ライナスの頬 | ナノ
 私の能力は目が良いことだ。単純によく見えるのもあるけど、その物体を透かして見ることができたり対象がどういうものでできているのかだとかどこをどうすれば壊れるのか、これからどれだけもつのかだとかそういうのがなんとなく分かる。見たモノを分析することができるのだ。ついでにいえば完全な暗闇だって問題ない。その中でも私は普通通りに生活することだってできる。
 ただ、その視力さえ除けば一般人でしかないのだった。強い個性に距離を詰められればなすすべもなく追い詰められてしまう。こんな風に。
「悪いな、名字」
 ばちばちと手元に電気をまとわせて、上鳴くんは笑う。上鳴くんの手にはモモちゃんによって作られたであろう電線があった。上鳴くんは逃げる私を見つけ出すためにこの廃ビルに残っていた照明に無理やり電気を通らせて一気にスパークさせたのだ。人より良く見える、ということは普通だったらまぶしいで終わる程度の光でもより鮮明に映るわけで、真向から受けてしまった私は響きわたるような悲鳴を上げてしまった。上鳴くんの目的はそれだったのである。いまだに目がちかちかしている。
 モモちゃんは照明と上鳴くんをつなぐための補助に当たっていたのか姿がない。よろめいたせいで壁によりかかるようになったまま私は出入り口を確認した。そんな私の視線を見て上鳴くんは余裕をにじませて笑って見せた。
「こっからなら名字の逃げ足より俺の方が早いよ」 
「……そうだね」
「降参しかないと思うけど」
「さあどうだろ」
 単純な逃げ足でも敵わないのに電気をにじませて触れられたらその時点で終了だ。個性の強さとはそういうものだった。不利どころか私に逃げる術はない。―――ひとりなら。場所を知らせるための連絡はすでに終えていた。
 ぱきぱきと、空気が冷えていく。上鳴くんは振り返ろうとしたけどもう遅い。
「轟くん!」
 ガラスが壊れて窓枠しか穴があくようになっている窓から轟くんが飛び込んでくる。その瞬間轟くんは床伝いに上鳴くんを凍り付かせていた。すごい勢いで広がっていく氷は、ぎりぎり私の足元で留まる。私はそこでようやく安堵のため息をついた。
 氷で凍り付かせてしまえばもう電気は通らない。体ごと凍り付かされて動けなくなった上鳴くんは完全に不意打ちされたことに思いきりうめき声をあげた。
「マジかよ?!八百万は?!」
「手間はかかったが下の階で上鳴が電気放ったあとに拘束した」
「あー、よかった。なんとか計画通りって感じ」
「うあ〜!くっそ、マジか」
 渡していたインカムを轟くんが外す。私もインカムを外しながら、見えないように取り付けられていたカメラににっこり笑って手を振った。
「やったね、轟くん」
「おう。でも外でてから喜んでくれ」
 てのひらを轟くんに出すと少しだけ笑って素直にハイタッチに応じてくれた。最初はハイタッチを求めても意味が分からないと言う顔をしていたのに、今では慣れたものである。
 悔しがる上鳴くんを傍目にわははと笑いながら、私たちは廃ビルから無事に逃走し、勝利をおさめたのだった。

 完全な暗闇に潜んでいるヴィランにどう対処するか、それが今回の実戦訓練だった。私は轟くんとヴィランチームに分けられた。相対するヒーローチームは上鳴くんとモモちゃんである。ヒーローはヴィランをふたりとも拘束することができたら、ヴィランはヒーローを出来れば拘束、そして建物から逃走できたら、が勝利条件だった。
 この中で最もアドバンテージがあるのは私なのでとりあえず走り回りあわよくば逃走、できなくてもビルの中を把握してインカム越しに轟くんに伝えることが仕事だった。あとは囮として二人のどちらかを誘い出せれば御の字だったわけだ。
 モモちゃんが小さな明かりでもつくれば私はそれを認識できるので今回は私の有利かなと思っていたがまさかあんな力づくでこられると思わなかった。つくづく電気系はチートだと思う。なによりそれを補助したモモちゃんもすごい。
 オールマイトは両チームの作戦は優秀だったこと、そのうえでヴィランチームが勝利したことを褒めてくれた。特に上鳴くんを捕まえるときのコンビネーションは良かったと言ってもらえた。
 私と轟くんの個性は相性がいい。というより大きな範囲で能力を使う人間と相性がいいのだった。私が支えることでより精密に、強大に個性を使わせることができるからだ。
「つーか名字ってあんな真っ暗でも見えんのヤバくね?」
「やばいってどっちがって感じだよ…。まさかあそこであんなふうに電気使われると思わなかったしそれをやれちゃうのもすごいんだけど」
「残ってた照明割と少なかったから、まあ。それより思いついた八百万のがすげーよ」
「それでも完全に抑え込まれてしまいましたわ」
「いやあれは轟くんだから対処できただけで普通だったらこっちが抑え込まれてたんじゃないかな」
「ん」
 黙々とご飯を食べていた轟くんが箸を止める。ちょうどお昼だしついでに反省会をしようと三人を誘ったのは私だった。でも私が誘わなくてもモモちゃんあたりが誘ってくれていたような気がする。実践訓練は特に学ぶべき点や反省すべき点を振り返られるので明確な形で次に生かせることが多いのだった。
 箸をおいて、グラスに入った水を飲んでから轟くんは口を開いた。
「別にそこまででもない。名字の悲鳴にはビビらせられた」
「いやあれはもうきつかったからね?あのあとずっとちかちかしてたし」
「上鳴の個性を生かしながら名字の個性潰せるあの策を思いついたのはすごかったと俺も思う」
「あ、ありがとうございます」
 轟くんの素直な褒め言葉にモモちゃんは嬉しそうな顔をした。気持ちは分かる。轟くんは思ったことしか言わなのでお世辞でもなんでもなく本心だって分かるからだ。
 俺も褒めたのにと上鳴くんは微妙に不満そうだったが、上鳴くんは女子に割と甘めの言葉をかけるのでそこらへんは微妙に違うのだった。でもちょっとかわいそうなのでまだ箸をつけていないからあげを一つあげた。
「やっぱあそこで二手に別れねえほう良かったよなあ」
「ですがあそこで二手に別れなければ名字さんを逃がしてしまっていたと思いますわ。一番機動力があったわけですし」
 これが実際の事件だったらきっとそんなことを言ってられないんだろうけど、わいわいと盛り上がる反省会は割と楽しい。自分が思いつかない反省点を聞けるのは勉強になる。
 今回の訓練で勝ったのは嬉しかった。褒められたことも嬉しかった。だけど微かにひっかかることがあって、私は自分で言いだしたことなのに口が少し重かった。



「なんでへこんでんだ」
 お昼を食べ終え、反省会もぼちぼち終わり教室に戻るところで私の隣に並んだ轟くんはそう口にした。突然放たれた言葉に思わずよろめきそうになる。態度にだしたつもりはなかったのに気づかれていたことが衝撃だったし、もしかしてそう出ていないと思っていたのは自分だけで分かりやすかったのだろうか。
 なんてことだと恥ずかしくて私は誤魔化すことにした。
「想定してなかったけど、今度からはサングラスも用意しなきゃいけないだよねえ」
「そうだな。名字の個性は目なんだから、目を守るためのものなら多すぎるってことはないだろうし。それでなんでへこんでたんだ?」
 誤魔化されてくれなかった。話の誘導はまったく意味をなさなかった。そうだね、轟くんそんな感じだよね。
 迷いながら、結局口を開く。できるだけひがみっぽく聞こえない方がいいなって思った。そう思ってしまう時点でひがんでしまっているのかもしれないけれど。
「今回はちょっと役にたてたけど、私一人でどうにかできることって今更だけどないんだよなあって思って」
 暗闇というアドバンテージがあったから今回は動けた。でもいつもそういうわけじゃない。
 私の個性は他人のサポートのためにあるようなものだ。決定打にかけるから、他人に協力してもらうしかない。発現してきてから今までずっと付き合ってきた個性なんだから愛着はある。なによりもヒーローの活躍を見るのにこれ以上ない個性だ。緑谷くんほどじゃなくても私は昔からヒーローオタクだった。
 でもだからって何も思わないわけでもなかった。うまく言葉にできないんだけど、言うなら引け目があるって感じだ。
「変なこと悩んでんだな」
 そんな私の割と恥ずかしい本音に轟くんはあっさりとそう言い放った。
「名字の個性ならないよりあった方がいいに決まってる。確かに一人で突っ込んでいける個性じゃないがヒーローは別に一人で戦わなきゃいけないわけでもないだろ」
「うん」
「私が勝たせてやってるぐらいに思っておけばいいんじゃないか」
「あはは、すごいこというなあ」
 それから轟くんは思いつめるなよとやんわりとした忠告をくれた。そんなに気を使われるような顔をしていたのかと聞くと、まあなんとなくとの答えが返ってきた。轟くん割と勘で生きてるよね。
「名字はいつも笑ってるよな」
「そうかな」
「俺が見てるときはそうだよ」
 いつも笑っている、似たようなことを言われたことがある。―――爆豪くんだ。思い出したことでさっきとは別の意味でよろめきそうになった。
 最近なんとなく爆豪くんとうまく話せない。いやいつも通りに登下校中に一緒になったりコンビニであったりするわけだけど、でもなんとなく時々、苦しくなる。今までどうやって話せていたのか急に分からなくなってしまった。でも話すのが嫌だとか別にそういうわけじゃない。むしろもっと話したい気もする。できないけど。
「どうした?」
「い、いやなんでもないよ」
 不思議そうな轟くんに慌てて首を振る。本当に私個人のなんでもないことなんだと思いながらふと時計を確認すると、始業までもう少しだった。少し急いだ方がいいかもしれない。
 窓の外から見える桜が風になびいて揺れるのが視界に入る。春のひどく穏やかな空気はどこまでも平和そのものだった。
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