「そういえば蛍くんって誕生日いつなの」
「今日だけど」
「……え?」
「だから僕の誕生日、今日だけど」
私の質問に彼は特に顔色も変えずに答えを返した。それに反比例するように、私の顔色が青くなっていくのがわかる。
歩みをとめてあわてて腕時計で時間を確認すると、もうあと5時間程度で一日が終わるところだった。いまさらどこかのお店にかけこんだところでまともなプレゼントが買えるはずもない。というかもう彼は家に帰ってしまう。どうしよう!
「なんで言ってくれなかったの!」
「だって聞かれなかったし」
「だ、だからって、だからって! 当日に言わなくても!」
「言ったんじゃなくて、名前が聞いたから答えただけ。大体自分から誕生日だって触れ回るやつなんていないと思うんだけど」
そ、そうかもしれないけど!!と答えれば蛍くんは、はいはいと手を振った。そうしてから歩きだした。わたしも一緒に歩きだしながら、ない頭を懸命に振り絞る。今からでも蛍くんにあげられるものってあるんだろうか!いやなければいけない!……なにせ彼は私のコイビト、なのだから。
というか彼氏の誕生日も把握していない彼女ってどうなんだ。いや普通にだめだろ。
「……ごめんね蛍くん、なんにも準備してないです」
「言ってないんだから知らないのも当たり前だろ」
「き、聞かなくてごめんなさい」
「そういうつもりで言ってるわけじゃないんだけど」
あきれたような声音に罪悪感がびしびしと心に突き刺さるのが分かる。ううと声にならない声を上げながら、そっと彼の顔をうかがった。
あきれたような声音ではあったものの、蛍くんの顔には特にあきれといったような表情は浮かんでいなくて、少しだけ安堵する。いや、プレゼントも何もわたせないことが問題なんだけど、やっぱりあきれられるというのは怖い。めちゃくちゃ怖い。
そんなことを思いながら蛍くんの端整な横顔を見つめていると、彼がこちらに視線をむけた。
「なに?」
「え、あ、や、やっぱり蛍くんはかっこいいなあって思って」
「……なにそれ。馬鹿じゃないの」
そういうと彼は眉間に皺を寄せて、眼鏡のブリッジを指で押した。まるで機嫌の悪いようなその様子に、頬が緩むのが分かる。彼女として付き合ううちに、それが彼なりの照れ隠しであることに気づいたのはずいぶんと前のことだ。
あー、すきだなあという感覚が心の中にじわりじわりと広がっていく。いつだって彼のことは好きだけど、私の言葉に照れてしまうとこだとか、いつだって意地悪だけどなんだかんだいっても最後には助けてくれるところとか、そういう彼の一面に触れるたび、もっともっと彼のことをすきになっていってしまうのだ。今、これ以上の上限はないという実感があるのに、一緒に過ごすとその実感なんてとんでいってしまう。
「なににやにやしてるの。キモチワルイんだけど」
「あのね、私、蛍くんの彼女になれて本当によかったなって思うの」
「はいはい。よかったね」
向けられた視線がはずされる。蛍くんの頬はかすかに色づいていて、その表情にますます顔が緩む。気持ち悪いといわれようと、顔の緩みは抑えきれなさそうだった。
「でもだからこそお祝い用意したかったっていうかさあ。もっとこう、盛大になにかしたかったのですよ!」
私の言葉に、蛍くんはちらりとこちらを向いた。それから大きくため息をつかれる。な、なんで!と抗議の声を上げようとしたその瞬間誰かが私の手をとった。誰かなんて、この場にいるのは私と蛍くんなのだから、蛍くん以外にありえないわけで。
「っ!?」
私よりも一回りも二回りも大きな手のひらが、私の手を包みこむように握りしめた。その感触に目を見開いて彼を見上げると、蛍くんは手をつないでいないほうの手のひらで私の頭を撫でた。
「今回はこれでいいよ」
「え、え、でも……!」
「どうせこれからは一緒にいるんだから一来年も再来年も祝えるデショ」
「け、け、けいくん!」
「なにその顔。いつにもまして可愛くないよ」
そういった彼の表情はただ優しくて、可愛くないなんていうくせに愛しそうに私をみつめるから、私の胸はいっぱいいっぱいになってしまう。
本当にお誕生日おめでとう、私はやっぱり蛍くんが大好きです。
そしてあなたの世界をなぞる
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