恋と呪う | ナノ

恋と呪う

 いまだに連絡をとっていなかった安室さんとばったり会ってしまったのは、本当に間が悪いとしか言えなかった。安室さんと目が合った瞬間に自分のしてしまった馬鹿なことかいろいろ連想して逃げ出したくなったものの、そこで逃げたら本当に嫌がらせになってしまうので(連絡を安室さんが何一つ悪くない理由で絶ってる時点ですでにそれに近い)踏みとどまった。
 安室さんの態度はいつもと変わらなかった。私をいつもと同じようにデートに誘って、いつもと同じように笑っていた。
 そのあと断る間もなく流されそのままデートをした。私が連絡を絶っていたことに安室さんは一度も触れなかった。私が連絡絶とうがなにしようが安室さんにとっては特に大したことではないんだろう。あきらめにも似た思いに満たされていた。
 このあとも普通に家まで送ってもらって、連絡をとらないという私の強がりも砕け散って(割と安室さんと出会った序盤でそんな感じだった。安室さんと話してるうちに寂しかったと自覚してしまった自分が憎かった)いつもの日常に戻るのだと、そう思っていたのだ。

 私の頬に触れる安室さんの手は熱かった。頬に触れているさらさらの髪の毛がくすぐったい。かすかに感じる安室さんの吐息に心臓が痛いぐらいに鳴り響いていた。
 抱きしめられるまま、抵抗することも抱き返すこともできなくて、ただただされるがままだ。
 ご飯を一緒に食べに行ったあと、家に来ますかと安室さんは言った。話したいことがあるのだと彼は言った。驚きながらもここではできない話なのだろうと納得して、そのまま安室さんに家に入れてもらって、それから。
 恐る恐る、彼を見上げる。こちらを見下ろす安室さんの表情は真顔だった。あの青い瞳がじっと私を見ている。壁に押し付けられるような体制のまま、そのままもっと強く押し付けられる。安室さんの顔が近い。甘いにおいがした。
「……あ、の」
 頬に触れていた手が、私の首へと降りる。鎖骨のあたりをなぞられて、体が固まった。じわりと背中に汗がにじむ。それとは反対に口の中が乾ききっていた。
「冗談、ですよね」
「……」
「ちゃんとびっくりしたから、もう、その」
 離してほしいと、そう言いかけた私の口は彼のくちびるが触れることによって鎖された。舌が、くちびるを割って私の舌をなぞる。反射的に体を押し返した私の手をそのまま握りしめて、彼は性急なキスをした。
 渇いていたはずのくちの中が濡れる。その感覚に体から力が抜けそうになって、そのままくずれそうになる。安室さんはそんな私の腰を逃がさないとでもいうようにに引き寄せた。
 唇がようやく離れる。安室さんは特に表情を浮かべず私を見ていた。
「……これ、じょうだん、なんですよね」
 違うことは悟ってしまったけれど、そうとしか私は言えなかった。そう言うのが一番正しい気がしたし、それ以外どうすればいいかなんてわからなかった。
 私の言葉に安室さんは眉をひそめる。
「そんなに冗談にしたいんですか?」
 穏やかな口調だ。聞きなれた声音だったけれど、表情とのアンバランスな差が怖いと思った。
 思わず目をそらすと彼は私の体を抱き上げた。そのまま奥の部屋に進む。最初は意味が分からなかったものの、ベットが見えた時点で何を意味しているのかようやく理解する。逃げようとした私の体を安室さんはベッドに押し倒した。
「そんなに怯えないでください」
 スカートの下の肌を指先でなぞられる。言い聞かせるような声音は優しく、ただ胸が痛くなって、好きだと思った。だからこそこのまま受け入れたいとは、思わなかった。
「やめて、ください」
「どうして」
「……いやだからです」
「僕のことが好きなのに?」
 投げかけられた言葉に、一瞬息が止まる。だけどどこかで安室さんは知っているような気はしていて、やっぱりと思う自分がいた。安室さんはきっと自分を好きにさせるために優しくしたんだろうし、私が安室さんを好きになったからこそ優しくあり続けたのだ。
 うすうす気づいてはいた事実を明確に突きつけられて、じわじわと倦怠感に似た重みが体に広がった。
「それでも、いやです」
 こんなにもきちんとした拒絶を安室さんにしたのは初めてだった。まず何かを強要されたこともなかったけど。安室さんが私に何かを求めたことなんて一度としてなかった。 
 安室さんは表情をゆがめる。私にはその意味が分からない。
「ほかの男は良くて僕は駄目か」
 返事をする前に、キスをされる。好きな人にされるキスは、身を任せてしまいたくなるほど気持ちいい。なんどとなく触れる舌先に自分から絡ませたくなる。
 キスの片手間に安室さんの手が服の隙間から肌をなぞる。その感覚に私は体から力を抜いて抵抗をあきらめた。だけどこの行為を受け入れようとは、どうしても思わなかった。
 安室さんもそういう意図を感じ取ったのだろうか。面白くなさそうな顔をする。子供のようなそんな表情を見るのは初めてだった。安室さんはいつも私の前で笑っていたからだ。
 そんな表情がかわいくて、そんな場合じゃないのにきゅんとして、やっぱり好きだとそう思った。
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