NOVEL | ナノ

 私に初経が訪れたとき、いちばん最初に言われたのはこれでようやく子供を産めるようになった、産んで一人前だという言葉だった。そういうことを望まれていたのは初経が来る前から薄々分かってはいたけど、"それ以外"は許されないんだってことを思い知らされた気がして、そんなことが今から、ううん、女として生まれた瞬間から決められてるんだって突き付けられて、私はすべてが嫌だなあと思った。だから私はあの家を出た。
 あの瞬間のどれだけ息を吸っても息苦しいような感覚は年々薄れていくけど、たとえば家を出ても変わらず訪れる月に一度の月経の時とか、そういう憂鬱な時とかにふとした瞬間に思い出す。私はあの色があれからずっと好きではない。でも、真希ちゃんが私にその色を好きにさせてくれた。真希ちゃんは私にとってそういう人だった。
 私が誰にも言わずに家を出ていく夜に、真希ちゃんは私の部屋に来て「行くのか?」と聞いた。私はそれに素直にうんと頷いた。母ですら私の考えに気づいていなかったのに、真希ちゃんは私が出ていこうとしたことに気づいたらしかった。
 ちゃんとあてがあるのかと聞かれたので、当面のお金なら大丈夫とも答えた。禪院の家を捨てたあとに、捨てなければする必要のない苦労をすることは出る前から分かっていた。それでもいいと思った。今も思っている。
 真希ちゃんは私の目を見て、言った。
「私がいてもか?」
 言ってからしまったなというような顔をする真希ちゃんを愛しいと思った。だから私はこれからも真希ちゃんとだけは会いたいよと言った。
 真希ちゃんは私の顔をじっと見たあとに、私にキスした。私には婚約者がいて、その男とキスもセックスも済ませていたから初めてじゃなかったけど、人生でいちばんドキドキした。好きな人とするキスって嬉しいんだってその時に知った。
 年上のくせにキスで顔を真っ赤にした私に真希ちゃんは必ず会いに行くと約束をした。真希ちゃんはその約束を守ってくれて、私が外に出てからも何度となく会いに来てくれた。私は自分の部屋に来てくれる真希ちゃんとキスをして、当たり前みたいにそれ以上をした。それから箍が外れたように何度も寝た。家を出て大変なこともまあいっぱいあったけど、あの家にいたらこんな風にできなかったから、これだけでも出た甲斐があった。そう言ったら真希ちゃんはエロいなと笑った。
 真希ちゃんは私をたくさん褒めながら抱いてくれる。真希ちゃんとセックスするとき、真希ちゃんが私のことをすごく大事なものみたいに扱うから、その時だけ私は自分には価値があるんだなあと思えた。真希ちゃんとセックスすることが好きだった。それはやっぱり私が真希ちゃんのことが好きだったからだと思う。だから私も、同じ気持ちが伝わるように真希ちゃんに触れる。
 真希ちゃんのからだはどこもかしこも美しくて、手触りがよくて、触れ合ってると幸福になる。真希ちゃんはよく私に綺麗だとか可愛いだとかそうやって褒めてくれたけど、私にとってはよっぽど、真希ちゃんの存在こそが美しいと思った。抱き合うようになって知ったからだだけじゃなくて、昔からずっと、そう思っている。
 なんの話題でその話になったのかは覚えていないけど、なにかのはずみで赤色が、血の色に似れば似るほどに嫌だと真希ちゃんに言うと、真希ちゃんはちょっと考えてからでもお前は肌の色が白いから似合うなと言った。真希ちゃんはたぶん、怪我をしたときに見る血の色を思い出して私が嫌がっているというくらいに思っていたと思う。私は真希ちゃんが怪我をすると昔からよく代わりに泣いていたから。
「本当に似合う?」
「似合うって。じゃあつけてやる」
 そう言って真希ちゃんは私の肌にくちびるを寄せてキスマークを付けた。ほら綺麗だろ、と言ってくれたけど私はくすぐったさに肌を震わせていた。すると真希ちゃんがくちにキスをしてくれて、それがそのうち深いキスに変わって、そのままじゃれあいながらのベッドへ一緒に倒れこんだ。真希ちゃんが私につけたように私も真希ちゃんの肌にたくさんの痕を付けた。
 真希ちゃんは私が言われた「子供を産めるようになった」という言葉を知らない。そんな真希ちゃんにその色が似合うと言われて、私はその時初めてその色を受け入れられるかもしれないと思った。真希ちゃんにとっての深い赤は足の隙間から流れ落ちるあの血の色じゃなくて、私に似合う色なんだと思ったら初めて綺麗に見えた。真希ちゃんは私の、あの家で与えられたそういう呪いを何度だってぬり変えてくれた人だった。
 真希ちゃんの肌を撫で、彼女の肌の下に走る血管を見ながら、その中に流れる血の色を想像する。その鮮烈な美しさはきっと私以上に真希ちゃんの方が似合うと思った。
 私が家から出たあとに、真希ちゃんは禪院を出て高専に進学した。真希ちゃんは家を出ても変わらず私の部屋に来てくれた。いや、それまで以上に私に会いに来てくれるようになった。
 一緒にご飯を食べて、一緒にお風呂に入って、狭いベッドに一緒に入ってセックスする。そのあとにうとうとしながら真希ちゃんの近況を聞くのがお約束みたいになっていて、真希ちゃんが新しく出会ったクラスメイトの子の話とか転校生の子の話とかたくさんのことを聞いた。おままごとみたいな蜜月はあっという間に過ぎ、学年はすぐに上がって、真希ちゃんには後輩が出来る。真希ちゃんが楽しそうだったから私も楽しかった。
 完全に家と切れている私と違って、真希ちゃんは高専にいたから禪院と完全に断たれたわけじゃなくて、真希ちゃんのくちから禪院の話も時々聞いた。
 いちばん最初に真希ちゃんのくちから今の禪院の話をされたときに聞きたくないなら話さないと言われて、私は首を横に振った。聞きたくないとも聞きたいとも思わなかった。しいて言うならどうでもよかったのだ。変わるはずがないと思っていたし、実際そうだったから。
 私にはそもそもあの家で必要とされる呪術師としての"才能"はなく、才能がないなりに誰かの子供を産んで生きていく道を選んで受け入れる勇気とかもなかった。
 そもそもあの家は才能のある男でない時点で"人間"じゃないから、それ以外のみんな、生きていくのは大変なんだ。だからそれを楽にするために下を見てる。そうして自分は下じゃないから大丈夫だってみんな安心してる。でも真希ちゃんだけはそうじゃなかった。そうじゃないから、みんな真希ちゃんを怖がってた。みんなと違って、ずっとなににも染まらない、変わらないままでいる真希ちゃんが、私にはずっと憧れだった。
 真希ちゃんはいつだって私に優しかったし、綺麗な面だけを見せた。真希ちゃんからの連絡が時々途切れるとき、忙しかった、悪かったと真希ちゃんはいつも言ったけど、本当はそれだけじゃなくて反転術式で治しきれないケガを治すのに時間がかかったんだって私は知ってた。
 真希ちゃんは私に幸せになってほしいと思っている。でも私が真希ちゃんに同じように思っていることはきっと分かっていない。
 あの日東京がめちゃくちゃになったあと、私の安否を確認する連絡が来たとき、大きい用事が出来たから、一度禪院の家に帰ると真希ちゃんから伝えられたとき、私は本当は行かないでって言いたかった。でも言えなかった。真希ちゃんが私の前で大人ぶっていたように、私だって真希ちゃんの前でいい子ぶっていたから。私は真希ちゃんの望む私でしかいられないから。
 恐ろしいくらいの胸騒ぎで強く打っている自分の心臓の音を聞きながら、私はどうすれば引き留められるのかを考えていた。
「終わったらまた会いに来てくれる?」
 どれだけ考えたって引き留めるための言葉は思いつかなくて、代わりに出た縋る私の声に、真希ちゃんは笑った。そしてイメージチェンジに髪を切った話をしてくれた。その言葉に本当は髪を切ったわけじゃなくて切るような酷いことが起きたと察した私がこらえきれずに泣くのを、大丈夫だと真希ちゃんは電話の向こうから慰めた。いつも真希ちゃんはそうやって私を慰める。
 大丈夫、大丈夫、大丈夫。真希ちゃんの声を思い出して、そう自分に繰り返し言い聞かせ待っていた私に、真希ちゃんからの連絡は何日経ったって訪れることはなかった。しびれを切らして二度と戻ることはないと思っていた禪院の家に帰った私が知ったのは真希ちゃんの起こしたあの惨劇の事実だ。
 真希ちゃんの大丈夫って言葉は本当に大丈夫なんじゃなくて、大丈夫じゃないことを真希ちゃんが大丈夫にしてくれただけのことだった。今回はそうはならなかった。そういうことだ。
 私は真希ちゃんの変わらないところに憧れていたけどでもそうじゃなくなったっていいよと思っていた。本当は呪術師なんて辞めてほしかったし、あの家に執着するのも辞めてほしかった。あの家のために頑張ることなんてないし、命をかける必要だってない。全部から解放されて真希ちゃんが真希ちゃんらしく生きていける道を選んでほしいと思っている。でもきっとこれも私のエゴだった。だって真希ちゃんはきっとそんなこと少しも望んでいないから。
 真希ちゃんが痛みを覚えるようなことなんてならないでほしいと思うのと同じように、呪術師の道が絶たれるようなことになればいいと思っていた。だってそうなれば、もう戦う必要なんてなくなる。私はずるいから、真希ちゃんにもう辞めたらとは直接言わないまま、そういうことをずっと考えてた。
 でもそれって真希ちゃんの未来を決めてできないってバカにしてた人たちとなにが違うんだろうって自分でも思うのと同時に、私は真希ちゃんのことを好きだからそう思うんだ、全然違うって心がざわめいてぐちゃぐちゃになる。
 私じゃダメだった? って言えばよかった。真希ちゃんは自分がいることが家に残る理由にはならなかったかと聞いたけど、私だって、真希ちゃんにとって私は家を捨てる理由にはならない?って聞いてみたかった。聞けばよかった。真希ちゃんが逃げるはずがないのに、逃げてもいいと言うべきだったって、あんな家なんて捨てようよって聞けばよかった。答えが分かってたって、言えなくなる前にそう言うべきだった。そうすればきっと、こんなにも辛くはならならなかっただろう。
 向き合ってこなかったから、逃げ続けてきたからこうなった。そう思うのに私は、動けないまま真希ちゃんを待ち続ける。もう戻っては来てくれないかもしれないと分かっていても、それでも私にはそれしかないからだ。
 大丈夫だと言う真希ちゃんを待つことしかできない私が、真希ちゃんの求める、そうして生きてきた私そのものだった。

Curse

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