じいっと見つめていることに気がついたのか、クロはペットボトルを傾けることをやめてこちらを向いたので、素直に自分の欲求を打ち明ける。
「私ものどかわいた」
「……口移ししてやろうか?」
「いらない」
至極まじめな顔をして提案された内容をばっさりと却下すると、却下されることはわかっていたのかクロは素直にペットボトルを私に手渡した。
キャップがあいたままのそれにくちづける。なかのお茶が喉をすべり落ちていくのがとても心地よく感じて、自分がどれだけ喉が渇いていたかを今さら思い知る。別に口移しでも良かったけど、でもこれだけ喉がかわいているならやっぱりこっちでよかったと思った。
「……おいしい」
「そりゃ結構なことで」
ごくごくと全部のみ干してから、空になったペットボトルをクロへと放り投げる。難なくキャッチしたクロはテーブルへととそれをおいてから、私の髪の毛へと手を伸ばした。髪の毛から、頬へと降りていくそのてのひらの感触が心地よくて、てのひらに擦り寄るようにして頬を寄せる。
クロの目が、私を見つめながらゆっくりと細められる。にやにやとした笑みが、クロの口元に浮かんだ。
「なんだよ、まだたんねえの?」
「んー」
そんな冗談めいた言葉を私は無視して、クロの胸へと抱きついた。というか明日早いって言ってたのに私が本当にそういったらどうするつもりなんだろう。
腰に腕を回して、顔を押し付ける。高校時代とは違う、成人した男の人の体だ。私の体は高校に入ってから成長を止めたのに、クロの体は高校を卒業したあとも身長が伸びてがっしりとした体つきになった。
Tシャツ越しに感じるクロの体温は熱い。
「……まじで足りない感じ?」
「そういうのじゃなくて、」
「おう」
「さわりたい」
なんだろうな、この気持ち。もともとあんまり口で説明することを差し引いても、説明するのは難しかった。
クロのてのひらが、私の足に触れた。下に視線を向けるとクロのTシャツ一枚しか着ていないせいでふとももが惜しげもなく晒されているのが分かった。けれどその程度の露出、今更という感じもあって私は視線を上に戻す。クロのてのひらも、性的な意味をもつようなさわり方ではなくて、ただ悪戯にふれているみたいだった。そのせいかくすぐったい。
「甘やかしてやろうか」
「甘やかしてくれるの?」
「いつもしてるだろ」
「ふふ」
「今の笑いはどういう意味なんですかね名前ちゃん」
そのまま突然体を持ち上げられる。突然の体の浮遊感に驚くと、私を抱えたままクロが笑った。一瞬びっくりしたものの、私もおかしくなって笑う。それから、クロのくちびるが首へと触れた。抱きしめられたまま、おでこをこつんと触れ合わせて示し合わせたようにくすくすと笑いあう。そのまま触れるだけのキスをした。
私の体はそのあとベッドに下ろされた。クロは私の体を抱きしめて、そのまま二人で横になった。さっきとは逆で、クロが私の体を抱きしめている。
「明日は帰ってくるの早いから夕飯は一緒に食えると思う」
「うん」
「夕飯、さんまがいい」
「今の時期はちょっと早いよ」
くちびるが、もう一度重なる。潜められた笑い声がくちびるに触れる。もう一回私からくちびるを重ね合わせると、クロもくちびるを重ねあわせてきて、きりがなくなってくる。
それでもあきもせず重ねあわせていると、やっぱりおかしくなってふふふと唇から笑い声が漏れた。クロのくちびるがわたしの笑い声がをふさぐようにして重なる。
早いっていったけどやっぱり買ってきちゃうんだろうなとか、久しぶりに夕ご飯を一緒に食べられることとかそういうことを考えると、すごくあったかい気持ちになった。
「クロ、もう寝ないと」
「……んー、なあ、名前」
「なに?」
「クロって呼ぶのもうやめようぜ」
「なんで?」
「だってお前もそのうち黒尾になるだろ」
あ、と頭のなかの光がまたたいたと同時に、さっき説明できない気持ちが幸せであることに気がついて、私はまた笑ってしまった。
クロが私の腰を引き寄せて、抱きよせる。照れているのかもしれない。クロは意外と照れ屋だ。
「笑うなよ」
「クロを笑ったんじゃないよ。……しあわせだなあって思って」
クロのくちびるが頬に触れる。そのまま耳へとくちびるが滑っていく。「……オレもそう思う」ああ、やっぱり私、とても幸せです。
COZY
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