恋と呪う | ナノ

恋と呪う

 安室さんと一緒に出掛けるのはもう数回目になる。毎回おごってもらっているので、こちらが払いたいと機会をうかがっているが成功したことは一度もなかった。
 そんな風に出掛けるようになったのは話がしたいと安室さんに声をかけられたときからだ。なぜ私を誘ったのだろうと思ったけれど私の周りのこと、―――コナンくんやその周りのことに関することをそれとなく聞かれて、まあそういうことなんだろうなと理解した。彼らに近い距離にいる、けれど渦中なわけでもない私は親しくなって話を聞くのには一番適しているのだろう。
 話してみたいという個人的願望もあって断ろうとは思わなかったけど協力もできないと決めていたから私の知ってる限りという体面で、当たり障りのないことを話した。たぶん毛利探偵のそばにいる安室さんにはすでに知っていた話だったはずだ。だからこそ情報源として役に立たないと判断されると思ったし、また来ましょうねという言葉はあくまで建前で、誘われるのは一度だけだと考えていたのだ。だけど私の予想に反してあっさりと二回目のお誘いが来たことを覚えている。
 それからも私は一度も役に立てる情報を渡してはいない。それでも誘われ続けた。親しくなっていればいつかぽろっと情報を落とすこともあるかもしれないというある意味で保険なのかもしれないと、思った。はた目から見れば勘違いしそうな状況だったけどけして好意だとかそういうこではないんだろうなあとも分かっていた。
 にこにこと、私を笑みを浮かべながら見つめる安室さんに私はなんとも言えない気分になった。

 安室さんに親しみを覚えていることにこのままじゃだめだと思う自分と、このままでいたいという自分が相反しながら存在していた。
 普通に親しくするのはいい、だけど深入りはすべきじゃないと分かっているのにあの優しい笑みを向けられると自分の心が彼に傾くのも、かけられる優しい言葉にほだされていくのも、自覚していた。漠然とした不安は確かにあるのに、その不安を塗りつぶすように好感を覚えてしまう。全部安室さんの手の上なのだと分かっていても、あの笑みの前だと警戒心なんて手放してしまうのだ。出会った当初はこんな風に思ったことがなかったのに、いつからこうなってしまったんだろう。
 私は安室透という人間がただの人当たりのいい好青年ではないことを知っている。私の見ている彼が本当の彼じゃないと知っている。だからこそ一定の距離を保つべきだと思ったのだ。なのにどうしてこうなったんだろう、と何回目にもなるかもわからない疑問を抱く。
 分かっていたはずなのである。弱みをみせるような相手じゃないって。
 ――ーなのに、こういうときに一番に思いつくのはいつの間にか彼になってしまっていた。
 携帯の液晶に浮かぶ彼の名前に、躊躇いながらもかけてしまいたくなる。最初に気付いたときと変わらずに、私の後ろについてくる誰かの足音に意識しないうちに自分の歩調が速くなりそうで意識して歩調を緩める。私が気づいてることに気づかれたらと思うと恐ろしかった。
 後ろをついてくる足音に気付いたのは少し前のことだ。私が靴を見るふりをして足を止めればあちらも止め、歩きだせばついてくる。思い違いであってほしいのに気のせいではなかった。
 大事になんてしたくない。このまま何も気づかないふりをしていれば何も起こらないのではないかという気がした。誰かに連絡したとしても助けに来てくれるまで時間がかかるだろうしわざわざ来てもらうのも申し訳ない。佐藤刑事に連絡するのも考えたけど快く力になってくれるだろうが刑事である彼女を呼べばそれこそ大事になってしまう。
 家まであと少しだと自分に言い訳をして携帯をしまった時点で、このまま家に帰ってもいいのかということに気付いた。家を知られてしまうのっていいのか。いやよくない、でも早く安全なところに行きたい。矛盾した思いのまま、私は家に帰る道を外れた。とりあえず近くのコンビニでも時間でもつぶそう。こんなことなら素直に家まで送ってもらえばよかった。そんなことを考えていると、私の後ろの歩調が速くなった気がした。
 背筋に冷たい汗がにじむ。やばい、やばい、やばい、頭が恐怖で回らなくなる。姿が見えないせいでより恐怖を感じる。後ろの気配が一気に勢いをましたのと、私が曲がり角を曲がって、先ほどまで頭に思い浮かべていた人物を見つけるのはきっと同時だった。
「安室さん!」
 車の脇に立っている安室さんは、私を認識すると同時に、私が突然あげた大声に首を傾げた。こちらを見つめる彼の顔を見たら頼れないだとか、もうそんなことは考えていられなかった。知りあいに出会えたことで足が安堵で震えそうになる。
 走って駆け寄ろうとした私よりも先に安室さんがこちらに走りだした。安室さん、と声にならない声で叫んだ私を彼が思い切り引き寄せる。そのまま背中に庇われて、私は後ろの男が刃物を持ってるのをようやく認識した。
 安室さんが刺される、と体をこわばらせたけれど、一瞬でその男が吹き飛んで目を剥いた。彼が思い切り殴り飛ばしたのだと、少し遅れて理解した。転がった刃物を蹴り飛ばしてから、安室さんは私の手を握る。その男への扱いは慣れが滲んでいた。ああそっか、このひとこういう荒事にはなれてるんだよな。
「大丈夫です」
 男の方を向いたまま、安室さんがいう。ぎゅっと強く手を握られるまま、私も思わずその手を握り返した。
「僕が守りますから」
 その言葉に、心臓が強くきしんだ。きっと本心なんかじゃないって分かっていても、泣きそうになったのは許してほしい。
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