NOVEL | ナノ

 目を開けたことで視界に入ってきた誰かの衣服の色に、自分が肩にもたれて眠っていたことを知った。重みを感じる瞼で瞬きをしながら、私は視線をあげる。すると私が肩を借りていた彼の頤だけが視界に入った。
 口元にある黒子が見えてとっさに彼の名前を呼ぼうとしたのに舌が縺れた。たくさん声にして呼んできた名前のはずだったのに。
「泣いてる」
 彼の手のひらが私の目元に伸びて来る。ぬぐってくれた彼の指先による濡れた感触によって自分が涙を流していたことに気がついた。
「怖い夢だった?」
 夢の内容は覚えていなかった。夢を見ていた実感すらなかった。それでも思い出そうとすると澄み渡る空の蒼い色が脳裏で瞬いて、首を横に振る。なんだか胸がいっぱいで切なくて、上手く言葉に出来ないまま体を起こした。
 改めて彼の顔を見あげると黒い髪の隙間からのぞく彼の黒い瞳と間近で目があった。そうして顔を見つめることで私はようやく彼の名前をちゃんと口に出来た。
「転弧くん」
 噛みしめるように彼の名前を呼ぶと転弧くんは目を細めて笑った。その笑い方に強烈な既視感を覚えて、じっと彼の顔を見つめてしまう。だけどなぜ自分がそんな風に感じるのかは分からなかった。転弧くんはこういう風に笑う男の子だったろうか?
 私がいるのは彼の部屋だった。いつの間にか彼の隣で眠ってしまっていたことを思い出す。寝ちゃってごめんねと言おうとしたのに、渇いた喉からは言葉が出てこない。
「不安な顔してる」
 私の顔を見つめてそう言った彼は頬をその指先で撫でてくれた。彼はいつまでもぼんやりしたままの私の肩を抱いて、優しく言い聞かせる。
「怖いことなんてないよ。大丈夫、ずっと一緒だ」
 そうされると心の底から安心して私は自然と目を閉じていた。「私は彼のものなのだ」と実感すると、不思議なくらいに幸せな気持ちになった。それだけが私のすべてみたいに。
 だから力を抜いて、私からも彼に体を預ける。すると彼は私の頭をいい子いい子と撫でてくれて、嬉しかった。ずっとこうしていられたらいいのになと心の底から思った。彼の言う通り、怖いことなど何もないはずなのにやっぱり切なくて、なのに胸が熱くて、瞬きをすると涙がこぼれて瞼が濡れた。

おやすみなさいの祈り

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「見えない臓器の名前は」
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