ライナスの頬 | ナノ
「待って爆豪くん!」
 最後のひとつであるパンに手をかけている爆豪くんに声をかけて走り寄る。突然私に声をかけられた爆豪くんはパンを片手に動きを止めた。目的の商品を手にしているのが見えて走ったために乱れた息を整えながら待って待ってと身振りで示す。早くなんの用か言えと視線で言う爆豪くんに少しだけ迷いながら単刀直入に切り出した。
「そのパン譲ってくれないかな?」
「却下」
「わー!待って!話だけでも聞いて!」
 容赦なくパンはかごの中に放り込まれてしまう。だけど時間も時間で他にパンがないなので私も譲るわけにはいかない。
 私の脇を通り過ぎるようにしてアイスをかごに入れている爆豪くんに私は持ってきた応募用紙を突きつけた。すべてのマスにシールはってコンプリートすると食器のもらえるキャンペーンだった。こつこつ集めてついにはあとひとつというところである。昼間のうちに買って交換しようと思っていたものの今日に限っていろいろ忙しくて忘れてしまっていたのである。気づいたのは今日はもう寝ようかと用意していたころだった。
 慌ててアパートを飛び出してパンを買いにコンビニに来たものの見事に爆豪くんとかち合ってしまった。
「後から来てこんな風に頼むのも!申し訳ないけど!今日までなの〜〜!」
「申し訳ないって分かってんならあきらめろ」
「他のおごるからさ〜!」
「……」
 いよいよ返事すら返ってこなくなった。呻きながら時計を確認する。近くのコンビニにはまだあるだろうか。残念ながら爆豪くんの言っていることは正しいので本当に呻くことしかできない。後から来て譲ってくださいって頼むのは図々しい。爆豪くんはいつも暴君かなということしか言わないのにこういうときはびっくりするくらい常識的だ。
 他のコンビニに行くしかないかなあとレジにかごをおいた爆豪くんの背を見ながらため息をつくと突然彼が後ろを振り返った。えっと思った直後爆豪くんが指先をん、と私に差し向ける。彼の指先には私が騒いでいたシールがあった。
「い、いいの?」
「俺は集めてねえ」
「爆豪くんが大人だ!優しい!」
「俺はいつも大人だし優しいだろうが!」
「代わりにアイスおごろうか?」
「無視すんじゃねえ!」
 もらったシールを用紙に張り付ける。ありがとうとにこにこ笑う私に爆豪くんはどうでもよさそうな声で返事をした。
 私もアイスを買おうと手に取って隣のレジへと並ぶ。応募用紙を差し出して、頬が緩むのが抑えられないまま財布からアイスの分のお金を払った。



 アパートの近くのコンビニが爆豪くんのいきつけのコンビニであると知ったのはあの春の嵐の日だった。あの日からコンビニで爆豪くんとあう回数が何故かどっと増えた。あまりによく会うので爆豪くんコンビニ来すぎじゃないと言ってみたらそれはお前だろと答えが返ってきて目を剥いたのを覚えている。お互いがお互いに相手がよく来るから会うのだと思っていたみたいだけど、びっくりするほど来るタイミングがかぶっていたようだった。
 その事実を知った爆豪くんの割とマジっぽくストーカーかよと引いた顔をしていたが私だって同じ顔をしたいぐらいだった。その後微妙に時間をずらしてみたりしたが爆豪くんの方もそうしたらしくまたかぶってうわって顔をされたり、いい加減違うコンビニ行けと言われたこともあったが季節も変わり夏になるころにはお互いに慣れた。どうせ帰り道が途中まで一緒なのでそこまで並んで帰ったりしている。
 アイスをおごろうかという誘いはあっさり振られてしまった。爆豪くんは他人に与えられることが好きじゃないようだ。付き合いが短くてもそこらへんはなんとなく分かる。でも借りというなら私の借りなのでそこらへん受け入れてしまえばいいのになあとも思う。生きづらい性格だけどそれを押し通していけるのがまたすごい。
 しゃくりとアイスをかじる。蒸し暑い夏の夜の中に食べるアイスはおいしい。きっと外で食べているのもそのおいしさに輪をかけていた。
 私がそうしてずっと笑っていたからか、爆豪くんが呆れたような顔をしながら口を開く。
「たかが食器でどんだけ喜んでんだよ」
「だって私このキャラ好きでさ、いつも途中で終わっちゃうから今回はって思ってたの!」
 今回は頑張ったのだ。今は一人暮らしだし、せっかくだし。そのおかげで食生活とかいろいろ大変になったけれど後悔はしていない。
 袋の中にある箱にいれられた食器を透かすように、一瞬私が手に持ったビニール袋に視線をやった爆豪くんは思いきり鼻で笑った。
「ガキかよ」
「ガキじゃないよ!嬉しいだけ!」
「喜びすぎだろ」
「爆豪くんだってこのまえ好きなお菓子コンビニ入ったときめちゃくちゃ喜んでなかった?」
「ハァ?! 見てんじゃねえよ!」
「見たくて見たんじゃなくて、目に入っただけだよお」
「結局見てんだろ」
 しゃべることに夢中になりすぎてアイスがとけだしていることに気づき慌てて口に含んだ。爆豪くんもそうだったようで勢いよくかじっている。
 きっと一人でこうして歩いていても楽しくはなかったんだろうなあと私はやっぱりにやにや笑う。爆豪くんはそんな私にいぶかしげな顔をした。そんな顔すら楽しいって言ったら怒られるに違いない。
 夏の夜の独特な雰囲気も、こうして歩いていることも、初めての経験だ。夜空に見えるぴかぴかとひかる星に、私は頬が緩むのが止められなかった。
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