ライナスの頬 | ナノ
 当たり付きの自販機でジュースを買ったら運のいいことにもう一本当たった。のはよかったけど初めてのことだったし、当たるなんて微塵も考えていなくて(その自販機が当たるということを今まで一度も聞いたことがなくて、あそこの自販機って絶対あたんないよねっていう話をしたこともあったぐらいだ)突然のことに動揺した私は全く飲めないブラックのコーヒーを押していた。時間制限に急かされないでちゃんと飲めるやつを買えばよかったなあと思ったものの後の祭りだ。これが昼休みだったらクラスの誰かにあげられたんだろうけど、もう放課後だし持ち帰るしかない。
 どうしよう、飲むしかないかなあと少し考えてとっておきの人物が思いついた。いつものようにバス停に行くと、ちょうどその人物が捕まったのでそのまま渡すことにする。
「というわけでどうぞ」
「いらねえもん押し付けんな」
 爆豪くんは私のとりあえずの説明をきくとあっさりそう言った。まあまあと取り成してそのまま爆豪くんに缶コーヒーを差し出す。こうなると私が引かないのを分かっている爆豪くんはめんどくさくなったのか、ため息をついて受け取ってくれた。
 爆豪くんが缶のプルタブを引く。つけていた白いマフラーをずらしてそのまま口をつけた。爆豪くんが白いマフラーを付けているというのはなんとなく意外だけどそれはそれで似合ってる。
 私も手をあっためるようにして持っていた紅茶の缶のプルタブを引こうとした。だけど指がいまだにかじかんでいるせいかうまくいかない。力をこめているのに、缶の上で指先はすべるばかりだ。このままだと冷めてしまうと急かされるような気分になりながら必死でやってみる。だけど焦りのせいか指先はますますすべって開く気配がない。力のかけ方が悪いのかなと向きを変えようとしたときに、すっと手が伸びてきて缶を引き抜かれた。代わりに缶コーヒーを渡される。私が苦労したことなどなかったように簡単にプルタブを開けると、爆豪くんは私に缶を渡してまた缶コーヒーをまた手に取った。かすかに指先がふれあう。爆豪くんの指先は冬だと思えないほどあたたかった。
「あ、ありがとう」
「別に」
 多分本心からそういって、爆豪くんは視線を前に戻した。缶を持つ指先が自然と目に入る。私よりもその指先は太くて硬そうだった。指先があたたかいってことは体温高いのだろうか、見た目から体温高そうだけどどうなんだろう。前に手を引いてもらったことがあるけど熱でいっぱいいっぱいであんまり覚えていないのだった。
 そんなことを考えていると視線がずっと指先に釘づけになっていたらしい。爆豪くんが眉間にしわを寄せてこちらを見ていた。その表情は不思議に思っているときに浮かべる表情だった。爆豪くんの表情はとりあえずいつも不機嫌そうに見える。
「今さら飲みたいとか言うなよ」
「えっ、ううん。それは大丈夫だけど。ていうか飲めないし」
「じゃあなんだよ」
「……うーん、なんていうか。手触ってもいい?」
「はあ?」
 目を見開いて唖然とした顔を爆豪くんがするので、自分ので放った言葉に急激に恥ずかしさを覚える。あとどうでもいいことだけど、爆豪くんはびっくりした顔が一番あどけないように見えた。一番、というほど爆豪くんの表情を見ているのかは分からないけど、少なくとも私の見た表情の中で一番だった。
「意味わかんね」
「手があったかいからプルタブすぐ開けられたのかな」
「別に普通だろ。つーかそれはお前がとろいからだっつーの」
「いやとろくはないです」
 やっぱりなんとなく目が離せなくて、爆豪くんの手のひらを見ていると爆豪くんは缶コーヒーを持っていない、ポケットに入れていた手を出した。何をするのだろうと、ぼんやりと見ているとその手は私に伸びる。爆豪くんの手は紅茶の缶を持っていた私の両の手のうち、片方の手をはがしてそのまま強く握りしめた。突然の出来事に体が固まる。
「あんま変わんねえだろ」
 ぎょっとした私に構うことなく、爆豪くんはあっけんからんと言い放った。なんとも思っていないんだなと分かった。でもきっとそれが普通だった。だって友達なら手ぐらい握ったりするし、爆豪くんがそうするのは、爆豪くんがつけている白いマフラーみたいに意外だったけど、でも普通の範疇から大きく逸脱しているわけじゃない。
 だからおかしいのは私だった。私だけがおかしかった。
 爆豪くんのてのひらはやっぱりあたたかくて大きい。だけどそれ以上に爆豪くんに握られていると認識するとざわざわした。それなのにもっと触れていたいような思いに駆られる。このままでいたらこれ以上おかしくなりそうで、私は爆豪くんの手をそっと離した。
「……やっぱりあったかいよ」
「お前の手が冷たいんじゃねえの」
「そういいだしたらキリなくなっちゃうね」
 あはは、といつも通りに笑った。多分いつも通りに笑えていた。爆豪くんは普通に受け取ってくれたから、そうできていたんだと思う。
 自分の持っていた通学用のバックを、特に落ちてもいないのに肩にかけなおして強く握った。それと同時に普通にしなければいけないと強く思った。普通? じゃあ今の私は普通じゃないんだろうか。普通じゃない状態っていうのは一体どういうことだろう。
 それでも、私が変わってしまったらきっと今のままではいられないんだろうなって、それだけは分かる。自分の中で何かが変わっているのを今更自覚して、でもそれがどういう変化なのかを私は考えないようにした。考えて認識してしまえばもう戻れないと知っていたから。
 腕時計にそっと視線を落とす。バスが来るまであと少しだ。いつもと同じ時間なのに、バスが来るまでの待ち時間はひどく長いように感じた。
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -