恋と呪う | ナノ

恋と呪う

 後日、私の事情聴取に安室さんは本当についてきてくれた。わざわざ時間を割いてくれたことにはもう感謝しかない。そう伝えると彼は気にしなくていいのだと安心させるように笑った。
 本心じゃなくても、本心のようにみえるその表情を見るとどうしようもなくなって、私は何も言えなくなる。きっと安室さんの真実を知らなかったら、少しは好かれてるのかもと馬鹿みたいな思いこみを抱いていたはずだ。
 荒っぽいことに慣れているように、安室さんはこうやって女の人を落とすのも慣れているんだろう。分かってても簡単に引っかかってしまった私とは大違いだった。
 隣で機嫌がよさそうに運転している安室さんの気配を感じながら、憂鬱な気分になった。こんなことを考えてしまうことも、きっと私の考えが当たっていることにもだ。今までの女の人もこうやって助手席に乗せたんだろうな。
 何の権利もないのにそう思ってしまう自分が馬鹿みたいだと思った。
「今日は随分無口ですね。この前のこと、思いだしてしまいましたか?」
「……あはは、そうですね。ちょっとショックだったというか。安室さんは機嫌がよさそうですね」
「ええ。あなたが隣にいてくれるので」
 さらりと投げられる言葉も通常通りだ。いつもみたいに照れることもできなくて、私は笑ってごまかした。意識してしまうと気まずかった。
 私には安室さんが何を考えているのかいつも分からない。きっといつまでも分からないままな気がした。
「そういえばこの前みんなで遊園地に行ったそうですね」
「はい。この前の日曜日に」
「どうです、楽しかったですか?」
「もちろんです。あの子たちに負けないくらいはしゃいじゃいました」
 思いだしながら、そういった。振ってくれた話題に感謝した。自分から何かを話しかけられそうなかった。
 楽しかったことをたくさん連ねる私に安室さんが笑顔で相槌を打つ。安室さんは人の話を聞くのが上手だ。彼を前にすると、何時間でも話してしまいそうになる。
「聞いたところによるとなにか事件があったとか」
 例え安室さんの目的が私から情報を聞きだすためなのだとしても、私の言葉が本当に届いているのか分からなくても、安室さんとこうやって話しているのが楽しいって思
ってしまうのを私はどうしてもやめられなかった。



「送ってくれてありがとうございました。事情聴取にまでついてきてもらってしまって、本当にすみません」
「いえ。それよりも今度は一人で対応しようとしないでくださいね」
「……気を付けます」
「本当は今度がないことが一番なんですが」
 そういって彼が笑うので私も笑った。こういうひとりで犯罪にあたることは初めてでも巻き込まれることは数えきれないくらいあったので、そればっかりはどうしようもないよなあと思った。
 と、冷えた強い風が吹く。車に乗るときにマフラーを外したせいで晒されている肌に直接あたって思わず身をすくめた。
「今日は寒いですから、早めに温まってくださいね」
「あはは、そうします。安室さんも風邪には気を付けてください。最近本当に寒いですから」
 私のアパートは本当に目の前だ。アパートの方に目をやってから、私はその言葉を吐いていた。無意識だった。
「あの、寄っていきますか?」
 安室さんの瞳が瞬かれる。何を言ったのか、その表情を見てから理解して一気に顔が赤くなった
「す、すみません。いつもお茶ぐらい出せたらって思ってたっていうか、お、お礼になったらって思ったっていうか、あの、ごめんなさい」
「……」
 赤くなってしまったことがまず駄目駄目だった。少なくとも赤くならなければ変に意識しているとは思われなかっただろうに。いや別に家によってもらうぐらい全然平気なことなのだ。だから赤くなってしまったことがもう駄目っていうか。そんなの意識しまくってるって伝わってしまうにきまっている。
 あわあわとなんでもないですとてのひらを振っていると、安室さんは困ったような顔をした。
「誘いは嬉しいですが今回は遠慮しておきます」
「あ、はい。そうですよね……」
「名前さん」
 窓を通して、安室さんが私の頬に手を伸ばした。触れそうなところまで伸びた手は、私にはけして触れず動作だけで私の頬を撫でた。
 困ったような表情の浮かぶくちもととは逆に彼の目が鋭く見えて、私はからだが固まりそうになる。どことなくその瞳はいつもと違うような印象を受けた。
「そんなに無防備に家に誘おうとしないでください。誤解しそうだ」
「誤解?」
 予想もしない言葉にその言葉を思わずその言葉を繰り返すと、彼は苦笑した。するりと今度こそゆびさきがふれる。安室さんがそんな風に自分から、意図もなく私に触れるのは初めてのことだった。安室さんは、そういうスキンシップを取るような人じゃないから。
 撫でるようにしたゆびさきはすぐに離れていった。そっとおやすみなさいとささやかれてあっけにとられたまま私もおやすみなさいと返す。ふらふらと車から離れた私を確認したあと、安室さんは車を出した。
 いつもなら私が家に入ったことを確認してから行くのにな、とどうでもいいようなことを考える。頬に触れたあたたかなゆびさきの感触は、忘れられそうになかった。
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