この夜の普遍 眠れないからひざを貸してほしいというと彼はとてもあきれた顔をしたが、断ることをしなかった。なのでそれをいいことにひざに頭をのせる。細いように見える腿は頭をのせてみるとしっかり筋肉がついていて硬かった。寝心地はあまりいいとは言えない。そんな私の表情を見て取ったのか彼は面白くないような顔をしてみせた。まさか文句があるのか?というような表情にもちろんありませんとごまかすように手を振る。
くっつけるようにした顔の近くにおいたてのひらで、そっと腿に触れてみる。考えてみればこんな風に触れるのは初めてだ。改めて確かめてみても彼の肉体は普通の人間のそれと変わらない。普通の人間の、―――男性の、ものだ。触れると嫌でも性差が分かる。
そんな風にぼんやりとしているとてのひらが降ってきた。褐色の肌をした、細くて長い指が私の目元を撫でる。
「隈ができていますね」
「うーん。最近眠りが浅くて」
「何か思うことでも?」
「何かあるわけじゃないんだ。自分でもよくわからなくて」
何かがあるわけじゃない。
今日だっては何か大きなことが起こるというわけでもなくいたって普通といってよかった。『平和』だったと言っても差支えないぐらいに。
それでもベッドに入っても眠れないのだった。運よく眠れても朝がくるまでに数度目が覚める。ただこうなることは今までにも数回ほどあって、いつの間にか治っているのだった。時々訪れる発作のようだ。差支えがないので放っておいていた。
だから今日だって本当は平気だった、ひとりでも。それをどうしてか彼と夜を過ごすことになるとはなんだか不思議な心地である。
「不安なのかな」
放った言葉は空中に浮く。自分で言った言葉だというのに、しっくり来ない。それは違うと言いきれるわけでもないのだが。
手持無沙汰だったのか、彼の指が私の髪を梳く。耳にゆびさきがかすかに触れた。細いと感じた指先はそれでもやはり男性のもので女性が持つあのやわらかさを決して持ち合わせてはいないのだった。
彼を見上げる。逆光になったさきで彼の表情は良く見えない。
「なにを不安に思うことがあるのですか、マスター」
ささやくようなその声音は蠱惑的に響いた。そうしてアルジュナは耳にくちびるを寄せる。人を惹きつけるためにあるようなその嫋やかな声で言うのだ。
「このアルジュナが貴方の傍にいるというのに、恐れるものなどないでしょう?」
その言葉はいつもの彼そのものであったが、私を労わるような色が確かに混じっていた。あまり彼には似つかない気づかいが感じ取れて、私は素直にそれを肯定した。それを当然というように頷くアルジュナを見ていると、少し笑えて来る。アルジュナのその行為に対してではなく、それを救いのようにも感じ、抱いた安心感から来る笑いだ。
確かにある彼のぬくもりを感じているとあの漠然とした足元がぐらつくような感覚が薄れていくような気がした。少なくとも今は、何も考えずに眠れるような気がした。