ライナスの頬 | ナノ
「爆豪くん」
 躊躇いを振りきって、その名を呼んだ。私に呼ばれた爆豪くんはこちらを一瞬向いたもののすぐに視線を外した。そのまま帰ろうとする爆豪くんの脇にならぶ。勝手に並ぶなとも言われなくなったのはいつからなのか、私は覚えていない。
 コンビニにいる爆豪くんが外に出るのを、出入り口の脇で待っていた。中に入ろうか迷ったけど待つことにしたのだった。いつか、ストーカーかと言われた言葉がよぎる。今回は実際その通りだ。
「ストーカー女」
 爆豪くんも思い出していたのかそう口にした。同じことを考えていたことにちょっと苦笑する。爆豪くんが私に反応してくれたことが嬉しかったからすんなりと言葉が口から零れた。
「爆豪くん、ありがとね」
 私の言葉に爆豪くんは何か言おうとして、だけど眉間にしわを寄せて口を閉ざしてしまった。主語を入れなくてもなんのお礼なのかわかったのだろう。理由を聞きたいと思ったのにいざとなると声がでてこなかった。なんといえばいいのか分からなかったのだ。
 自然と視線が下がる。外はすでに日は落ちて暗かった。制服でも肌寒くすらあったが、爆豪くんは薄い七分袖のTシャツを着ている。もう、一度家に帰って着替えたのだろう。黒いTシャツはぴったりと体に張り付いていて、彼の体が筋肉質であることを際立たせていた。横目に入るその体つきに見てはいけないものを見たような気分になる。軽々と自分が抱き起されたあの感触は、まだ残っていた。
「絞られたか」
「うん」
「当然だな。ただでさえ弱いのに他のこと考えてんなよ」
 その通りだ。その通りなので余計に胸にきた。改めて言葉にされるとじわじわと実感させられる。そうなのだ。私の個性は弱いのだ。
 あの轟くんの他人を使ってやればいいという言葉はとても優しいものだった。でもその優しい言葉だって私の個性が弱いからそうしろと言っているのだった。そんな風に気を使ってくれたその言葉にさえ引っかかっているのにも心苦しくなる。
 どれだけ考えてもどうしようもないことなのに胸が重く沈んで口を開けなくなる。今何を言っても情けないことしか言えない気がした。爆豪くんの前でそんなことしたくなかった。
「そんで、テメエはなんでそんな顔してんだ」
 私が変に考え込んだせいで重苦しいような空気を切り裂くように彼は言う。私はそんな爆豪くんの言葉に口をつぐんだ。どんな言葉を使ったとしても、私の今の感情を表す言葉は情けないものにしかならない。
 轟くんの前ではすんなりと打ち明けられた。そうできたのは轟くんなら私の恥ずかしい本音を許してくれるという打算が少なからずあったからだ。突き放されることがないと分かっていた。―――知られても平気だった。爆豪くんじゃないから。
 でも爆豪くんは駄目だ。爆豪くんがこういう弱音が好きじゃないことなんて分かる。だから爆豪くんに弱くて恥ずかしいところなんて見せられないと思った。幻滅されたくなかった。
「く、だらない、ことだから」
「くだらないかとうかなんて俺が決めるわ」
「や、やだ!」
「やだじゃねえんだよ。今まで散々俺がこっちくんなつってんのにテメエ無視してきただろうが。自分だけ言うこと聞いてもらえると思ってんのか」
「それでも、……言いたくないんだもん!」
「なんで今日に限ってそんな頑固になってんだよ! 大体最近お前おかしいんだよ!」
「べつにそんなことないよ!それに爆豪くんだっていつもと違うじゃん! 私のことなんてどうでもいいのになんでそんな知りたがるの!」
「ムカつくからだよ!」
 その言葉通り、爆豪くんは心底いらいらしたように吐き捨てた。何故そんな声で言われているのか分からい。私を見据えて赤い釣り目はぎらぎらしてながら私を見据えている。その目があんまりにもまっすぐこちらを見るから、いたたまれないような思いになって私のほうが目をそらした。何も言えないまま口をつぐむ。爆豪くんの大きなスニーカーが目に入った。
「……あいつには言えて俺に言えねーのか」
 一瞬だけ、爆豪くんが口ごもってからそう言う。迷うように、それでも言わずにはいられないと言ったような口調だった。さっきの怒声に近い声とは違って静かな声で、焦れた声だった。いつでもはっきりしている爆豪くんのそういう声はとても珍しいものだった。
「俺じゃなくてあいつを選ぶのかよ」
 おそるおそる顔をあげる。爆豪くんは怒ったような顔をしていた。でもそれは怒っているように見える顔で、怒っているわけじゃないことを私は知っているのだった。
 爆豪くんの表情は大体怒ったように見える。でも爆豪くんだって普通に呆れた顔をしたり、普通に笑ったりする。私は爆豪くんのそういう表情を見るのがとても好きだった。見せてもらえるのがすごく、すごく嬉しかった。
「……げんめつ、しないで」
「あ?」
「げ、んめつ、しないで。……爆豪くんに、幻滅、されたくない」
 息をのむような、顔を、爆豪くんがした。実際に息をのんでいたのかもしれない。それ以上に自分の心臓の音の方が大きくて、聞こえなかったけど。
「しねえよ。大体幻滅するほどお前に期待してねえ」
 爆豪くんがいつものように口元を歪めて笑う。わざとそうしているみたいなぎこちない表情だった。どんな表情をすればいいのかいいのか分からないからそういう顔をしたように見えた。
「……だから、これからは他の野郎じゃなくて俺に言えよ」
 その声が、なんだかあまりにも耳に響いて私は泣き出したいような思いに駆られる。胸がひきつれているみたいに苦しくて、息がしづらかった。顔がゆがむのが分かる。足元がぐらぐらした。胸が熱くてしかたなくて今すぐ逃げ出したいような気持ちだったし、ここに引き留めてほしい気もした。
 抑えることなんてできないようなその気持ちの名前を、私はきっとずっと前から分かっていた。変わりたくないなんて無駄だった。だってたぶん私は最初から、爆豪くんのことが好きだったのだ。
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