恋と呪う | ナノ

恋と呪う

 これは怒られる、絶対やばいよと思いながら、うっすらとばれないんじゃないかという期待があった。そう期待していたのは今までこういうことがあったときにほとんど隠し通せたからだ。
 でもそれは昴さんのようになんでそんなに鋭いんだという人じゃなくて普通の人相手だったことはすっかり忘れていた。コナンくんに並ぶような推理力を持つ昴さんに隠し事なんて、一般人代表みたいな私ができるはずもないのだとどうして気づかなかったのか。
「脱いでもらえますか」
「えっ」
「聞こえませんでしたか。脱げといったんですが」
 聞こえなかったからそういう反応をしたわけではないことはわかっているはずなのに、昴さんはそういった。
「や、やだなあ。わ、私の裸が見たからって直接的すぎますよ」
「名前さん」
「はい」
 自分を捨てた冗談は鋭い視線でばっさりと切り捨てられて、恥ずかしいし怖いしでつらかった。思わず後ろに下がった私に昴さんは無言だ。こうなると譲らないのはわかっている。あきらめてソファーにおずおずと座ると昴さんは湿布や包帯などが入った袋をテーブルの上に置いた。
 つい先日事件に巻き込まれた私は、犯人の人質として一緒に逃げたのだ。そのままひとりきりで人質をしていた私は自分の計画がうまくいかないことに腹を立てた犯人に八つ当たりされた。人質なので生命にかかわる傷はつけられなかったものの、割と長引くようなけがをさせられたのである。一人暮らしなので自分で見えない部分のけがの手当てするのは難しく、ほとんど放置になってしまっていた。切り傷だとかそういう目に見えて血が出る傷がほとんどなかったので大丈夫かなあと思ってしまったのも理由の一つだ。
 時々痛んだ傷に思い出すくらいだった。うん、こうして昴さんと事件が終わった後に初めて対面するというときにようやくまずいんじゃないかって思ったよね。
 視線で促されて、私は後ろを向くとパジャマのボタンをひとつひとつ外した。
「……あ、あの、下着はどうしたら」
「はずしてください」
「はい」
 昴さんのにべもない態度に消沈しながらホックをとってはずす。胸元をかばうようにしても背中に視線が刺さるのを感じて、恥ずかしくなった。こんな電気の下で昴さんの前に肌をさらしたのなんて初めてだった。昴さんのてのひらが髪の毛を背中から前へと移動させる。肩に手が触れられてびくっとした。
 そしてそのまま湿布が貼られるのを待つけれど、特に何もされない。
 あまりにも何もされないので後ろをそっと伺ったときにようやく指が肌に触れた。あざになった部分を触られたのか、痛い。
「随分ひどいですね」
「そうですか?」
「……自覚がないと?」
 あ、墓穴ほった。と馬鹿な私でもわかった。どうして墓穴掘るときってあとから気づいてしまうんだろう。不思議だ。あとから振り返ったら完全に余計なことだってわかるのに。
 と、現実逃避してみても何も現実は変わらないのだった。私の後ろにいる昴さんがものすごく怒っているのが雰囲気で伝わってくるのがわかる。振り返るのが怖いなあと思った。
「コナンくんからこの前のことは聞きました。一人で頑張ったようですね」
「あ、ありがとうございます」
「褒めてませんよ」
「えっ」
「あなたから言い出すのを待っていたんですが、どうやら隠し通すつもりだったようですね」
「……言ったら絶対怒ると思って」
 心配かけたくなかったし、とつづけた声は小さくなった。
 湿布がぺたりと貼られる。お風呂上りで温められたおかげもあって余計に冷たくかんじた。湿布のプラスチックをはがしている音が聞こえる。
「何も言われない方が心配しますよ」
 それは私が一番、身をもって知ってる。ごめんなさいと素直に謝った。
 数枚目の湿布が背中に貼られる。広範囲にあざがあったはずで、それを見た昴さんの心情はどういう気分だったのか。考えつかないわけじゃ、なかった。
 貼り終わったのか、昴さんの方を向くように言われる。恥ずかしかったけど胸元にもあざはあったのでそのまま手を外して昴さんの方を向く。二つ目の湿布の入った袋が開けられる。大きな手のひらが湿布を貼る動作は見ていてなんとなくどきどきする。
 あざを完全に覆い隠すように湿布が貼られたあと、包帯まで手に取られた。そこまでしなくてもと思ったけど、心配をかけてしまったことはわかっていたので口は挟まなかった。くるくると手際よく巻かれていくその様子には慣れがにじんでいる。自分の傷もこんな風に処置していたのだろうか。
 完全にまききられたたあと、お礼言おうと口を開く前に昴さんは私を思い切り抱きしめた。一瞬驚いて、そしてそのまま私も昴さんを抱きしめた。
「名前」
 確認するように名前をよばれるから私も強く昴さんの体にしがみついた。
 肩越しに昴さんが大きくため息を吐く。あきれたとかそういうのじゃなく、ようやく気がぬけたとでもいうようなため息だったから、私はもっと強く昴さんの体を抱きしめた。不謹慎だとはわかっているけれど、そんな風に心配してもらうことがうれしかった。
「俺がそばにいない間もいつもこんなことしてたのか」
「今回だけだよ」
「嘘をつくな」
 笑ってとごまかすと、今度はあきれたようなため息がふってきた。でも見えないところで危ないことに巻き込まれている点においては私よりもよっぽど彼の方がひどい。彼が自分の意思でそれをしているということも、きっと死ぬまでそういう性質は変わらないということも分かっているから、何も言えないのだけれど。誰になんと言われようと、何度生まれ変わったって、この人は命を図りにかける仕事についている気がする。
 背中を包帯越しに撫でられる。肌寒くて、小さくくしゃみが出た。手を伸ばして私の服と下着をとろうとする彼を私は押し倒した。ソファーにそのまま一緒に倒れこむ。
「……けが人を抱く趣味はないんだが」
「えへへ」
 そうは言っても抵抗をしようとはしないので、私はそのまま彼の胸へとくっついたままでいる。こうして彼に当然のようにくっつけるのが、連絡を待つしかなかったあのころに比べると信じられなかった。でも今彼はこうして私を抱きしめてくれる。ずっとこうだったらいいのになあと、思わずにはいられないのだった。
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