NOVEL | ナノ

 五条さんの部屋はいろいろと広い。というのも彼いわく狭いとぶつかるから嫌という理由らしかった。部屋を選んだときもそれを基準にして選んだということを聞いたことがある。
 彼の選ぶもの、とくに体のサイズに関係するものは大体五条さんの体躯を鑑みて選ばれている。理由を考えれば納得してしまうわけだったがつまり彼の選ぶものは平均的な成人女性の体格である私からしてみると限りなく大きいのだった。
 私が一人で寝るには大きすぎるベッドのなかで丸まりながらぼんやりと部屋のなかを見まわしてみる。五条さんの部屋は意外と私物と呼べるような物が少ない。それに生活感がなかった。ほとんど寝に帰ってくるだけらしく、自分の家だというのにここで過ごす時間より外で過ごす時間のほうが多いと言っていたからそれも理由になるのかもしれない。
 僕がいないときでも好きなときに来ていいよとあっさり渡された部屋の鍵になんというかそんなに簡単に渡していいのかなあと思ったことは忘れられない。びっくりして彼の目を見つめ返した私に、五条さんはほほ笑んで見せた。その瞳が優しかったのでそんなことを口にするのは野暮だなと思った。
 うれしいですともありがとうございますとも違うような気がしてなにも言えなくなってしまった私のことをぎゅうぎゅうと抱きしめながら、彼はなんならいつでも名前の部屋も引き払っちゃってもいいからねと冗談とも本気とも言えないようなことを言うのだった。
 その言葉がすごくうれしかったことはほんとうに事実だった。でも五条さんのいないこの部屋にいるのはなんとなく寂しく感じたから、彼がいないときにあんまり自分から五条さんの部屋に来ることはなかった。
 ベッドもソファもお風呂も部屋の出入口も大きい。そもそも部屋自体がすらホテルの一室のように思えるこの部屋に一人でいるのは、自分だけが取り残されたような、浮いたような気持ちになる。
 ベッドに顔をうずめてみる。なんのにおいもしない。五条さんはそもそもここで寝ることすら少ないので当たり前だ。この部屋自体が五条さんのにおいがしない。
 五条さんの仕事に季節は関係ない、らしいので彼は年中飛び回っている。そのなかで彼が時間を捻出し私と会っていることを考えたらこれ以上どうねだればいいのかと思うし、納得もしている。それでもときどきどうしようもなくなったときだけ五条さんの部屋に来てベッドに潜り込んで寝ることにしていた。五条さんを感じられるわけではないけれど、この部屋にくるたびにむしろ寂しくなる気もするけど、それでも耐え切れずにこうしてしまう。
 手持無沙汰に見た携帯のディスプレイにうつった日付はすでに今日を終えていた。当たり前の事実にぼんやりしながらふとんを被る。五条さん自身から数週間の出張で海外に出るとこのまえ会ったときに教えてもらったはずだ。帰ってきてくれるのはまだ先だろう。その事実にこうしていることが今ならけして見つからないという安堵を感じてから、むなしさに近いものを覚えて目をぎゅっとつむった。
 むなしさをかき消すように楽しいことを考えてみる。帰ってきたら少しはゆっくりできると言っていた。だからどこにも行かなくてもいいから一緒にいたいと思う。彼もそう言ってくれた。だから今だけ、こうしていよう。
 そうしていると睡魔がようやく訪れてくれて、体から力が抜けていくのを自覚して私はゆっくりと意識を手放した。
 
 誰かが髪を梳くようになでてくれる。それが心地よくて私はその誰かにすり寄るようにくっついた。もっとなでてほしいという私の意図がわかったのか、その誰かが小さく笑ってもっとなでてくれる。うれしい。
 五条さんもそうしていつも髪をなでてくれる。そうしてなでられることが好きだったのは自分でも犬みたいだと思ったし一緒にいられるなら犬でもいいと思った。
 ずっとこうしていたいと思いながら、私は微かに目を開ける。こちらを見下ろす人影に私は目を丸くする。
「五条さん」
 寝起きのかすれたぼんやりしたその声に五条さんがうんと返事をする。
「ただいま」
 どうしてという疑問を私が吐き出す前に、唇にキスされる。よく見てみれば彼はいつも寝るときに身に着けている完全な私服だ。シャワーはすでに浴びてきたのか変わらずになでてくれる手のひらはきちんと温かい。
「……おかえりなさい」
 こうしていることがバレてしまったという恥ずかしさは寝起きのせいかふしぎとなくて、私はぼんやりしながら彼の胸へとすいこまれるようにくっついた。鼻を彼のボディソープの香りがくすぐる。
「外は寒かったですか」
「うん。凍えそうなくらい寒かったよ」
 どこか夢うつつのまま私は彼の首筋に顔をうずめた。彼のにおいがする。ああ、帰ってきてくれたんだなと胸に実感がじわじわと湧き上がってもう一度おかえりなさいとささやいてから彼に抱き着いた。五条さんはなんにも言わないまま抱きしめ返してくれる。
 私のことを抱きかかえるようにして五条さんはベッドへもぐりこむ。私の体温でベッドはぬるかった。ベッドのなかでまるまるように一緒にひとつになる。
「僕より名前のほうがこんなに冷えてる」
 私の冷たい足先に彼の足先が絡む。本当にシャワーをあがったばかりなのかあたたかい。こんなにあたたかいということは彼はひどく冷たいと感じているに違いないのにそのまま離さないというようにされる。
 お互いに言葉もなくくっついていないところなんてないように密着しあうのはきっと寒いからだけではなかった。
「帰ってきたら名前がいたからびっくりした」
「……私も五条さんが帰ってきてびっくりしました」
「いつもこうしてたの?」
「五条さんが絶対帰ってこなくて、寂しい時だけ」
「寂しくさせてごめんね」
「ううん、だって、五条さんも寂しかったですよね」
 一緒だからというと五条さんはあっけにとられたような顔をしてからうんとだけ言って頬を緩めた。言ってから言い切るのは自惚れがすぎただろうかと思ったけど、五条さんが気にした様子もなかったからもういいかなと思った。五条さんが寂しがりやだ。たぶん、私と負けず劣らず
 大きくため息をついてから五条さんは私のおなかに顔をうずめるようにしてくっついてくる。
「もう名前にずっと会いたかったからさあ、帰ってきて名前がベッドで寝ててもうこれ夢でも見てるのかと思ったよ」
「うん」
「ほんとはそのままもうベッド入って抱きしめちゃおうかって考えた。でもちゃんとシャワーを浴びたのえらいでしょ」
「うんうん、五条さんはすごくえらいね」
 もう一度彼がついた深い深いため息がおなかに響いてくすぐったかった。もはや聞いたこともないような低く力の抜けた声で疲れたというので、本当に疲れ切っているのだなと思った。
 よしよしと髪をなでてあげる。さらさらの髪の毛からはシャンプーのにおいがした。五条さんは顔というか頭がちっちゃいけど体ごと体重をかけられているので正直重たい。でもその重たさが愛しい。
 しばらくそうしているとおなかに伏せていた五条さんが顔をあげる。手が伸びてきてほっぺたに触れた。存在を確かめるようにしっかりと頬に手が添えられる。頬から唇。髪をなでて肩へ触れる。なぞるようにしておりていくてのひらは体のあちこちに触れていく。きわどいような部分にもふれられるがほんとうに触れたいために触れているようでそういう意図はないようだった。
 くすぐったさに耐えながらされるがままになっているとようやく満足したのか、そのうち五条さんは私の体を抱えるようにしてよいしょと自分の腕のなかにおさめてしまう。
 体格さゆえにそうされると自分がぬいぐるみにでもなったような気持ちになる。
 私のことを抱いたまま今回の仕事での話を話してくれる。といっても仕事の内容ではなく、行った先の気候が日本より寒かったとか食べた料理とかの話だ。腕のなかで、相槌を打ちながら不思議に思ったことを聞いたりしているとそのうちお互いの体温の境目がなくなるように温まった体が心地よくて小さくあくびが出た。
「眠い? 寝てもいいよ。さっきまで寝てたんだもんね」
「うん、でも」
 起きたらこれが夢だったらどうしようと思って。つぶやいた言葉に応えるよう手が握られる。
 こうしていられる時間がたとえようもなく幸せだった。夢でも見ているのかと思ったという彼の言葉はまさしく、私こそそうだった。
「けど、夢でもいいかな。こんなに幸せだから」
「……僕は夢だけじゃ満足できない」
 不満そうな声にくすくす笑うとほっぺたにキスされてこれでも夢に感じる? と聞かれる。わざとわからないですと答えると、ほっぺたやこめかみや髪の毛にいっぱいキスがふってくる。お返しに私も五条さんの唇にキスした。額をくっつけあうようにすると、五条さんのあの青い瞳が私をじっと見ている。
 至近距離で見る五条さんの瞳は実は今でもあんまり慣れない。緊張する。でも今日はなんだかそうは感じなくて私はその瞳に導かれるようにもう一度キスをした。
 これが現実だと頭で理解する一方で、心が現実みのない夢みたいだなと思う。五条さんといるときは、大体そんな感じだ。でも、夢ではないと教えてくれるのも五条さんだ。
 夢じゃないのだと、そばにいるのだと、もっと思い知らせてほしくて、ねだるように口をあけて舌を差し出す。応えてくれるかなとちょっとだけ怖かったけど、五条さんは私に応えてくれた。
 久しぶりの口づけにふにゃふにゃになって、しがみつくようにくっついた。泣きたくなるくらい幸せだと思った。細められた五条さんの瞳に彼が私と同じ気持ちであることをわかったから、だから余計に、泣きそうになる。

安心して眠れるくらいの光度で

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