NOVEL | ナノ

 体が重いような気がして自然と目が覚めた。ぼんやりとする思考の中でも体は変わらず重くなんだかあたたかい。これもまだ夢の中なのだろうかと思いつつ自分の体の上に誰かの手が添えられていて一瞬で目が覚めた。
 ぎゃっと変な声をあげそうになったのを必死に呑みこむ。当然眠る前は一人だったのである。ついでいえばこの部屋に幽霊がでたことはない。そもそも幽霊はこんなにもあたたかく、質量があったりしないだろう。そっと首だけを後ろに向かせる。私が寿命を縮ませるくらい驚いたことなど知らず、すやすやと眠る彼にようやく得心がいってほっと息を吐いた。
 いつの間に来ていたのか。そもそも今は何時なのか。そんなことを考えながら視線だけを動かす。カーテンに遮られた窓からまだ光はもれてこない。かろうじて朝でないらしかった。
 枕元においていたはずの携帯に手を伸ばそうとして、がっしりと体をだきこまれていることに気づいた。腕すら動かせないように後ろからすっかり抱きしめられている。これは重たいはずだと納得してしまった。
 腕どころか体も動かせない。まわされた腕をそっと外そうとするものの眠っているはずなのにどれだけ力がこめられているのかまったく外れない。もう少しだけ力を込めると彼が身じろぎをして慌てて手を離した。これ以上力を込めれば起こしてしまいそうだった。
 仕方なくあきらめることにして体から力をぬく。それでもすっかり目が覚めてしまって、手持ち無沙汰な手のひらを動かせる範囲で目の前にある褐色の肌に触れさせる。降谷さんの腕は彼の幼げに見える顔立ちとは違い、太くてたくましい。特に手首は私が指でひとまわりさせても余裕であまってしまう。
 指さきから手の甲、手の甲から手首、手首から二の腕。あたたかなその肌を確認するようにてのひらでふれて、撫でていく。久しぶりに触れる降谷さんの肌は私をどうしようもない気持ちにさせた。幸せなような切ないようなあたたかいような。もっと触れたい気持ちになって、その気持ちを持て余すように腕の内側に指先を這わせる。すると触れていたその腕が動いて、指を絡めるように私の手を握りしめた。
「捕まえた」
 声が耳元から聞こえてくすぐったい。思わず肩を縮こまらせると降谷さんが私の耳の上にかかっていた髪の毛を流すようにして触れる。優しい手つきでふれられると余計にくすぐったかったけど今度はおとなしく耐える。そうして耐えていると私が我慢しているのが分かったのかじゃれるようにもっと触れてくる。
 降谷さんとたしなめるように胸を小突く。そんなに力をこめていなかったはずなのに彼はあっさりと痛そうに顔をしかめたので私は血の気が引いた。そんな私に降谷さんが苦笑いする。
「そんな顔するなよ」
「ケガしてるんですか?」
「ちょっとだけな。大丈夫だ」
 今度は降谷さんが私をたしなめるようにぽんぽんと背中をなでる。私は今度こそ痛がらせないように、そっとその胸に体を寄せた。
「起きてたんですか?」
「あんなに触られてたらくすぐったくて起きるよ」
「連絡してくれればよかったのに、いつ来たんですか?」
「一応連絡はしたんだけどな。少し前だよ」
「起きたら抱きしめられててびっくりしました」
「俺はベットにもぐりこまれても起きようとしない名前にびっくりした。俺じゃなかったらどうするつもりだったんだ」
 ベットにもぐりこんできたのは降谷さんなのに理不尽なことを言う。そんなこと言われても私のベッドにもぐりこむのなんて降谷さんしかいない。それでも起きなかったのは事実だったので私は誤魔化すように何時かなと自分の携帯に手を伸ばした。液晶にうつる時間はまだ夜の範疇をさしている。確認してみればなるほど数時間前に降谷さんからの着信が残っていた。
「今日も仕事だったんですよね?」
「うん」
「大変でした?」
「そうだな。さすがに疲れた」
 よほど大変だったらしい。降谷さんが私の前で仕事のことをそんな風に言ったのは初めてだった。これは大変だと慰めるようにその体をぎゅっと優しく抱きしめる。すると頭をよしよしと撫でられる。私が慰めているはずなのに私が慰められているみたいだった。
「お前のほうはなにか変わったことはあったか?」
「なんにもないです。いつも通り普通にすごしてました。……なのであんまり面白い話もないです。ごめんなさい」
「なんでそうなるんだ。普通がいちばんだろ。お前になにもなくて安心したよ」
 私の周りで起きたわけではなかったがそういえば、と都内でおきていた事件について触れた。大きなニュースにはなっていたが私には直接かかわっていないので正直どこか他人事だ。事件もようやく解決したようだったが、規模も大きかったし事態の収拾にあたっていた人は大変だったろうなと思う。
 降谷さんも警察官なので、というかここ数日でテレビを見ていれば知っているはずだ。私は降谷さんが警察官であることは知っているが詳しくどんな仕事をしているのか分からないので降谷さんの仕事の管轄に直接関係しているのかもわからない。私の話に降谷さんは大変だったみたいだなと他人事のように言うのでかかわりはなかったのかもしれなかった。
 私は自分のことは降谷さんに話したことはあっても降谷さんの仕事の話を詳しく聞いたことはない。こうして隣で優しく笑ってくれればいいような気がしてしまう。
「ご飯は食べました?」
「食べてないよ。でも今は寝たい」
 そういうと降谷さんは私のことをさっきのようにしっかりと抱きこんでしまった。ずり下がっていたタオルケットがしっかりと胸まであげられる。完全に眠る姿勢に入っている降谷さんにされるがままになる。
 私の部屋のせまいベットは身長の高い降谷さんと私が入ってしまえばほとんど余裕がない。お互いに隙間を埋めるように抱きしめあう。足を絡めるようにされて体が絡み合う。私はそっと囁いた。
「降谷さん」
「ん?」
「会いたかったです」
「……俺も会いたかったよ」
 おでこにふってくる唇に私は何故だか泣きたくなってくる。触れられたおでこが熱い。
 首元に顔をうめるようにして私は降谷さんの体にしがみついた。ほどなくして聞こえてくる寝息は珍しく(いつもはいつも私のほうが先に寝入ってしまう)本当に疲れていたのだろう。
 こうやって一緒に眠りにつくたびに私はこうやってずっと一緒にいられればいいのになと思ってしまう。けして口には出せなかったけれど、やっぱり私は心のどこかで朝が来なければいいのにと思わずにはいられない。最初は一緒にいられるだけで満足だったのに、どんどん貪欲になってしまう。
 それでも、今この瞬間こうやって抱きしめられる、抱きしめてくれる降谷さんは、私のものだった。
 体につたわってくる降谷さんの体温に誘発されるように私にもやがて睡魔が訪れる。私は彼が隣にいてくれるその幸福を全身で感じながらそっと目を閉じた。

グンナイスイートシープ

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