NOVEL | ナノ

 肩を押すようにしてそうっと押し倒される。ベッドに横たわった私の上に彼がのしかかるようにすると電気がさえぎられ、影がさした。逆光のなか、こちらをまっすぐに見つめる彼の顔は、いつも浮かべている日向のような感情は抜け落ちているように見えた。
 時折見ることのあるそういう表情でじっとこちらを見つめられると心臓が痛かった。その表情を見るのは横顔ですらいつもドキドキして苦しいのに、こんなに近くでまっすぐ見つめられているととても直視ができない。
 息が止まるような思いに駆られて、思わず私は両手で自分の顔を隠した。
「怖い?」
「ち、がくて」
 少しだけひそめられた声は、表情と一緒でいつもと違う声音だった。ちょっとだけ硬いような、低いような。抑揚のないその声に震えるような思いになりながら、だけど思わず大きな声で否定した。ごにょごにょと言い訳じみた言葉が口のなかに生まれて、声にならないまま消える。
「……怖くないよ、でも」
 声が震えた。反射的に自らの顔を覆い隠した手のひらに力がこもる。怖くなんてない。悠仁くんを怖いなんて思ったこと、ない。私が彼を好きすぎてどうにかなりそうなだけだ。
 上手く言えない私の手のひらが、包むように握られる。そのまま手が顔から外された。
 久しぶりに視界に光が入ったせいかまぶしい。さっきよりも近いところにのぞき込むように悠仁くんの顔があって、その顔はやっぱり怖いくらい真面目な顔だったので、自らの顔に熱が集まるのがわかった。きっと耳まで赤い。強い羞恥で目が潤んだ。
「恥ずかしい」
 恥ずかしくて、死んじゃいそう。震える声でささやいた言葉はかすかな声量だった。それでもちゃんと聞き取ってくれたのか、悠仁くんは唇だけを緩めるように笑う。
「まだなにもしてないけど」
 そういうふうに笑われるだけでおかしくなっちゃいそうだ。息ができない気持ちになる。
 そのまま顔をよせられて、押し付けられるように唇がふれる。一瞬だけ離れたその唇がもう一度押し付けられて、そっと舌が差し入れられる。導かれるように自分の唇がひらく。きっと今の私はだらしない顔をしているだろう。心臓の音は落ち着くどころか相変わらず大きな音をたてていて、聞こえてしまいそうなくらいだった。
 いつもは触れるだけだったからそうしてするキスは初めてのことだった。もちろん人生でするのも初めてのことで、なにもわからないのに、私の舌が応えるように勝手に動くのが不思議だった。
 顔が離され、ん、と額同士をおしつけられる。長い間そうしていたわけではないのに、私の息はすっかりあがっていた。
「口ちっちゃいな」
「そう、かな」
「女子ってこんなもん?」
 質問というよりは独り言というような調子の言葉だった。私はといえばいっぱいいっぱいで口の大きさにまで気がまわらなかったので、よくわからない。でも私のくちなんてたぶんふつうぐらいだ。そんな顔をしていたのがわかったのだろうか、悠仁くんはもう一度私にキスをした。違いをわからせるように口のなかをやさしくなぞられる。さっきよりはちょっとだけ冷静に、その舌に応える余裕があった。 
 鼻から抜けるように呼吸が漏れる。ふわふわして、ベッドに背をつけて横たわっているはずなのに、地に足がついていないような感覚があった。だからだろうか、ほんとうだったら絶対に言えないようなことが口をついて出た。
「想像したことあって」
「想像?」
「……想像より、舌が、厚かった」
 私の言葉に、彼は目を丸くした。その表情に、あっ、と自分の言葉を自覚して顔が熱を持つのがわかる。もう一度自らの顔を手で覆って思わず自分の身を守るように丸まるようになった。
 違う、嘘ですとそう呻きながらもう顔を合わせられないと心から思う私の顔を覆っていた手に、彼の手がかかって、あっさり外してしまう。さきほどより力がこもっているはずなのに、そんなこと嘘みたいに簡単なしぐさだった。私の手を握る彼の手はけっして痛くはなかったけど、抵抗できないくらいの強い力だったから、されるがままになる。彼の手に握られたこわばったままだった私の手から力が抜けた。
「ほんとに嘘?」
 至近距離で私を見つめるに悠仁くんにそう問われて、嘘をつきつけることは私にはできなかった。
「……うそじゃない」
「なんかえっちだな」
 その言葉に思わずくぐもった声でうめいた。反射的に逃げようとした手はつかまれたままだったのであっさりと逃避を失敗してしまった。
 照れをごまかすように視線を逸らした私に、虎杖くんはかすかに表情を緩めた。
「俺、普通に嬉しいけど」
 名前もそういうこと想像するんだなって思うと嬉しいよ。そんなことを言うので私がいつもそういうことばかり考えてしまっていることを言いそうになった。でも今度はくちにしたりしなくて済んで心の中で安堵のため息をついた。
 つかまれた手のひらが彼の手のなかでぎゅっと握りしめられたり離されたりする。彼のてのひらはとってもあたたかかった。背中にじわじわと汗がにじむ。じっと見つめられてその手に触れられていることに今すぐ逃げたいような羞恥を感じる。でもたぶんそうして逃げて、この手を離されたらものすごく悲しくなるんだろう。恥ずかしくて恥ずかしくてたまらなかったけど、ちっとも嫌なんかじゃなかった。
「小さい。ていうか薄い?」
 そうかな。私には悠仁くんの手のひらが大きくて厚く感じる。全然違うかたちをしている手のひらを重ね合わせると余計にその違いがわかってドキドキした。やっぱりおかしくなりそうだった。されるがままでいると悠仁くんはその指をなぜかかじった。かじったと言っても甘噛みだったけど、心臓が今まででいちばん大きく跳ねた。
 舌が指に触れて、濡れた体温に肌がぞわぞわする。折れそうとくわえたまま言うので折っちゃダメと思わず言う。だけど悠仁くんにならそのまま食べられても別にいい気もした。
「……食べちゃう?」
 どこか期待の滲んだ声が恥ずかしい。悠仁くんは私の指を離すと、もう一度私に顔を寄せる。一瞬だけ悠仁くんと目があって、その瞳は私と同じような色をしていた気がするけどすぐにわからなくなって、重なる体温に目を閉じる。
 もう離されているのに食まれた指はじんじんとうずいた。ひどく甘い痛みだった。

花のみだれ

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