NOVEL | ナノ

 テレビへと視線を向けるその横顔は、思わず息をのんでしまうくらい整っていた。行動ひとつで周りが華やぐような彼の存在感は私の狭い部屋にはやはり不似合で違和感がある。何度こうやって訪れてもらってもやはりその印象はぬぐえなかったし、今後もぬぐえないだろう。
 私の視線がテレビではなく、自分に向かっていることに反応を示した天馬くんはこっちをまっすぐにみて見ねえの?と問いかけた。私はゆるく首をふって視線をテレビに戻す。そんな私に天馬くんはもともと座っていた場所から距離を詰める。放り投げていた私の手をしっかりと握りしめると天馬くんも視線を戻した。きちんと手入れがなされている大きな手のひらが私の手をなぞっては、確認するように力がこめられる。私からも握りかえすようにすると天馬くんがふっと口元を緩めた。可愛いなと思った。可愛くて可愛くて、心にあたたかいものが満ちるようなその感覚の名前を私は知っている。
 それと同時ににじみ出るように寂しさを感じて、私はどうしたってそれを消すことができない。



「夏とか、結構好きなんだよね」 
「へえ。でもそれって今いうことか?」
 話題をそらすためのものだととられたのか形のいい眉が顰められる。不機嫌そうな表情はそれはそれで魅力的で、私は自分の恋人だというのに見とれずにはいられない。天馬くんはどんな表情すら魅力的に形にする。
 私の言葉を縫いとめるように天馬くんはそっとキスをした。軽くて押し付けるようなキスだ。ちょっとだけ遠慮がちで、くすぐったい。頬にかかった髪を耳にかけられる。指が明確な意図をもって首筋にふれてぞわぞわした。
 唇がかすかに離れたので、今度は私からくちびるを押し付ける。ついばむようなキスが、そのあたりから舌を交わすものへと変化していく。目を閉じると熱心に私を求める舌の存在をより強く感じる。天馬くんの要求はいつもストレートだ。彼のそういうところが好きだ。私相手だとちょっと遠慮がちになるところはもっと好き。
 釣り合ってないお互いの姿勢に、私は押されるがままソファに完全に倒される。電気の光を遮るように、天馬くんがこちらを見つめる。いつのまにかつながれていた手のひらにぎゅっと力がこもる。
「なあ」
「うん」
「……したいんだけど」
 やはりどこか遠慮をもって、こちらを伺うようにする天馬くんに私は喉の奥がしまるような息苦しさを覚えて、私は目を逸らしそうになる。そういう雰囲気になったことはあって明確に言葉で求められたのは初めてだった。天馬くんは天馬くんでいっぱい考えてこうやって言葉にしたんだろう。私は誤魔化すように逃げてばっかりだったのだからこうする他ないだろう。明確な拒否の言葉を口にすることはためらわれ、それでもそのまま受け入れるというのもどこかでひっかかりがあって口をつぐむ。
 そんな私の態度に、天馬くんはどうすればいいのか分からないというように名前を呼んだ。たぶん抑えようとしているのだろう、押し殺すようなその呼び名に心臓がじわじわ痛くなる。
「まだ無理?」
「……がっかりするかも、いろいろ」
「はあ? しねえよ、なんだそれ」
「……そうかなあ」
「それで逃げてたのか? すんの嫌とかじゃなくて?」
「そんなこと考えてたの?」
「べっつに。……あんな態度とられたらふつうそう思うだろ」
 すねたように髪をやわくひっぱられる。今度は視線はあわない。
「私が天馬くんにされて嫌なことなんてないよ」
「知ってる。だけどこういうのは、どっちかがしたいからとかじゃねえんじゃねえの」
「……」
「お前はどう思ってんの?」
 言葉がほしいと天馬くんの瞳は告げていた。顔が近づけられる。促すようにくちびるをゆびでなぞられた。天馬くんはもうあのすねた顔をしてはいなかった。
「こういうことだけじゃなくて、もっといろいろ。思っててもお前ずっと黙ってるから」
「……ん、」
「俺はお前がなにを思ってんのか知りてえんだよ。言ってくれねえと分かんねえ」
「好き」
「うん」
「たぶん天馬くんが思ってるより、ずっとずっと天馬くんのこと大好きだよ」
「おう」
 頬のあたりに触れていた指が、滑るように鎖骨のあたりを撫でておりていく。キスしたいと、そう思った瞬間にくちびるがふってきて、運命じゃないかと思った。そんなものあるわけないと知ってる大人なのに。あったとしても私と天馬くんとが結ばれているとはどうしても思えないのに。
 天馬くんのことが好きだ。もう戻れないくらい、好きだ。そして好かれているのも分かる。不相当なくらい、私は愛されている。それでも天馬くんといると不安に駆られる。さみしくて、苦しいような思いでいっぱいになる。きっと、年齢の差とかそういうことじゃないのだ。私がもし同じ彼と同年代でもきっと同じように感じていた。
 天馬くんはいつか私を置いてく、その予感はどんな時だって私の胸を刺す。
「……天馬くんの初めて私にください」
「……恥ずかしいこというな、馬鹿」
 囁き合いながらくすくすと笑うと、今度は深いキスが落ちていく。ぽたんと前触れもなく涙が落ちて、天馬くんの指先がその涙をぬぐう。泣くなよという言葉のさきをふさぐように、私からそっと舌を絡ませた。
 こんなにも幸せなのに私はいつか天馬くんが抱くだろう次の女のことを考えてしまう。どうしようもないような思いに、天馬くんとつないだ手に力を込めると安心させるように握りしめ返される。ごめんねって思った。あなたの好きな女はこれ以上ないほどにめんどくさい女だ。

たかがおれのキスひとつで泣く大人

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