「なんでも?」
言葉をオウム返しにくちにしたカルナがかすかにまゆをよせたので正直なところあれっと思った。なぜなら彼は大概のことをよしとするので、たしなめるようなことを言ったとしても負の表情を明確に表すのは珍しかったのだ。
それにしても珍しい、―――でも嬉しいような。カルナの明確な感情表現に(彼にしてはとつけたすのが正しいとしても)少しとくをしたような気になりながら端末(マイルームへと持ち帰っていた資料をまとめなおすために起動していた )をひざにかかえなおし、言葉をつづけた。
「っていってもわたしにできることだから限度があるんだけどね」
ご褒美、というのはいささかかわいい表現だけれど、私の見えるなかでより力になってくれたサーヴァントに個人的にプレゼントをわたすというのは私がカルデアのマスターとしてあるようになってから少ししてのことだ。それは私なりに、サーヴァントとして力をふるってくれる彼らに対しての感謝を現したものだった。『個人的』にと評したように、公的なものではないからレイシフト中に手に入れられるこまごまとした私物といったようなものが多く、大したものはあげられないのだけど割と評判は上々である。
カルナとは付きあいが長かったがこうして彼に『ご褒美』の話をするのは初のことだった。
「……なるほど、これがマスターの『ご褒美』か」
「もしかしてほかのサーヴァントから聞いてた?」
「ああ。……だがなんでもいい、というのは耳にはしていなかったがな。いささか浅慮な要望ではないか?」
浅慮、と彼のくちにした言葉を思わず頭のなかで反芻した。一見棘のあるような言葉であってもそれはカルナなりに私のことを考えた意見が裏にあるのは一緒にいる時間のうちに学んでいる。こちらをじっと見つめているカルナの視線を感じながらも私はそっと彼の言葉を考えてみる。浅慮、―――その名のとおり浅く慮る、つまり考えが浅いというわけだけどなにを差しているのか。
首をひねるも思いつかない。これはたんに気づかいとかではなくそのまま忠告なのでは?と思い、向けられる視線に私も視線をかえした。
「軽率に異性に対してかける言葉ではないだろう」
「……ああ」
そこでようやく納得がいった。一応『女』である私が、お願いされれば『なんでもする』というのがカルナは気にかかっていたのだ。けれどここでの私の性別など本当に意味をなさないものであるというのは身に染みている事実である。事実、私が男であったとしても歩んできた道に差異などないだろう。
ここに私を『女』という目で見ている存在などいないのだ。『女性』としてもう少し慎みをもってはどうかという異性のサーヴァントから忠言は受けたことがそれも当然親切心からだろう。私は女である前にマスターだったのだろうし、私にとっても彼らは異性の前にサーヴァントなのだから。目の前にいる彼にちらりと目をやりながらちょっと複雑な気分になる。当然彼も親切心からの言葉だとわかっていたから。
寂しいようななんともいえない心地で、私はそんな気持ちを誤魔化すように端末に視線を落とした。
「アルジュナにも言われたよ。やっぱり似てるね」
「アルジュナ?」
「私がもしよこしまな思いを抱える男だったらどうするのです、だって」
当然アルジュナがそんなことを求めるひとではない。まあまあとなだめる私にため息をついたアルジュナの顔を今も簡単に思い浮かべられる。アルジュナは一見して気位高そうに見えるが心配性で優しいひとなのだ。まあプライドが高くないとは言えないけどそういうとこもアルジュナのいいところだし魅力だと思う。というかプライドの高くないサーヴァントのほうが珍しい。
「アルジュナがなに欲しがったのかとか参考にする?」
「マスター」
「ん、?」
カルナが欲がないもんなあといつものカルナの様子を思い浮かべているとふとかげが差す。電灯の光が、遮られたのだ。カルナさんの体が近寄ったためだとわかって、頭で考えるよりさきに顔をあげる。と、カルナが思ったよりもずっと近くにいてびくと、からだが震えた。
間の抜けた声をあげて体を離そうとした私の手を、それより先にカルナがとる。必要に駆られたわけでもなく、―――理由もなく、そうして ふれられるのは初めてのことだった。
「アルジュナの言う通り、お前は考慮すべきだった。『よこしまな思いを抱える男』に、なんだって与えるなどと口にすればどうなるのかを」
近づいてくる距離に息をのんで思わずカルナのくちをてのひらでおさえる。けれどその手のひらももう片方の手を同じように握りしめられてしまった。ぎゅうとやわく握られている。そのゆびのちからは手加減されているのが分かる。だけどその手加減こそが逆に私に性差をまざまざと思い知らせていた。彼は細身であったが武人であり、私なんかが力勝負では当然どうにもならないのだ。その考えに、自分で、ゾクゾクした。
「なんでもいいというなら、俺はお前がほしい」
びりびりと背筋に電気がはしったような気がした。どんなときだってまっすぐに人を見る目がこちらを射抜く。ふっと宝具を放つときの彼のセリフを思いだして本当に死にそう、と間抜けに思った。あ、と思ったその瞬間にはくちびるがくっつく。そのままからだごとベッドに引き倒されて、指を絡めるようにして手を握りなおされる。
心臓が痛くてぎゅうっとゆびに力をこめた。
「……私もカルナがほしい」
勇気を振り絞って囁いたその声はかすれていて、それでも届いてくれたらしい。かすかにゆるんだ彼の表情に、私もほほ笑んで今度は自分から彼に唇を寄せて見せた。
たてがみと牙と色欲まるごと撫でてよ
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