口から改めて聞いた。絶対にいつか殺すとそう言ったサスケくんを抱きしめた私を、サスケくんはただ受け入れてくれた。
そうやっていつまでもそうしていられると、私はそう思っていたのだ。
チャイムがなって、玄関を開けるとそこにはサスケくんがたっていた。サスケくんが入院していたりでこうやって会うのは久しぶりだった。面会にいっても私は会えなかったからだ。
いつものようにサスケくんを迎え入れると、すぐに首を噛まれた。そんな風に急にことを運ばれるのは久々のことでびっくりした。だけど血を吸うのも久しぶりだったからしょうがないのかもしれないと納得する。されるがままに血を吸われていると、そのままキスをされた。血の味がするキスだ。おいしくないと、顔をしかめるとサスケくんは笑った。最近のサスケはあんまり笑ってくれなかったからその笑顔が嬉しかった。
遊ぶみたいに何度もキスをする。私からキスをしたり、サスケくんがキスをしたり。だけどそれだけで、それ以上のことはしなかった。ただそれだけだった。
手をつないで、最近の私のとるにたらないような話をした。サスケくんは何も言わず聞いてくれたからついつい話すぎてしまってやっちゃったなあって思ったけどサスケくんは止めもせずに続きをうながすからもっともっとしゃべってしまう。
そのまま泊まるかと聞いたら、サスケくんは今日は帰るといった。怪我したばっかりだからかなと、特に何も考えず玄関の外へ見送りにいった私を、サスケくんはきつく抱きしめた。そこでようやく私は違和感を感じた。
「サスケくんあのさ」
「なんだよ」
「私の血好き?」
「は?」
くだらない質問である。サスケくんは私以外の女の血を吸ったことがないと言っていた。比べる対象もないのだ。大体サスケくんは好きとかそういう以前にその衝動を鬱陶しがっていた。答など聞くまでもなかった。
だけど好きって言ってほしかった。私じゃなくて、私の血でもいいから、サスケくんの特別がよかった。言葉で求めたことなど一度もなかったのに、その時だけはどうしてもサスケくんの口から私が特別だという言葉が聞きたかったのだ。違和感がどこか不安に似ていたからかもしれない。
「……好きとか考えたことねえよ」
「うん」
「でも、嫌いじゃない。お前の血の味、多分忘れられないだろうな」
そういうと、サスケくんは私の頭を乱暴に撫でた。今まで一度もされたことがなかったのでびっくりする。するだけして満足したのかサスケくんはじゃあなと笑った。だから私もまた今度ねと手を振った。
そうして何も気づかなかった私にサスケくんが里を抜けた事実を告げられたのは翌日のことだった。信じられなかった。でも事実だった。もうサスケくんの家にいってもだれもいないし、サスケくんは会いにこないし、サスケくんに会えなかった。
今でも少しだけ、あの時サスケくんが私に真実を告げたら私はどうしたのだろうと思うことがある。私はサスケくんを止めただろうか、それとも一緒に行きたいと言っただろうか。答は出なかった。
私に触れたがったサスケくんのことや血を吸われる感覚、忘れられないと言ったあの言葉を思うと、ただただどうしようもない気持ちになる。好きだって一度もいえなかったなりそこないの初恋は胸の底でうずくばかりだ。
さかなの足跡
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