NOVEL | ナノ

 体を強い力で抱き寄せられてするキスが好きだ。私のからだをつなぎとめるように抱きしめられるのが特に好き。つないでおかないと私が逃げ出すとでもいうようなその動作は言外に私を求めていて胸がざわざわする。もちろんいい意味でだ。逃げたりしないのにって思うけど、それを伝えたことはない。たぶん無意識だろうし、言ったらもうしてくれないかもしれないからだ。
 降谷くんと触れ合っていると幸せすぎて意識がふわふわする。あと、ぞくそくも。他人の体温をこんなにも愛しいと思うのは初めての体験だった。好きってこういうことなのだろうなって、触れ合うたびに思う。誰かに触れたいとか、触れて欲しいって思うのも初めてだった。


「……っは、」


 歯列を舌先でくすぐられる。一瞬だけ開いた私の唇から息が漏れた。彼の唇が私の舌を挟んで、軽く吸う。その感覚にぶるりと体が震えた。
 何度も何度もむさぼるようにして、降谷くんは私の唇と彼の唇を重ねあわせる。食べられちゃいそう、だなんて言葉がぼんやりとする頭の中をよぎった。
 呼吸はちゃんとしているのに、思考はもやがかかったように不明瞭だ。たぶん降谷くんとしているからだろうなって思う。彼の体温に触れると私は何にも考えられなくなってしまうから。
 呼吸をしているといってもさすがに息苦しくて、彼の胸を押す。このままずっとしていたいとも思ったけれど、そうやってこのまえ腰が抜けたので、今回は理性的になることにする。


「名前、先輩」
 

 ちょっと不満そうなその声に、可愛いなと思いつつ体を彼から離した。降谷くんの唇が視界に入る。どちらのものか分からない唾液と私のリップグロスでてらてらと光っているそれがひどく淫靡だと、そう思った。
 息が上がりきった私とは違い、降谷くんは呼吸が少しも乱れていない。けれど彼の瞳は対照的に爛々と鋭く光っている。野球に関係しないときはいつだって、平静な降谷くんの瞳が私のために揺らいでいる。その事実にひどく興奮した。


「……先輩、あの」
「んー?」
「もう一回、したい、です」
「うん」


 その言葉に、降谷くんはそっと唇を寄せようとした。それに応えるように、私も顔を寄せる。と、唇が重ねあわされる寸前で、彼が動きを止めた。
 降谷くんの長いまつげがまぶたに影を落とすのを見つめながら、どうしたのとささやく。すると彼はその長いまつげをしばたかせた。


「息を、」
「ん」
「ちゃんとしてください」
「……一応してるんだけど」
「………そうなんですか?」
「うん」
「残念です」
「何が」
「先輩が息をちゃんとしてくれたら、もっと長い間できると思ったのに」


 あ、ときめいたと甘くうずいた胸を抱えながら思った。その衝動に身を任せて背伸びをする。そうして彼の唇に軽く口付けた。リップノイズとともに唇を離すと、私の腰に伸びていたてのひらが伸びてきて、私の前髪をよけた。
 そうして今度は降谷くんから額に口付けられる。何度か口付けられたあと額からまぶたへ。まぶたからほっぺたへ。そうして最後に唇に彼の唇は触れた。
 そんな彼のキスをただ従順に受け止める。どこの場所よりも長く触れると、降谷くんは唇を離した。


「ふるやくんってさ」
「はい」
「可愛いよね」
「……可愛くないです」
「可愛い」


 私の言葉を非難するように、降谷くんは私の耳をかんだ。戯れのようなそれに、私の口からは甘ったるい悲鳴が飛び出す。その声に彼は満足そうな顔をした。
 降谷くんはクールなように見えて天然だ。そして少し子供っぽい。そこがとても可愛いと思うけれど、言うと怒るので思ったときの十回のうち一回ぐらいしか言わないことにしてる。
 可愛いというと怒るところもとても可愛くて、笑う。くすくすと響く私の笑い声は、まるで私のものではないかのように反響して聞こえた。


「でもかっこいいよ」
「……ほんとですか」
「うん。超かっこいい」


 私のほめ言葉に、降谷くんはさっきよりも強く耳をかんだ。手加減はされているとは思うけれど少しいたい。でもおとなしくされるがままになっていると、ひとしきりかんで満足したのか、彼は私の耳を開放した。
 おそらく噛みあとでいっぱいになっているだろう耳に、彼が指先で触れる。熱を孕んだ耳には、冷えた降谷くんの指は刺激が強すぎてびくりと体が震えた。
 彼がとても楽しそうな瞳をして、私を見つめる。その瞳に、胸がざわざわと興奮で震える。


「先輩は、かわいい」


 その言葉とともに、もう一度唇を重ねあわされた。口付けに、応じながら思う。このまま食べられてしまえばいいのに。

くちびるにクーベルチュール

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