ライナスの頬 | ナノ
 その日なぜ私が傘を持っていたかというときちんと天気予報を確認していただとか雨のために備えていただとかそういうことではなく単純に前日に傘を学校に忘れてしまったからだ。
 ちょうどよかったなあと機嫌がよかった。その日は自分のやることがなにもかもスムーズでテンションも高かったのもある。だからこそ雨に降られて傘がないようだったクラスメイトに声をかけたのだ。
「一緒に入っていく?」
 傘がないのかという問いにみりゃ分かんだろと答えた爆豪くんは一瞬目を丸くし、私がなぜこんなことを言いだしたのかを考えているように沈黙した。爆豪くんとは今日までまともに話したこともなかったから不思議に思うのも無理はないけれど、こうだと言いきれる理由なんてなかった。強いていえばただ見かけたからとしかいいようがない。知らない顔をして通り過ぎようとは思わなかっただけなのだ。
「いらねえよ、コンビニで買う」
「じゃあコンビニまで一緒に行こうよ。この雨だと濡れちゃうじゃん」
 何考えてるんだこいつという顔をされた。このまま帰ったら私が困るから頼まれてよとつけたすといよいよ理解できないといい顔をする。「分けわかんねえ」あ、口にだされた。
 春の嵐というやつで、せっかく咲いている桜を散らせてしまうような強い風や雨は実際のところ傘がなければきついだろう。爆豪くんがどこのコンビニで買おうとしているのか分からないが、少し歩いただけでも水浸しになってしまいそうだ。傘を買うまでに爆豪くんはびしょぬれになっちゃうだろう。
 持っていた水色の傘を開く。行こうと声をかけると私が引かないことを悟ったのか、いやいやそうに傘に入る。差す位置が低かったのかくぐるような態勢だった。持っていた傘の柄を爆豪くんが取る。
「俺がもつ」
 隣に立たれると身長が高いのが分かる。他にもっと高い人間がいるのでそうだと感じたことがあまりなかったが、私よりずっと身長が高い。傘の柄を握るてのひらは近くで見るとごつごつしていた。
「行くぞ」
 そういって歩き出した爆豪くんの歩幅は大きく、私は半ば早足になりながら駆けだした。



「爆豪くんってさ、なんでヒーロー目指してるの?」
 なんとなく予想していたことだったけど歩き出した私たちの間にあったのは沈黙だった。同性同士なら違ったのかもしれないがまず爆豪くんが口を開くことはなかったし、私も爆豪くんと話せるような話題を思いつかなかったのだ。どこのコンビニに向かっているのかを聞いただけで(余談だけどこのコンビニは私のアパートの近くにあるコンビニで学校からは遠かった。絶対この距離を傘なしで歩いたら風邪を引いてしまうと思うんだけど爆豪くんはきっと本気だった。)お互いに何も話すことはなくなってしまった。
 なのでごく平均的な、普通の話題を振ってみた。どうしてヒーローを目指しているのかとうのはヒーロー科において、割と普遍的な話題だ。
 無視されるかなとか、関係ねえだろという反応がくるのかなとも思ったのだけど割とあっさりと答えが返ってきた。
「一番儲かんだろ」
「わあ」
「そんで高額納税者ランキングに名前を刻む」
「即物的だね」
 あまりにも簡潔で明快な言葉に思わず笑った。ためらいが一切ないその言葉はむしろ潔さすら感じる。
「私がなんで目指してるのかっていうとね」
「聞いてねえ」
「まあまあ聞いて。やっぱりオールマイトに憧れたんだよねえ。ヒーローのなかのヒーローって感じ」
 本当にどうでも良さそうな顔を爆豪くんはしている。聞いているのかいないのか分からないような態度だ。でもだからこそ照れもせずに言える気がした。あまり人には言えなかった、今でこそ笑ってしまうけど、大切な願いだった。
「昔はオールマイトのお嫁さんになりたかった」
「へえ」
「かっこいいよね、オールマイト。すごい」
 否定の言葉は来ない。そっと爆豪くんのほうをうかがうとこちらをじっと見つめていた爆豪くんの瞳と目があう。こちらをじっと見下ろす赤い瞳に、息をちょっと飲んだ。ただ視線があったのではなく、明確に見られていた。
「……」
「……」
「……どうしたの?」
「なんでもねえよ」
 何もなかったようにすっと視線を外される。爆豪くんはそれきりこちらを見なかった。私も視線を前に戻そうとして、爆豪くんの肩に視線がいく。爆豪くんの肩は傘を差しているはずなのに濡れていた。私は濡れていないのに。
 私が見ているのを止めるように見んなと不機嫌そうな声が降ってきて、そこでようやく私は視線を元に戻した。カバンを持っている指先がむずむずする。思いのほか彼が律儀なのだということを知ってしまったのだと分かってしまって、頬が緩む。彼の性格がよくないと認識していたからこそ余計にそわそわするような感覚を覚えた。いてもたってもいられないような、そんな感じだ。
 並木道に植えられている桜が吹いた風によって揺らされる。桜のにおいがかすかに鼻についた。甘い、匂いだった。
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