恋と呪う | ナノ

恋と呪う

 そのあと安室さんはその男をあっさり拘束して警察に引き渡すことになった。夜も遅かったため事情聴取はまた後日とのことらしい。
 へなへなとくずれおちそうになっていた私に代わって安室さんはてきぱきと来てくれた警察の方と話をしていた。後日の事情聴取にも一緒についてきてくれると言ってくれたあと、安室さんは私が誰にも連絡せずに逃げ切ろうとしたことについて指摘し(毎回思うんだけどどうしてそんなに人のことを簡単に推理できるのか不思議だ)そのお説教をした。どう考えても他にとるべき選択肢があったとことを理論的に私が納得しましたというまで説明したあとで、今度からは家まで送られることまで約束させられてしまった。そのあとで、私を改めて家まで送ると言った安室さんがてのひらを自然な動作で隠そうとしたのに気づいてしまった。
「怪我、してるじゃないですか」
 安室さんが隠すようにしたてのひらを慌ててつかむ。私をかばってくれた傷なのだと、すぐに気が付いた。あれだけ簡単に男を倒せるのにに、傷なんてつくのは私なんかを庇ったからだ。
 しまったというような表情を安室さんが浮かべる。きっと最後まで隠し通すつもりだったんだろう。
「そこまでひどいものじゃないですよ。これぐらいならすぐに治るでしょうし」
 私の表情に、とりなすように安室さんは言葉を投げかける。
 ひどくないわけがない。黒く、痣のようになったうえで強くこすれたのか擦り傷になったその手を、傷に触れないように握り締めた。きっと痛かったはずだ。だけど安室さんは痛みを感じるそぶりを見せなかった。誰のためかといえば私のためだ。私のために安室さんは我慢していたのだ。
「……ごめんなさい。迷惑をかけた上にケガまでさせてしまって」
「僕がしたくてしたんです。だから名前さん、そんな顔をしないで」
「だって、だってこんな! 私がすればよかった!」
 そう言い放った瞬間に強く肩をつかまれる。はっとして彼を見上げると先ほどまで浮かべられていた困ったような表情が真剣なものに変わっていた。鮮やかな青い瞳に見つめられて、唇をかみしめた。
「自分が怪我をすればよかったなんて言わないでください。あなたが優しいのは知っていますが、背負い込みすぎるのは悪い癖だ」
 真剣な表情がふっとゆるめられる。私の目を覗き込んだ安室さんは、甘い笑みを浮かべた。その落差にくらくらする。つかまれた肩から安室さんの手のぬくもりを感じられる気がして、肩が熱かった。
 心臓の音が大きく脈打つのが感じられて、ただただ苦しい。のどの奥が引き絞られるような感覚にもう何も言葉を吐けなかった。
「少なくとも僕はいつでもあなたに頼られたいと思ってます。何かあったら一番に頼ってくれるのが僕であれば、ともね」
 冗談めかすような口調で安室さんは言う。私に向けられる視線は甘く、それこそ今すぐ縋りついてしまいそうだと思った。
 目の奥が熱くなって、思わず下を向くとそのまま肩を抱き寄せられた。我慢しないでと囁く声に、私は震える手で安室さんの服をつかむ。その手をそっと握り締められて、もうどうしようもなくてしゃくりあげた。震えが止まらなかった。さっきまでの出来事だとか、心細さだとか全部あふれてくるような気がしたし、やさしさがただただずるいと思った。
 私への甘やかすような言葉も態度も、安室さんの本心から来るものじゃない。助けてくれたのも私に利用価値があるからだ。信頼を引きだすためでもあるのかもしれない。少なくとも私のためなんかではない。
「あなたが無事で本当によかった」
 だけど私には、かみしめるように吐かれたその言葉が、まるで本心のように聞こえてしまうのだ。
 言葉にならない思いだけが、じわじわと湧き上がってくる。押し殺したいのに、その思いはちっとも消えようとはしなかった。
 私が望んだらこの人は私を好きだと言ってくれるのかもしれない。決して本心ではなくてもあの優しい笑みと、甘い声で、言ってくれるかもしれない。きっとそれを例え偽りだと分かっていても私は喜んでしまうのだろう。それが分かってとてつもなく悲しくなった。
 悲しく思ってしまう理由なんてひとつしかなくて、その不毛さに笑ってしまいそうだった。
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