目覚まし代わりにかけている携帯のアラームが鳴っているのが分かって、手を伸ばすと何故か重りでものっているみたいに体が重かった。寝起きの頭に疑問符が浮かぶけれど、なんにせよ起きなきゃいけない。ふらつきながら洗面所に向かう。顔を洗って、歯磨きして、と半ば無意識で朝のルーティンワークをこなしていると鏡に目がいった。そこには自分の真っ赤な顔が映っていて、そこでようやく熱が出ていることに気づいた。本当に今の今まで思いつきもしなかったのだった。
熱がでてると気づいてしまうと余計につらく感じてベッドのなかで学校に連絡するともうそこで気力がとぎれてしまった。ベッドにダイブする。中学までは薬とかご飯とか、親がいたから何も心配しなくてよかったけど一人だと全部自分でしなくちゃいけないんだなあと思う。風邪ならこうしなきゃと、いろいろ思いつきはするけどそれをする気力が起きない。考えることもだるくて、そのまますべて放棄して眠ることにしたのだった。
そうして眠るだけ眠って起きてみれば時計の針は夜をさしていた。だけどいまだに熱が下がっている兆候はない。あの熱っぽいのに寒いような感じのままだ。とりあえず何かすべきなのは分かるけれど家の中に風邪薬もそのまま食べられるものもないので買いにいかなければなからない。
その時点でくじけそうになったけど、このまま寝て起きて熱がさがってなかったらと思うとそういうわけにもいかない。微妙に汗をかいているせいで髪の毛が貼りつくのが気持ち悪く、ふらつきながら髪の毛を結んで適当にパーカーを羽織ると財布を持って私は外に出た。
とりあえず近くのコンビニを目指したのだけどこれがまた遠い道のりだった。常日頃にかかる時間よりずっと時間をかけてコンビニまでたどりついた。かごに風邪薬をとりあえず放り込む。あとはなにかそのまま食べるもの、何にしよ、でも正直何も食べたくない。
もうなんでもいいかと思いながら近くにあった冷凍食品を手に取ってかごにいれた。
「おい」
肩を引かれた、ら、面白いくらい簡単に私の体は崩れた。多分ほとんど反射だったんだろう、肩を引いた誰かが床に落ちそうになった私の体をそのまま抱き留める。
かすかに制汗剤のようなにおいがした。身長がずっと高いし多分男の人だ。誰だろうと、そのまま上を見上げると眉間にしわを寄せている爆豪くんと目が合った。
「……夢?」
「あ?」
柄の悪い声で言う爆豪くんはまさしく本物である。抱きつくような形になっているせいで距離がめちゃくちゃ近い。だけど一度力が抜けると再び一人で立つのは困難だった。
爆豪くんは無言で私から手を離そうとしたが、支えがなくなると私の体はぐにゃぐにゃと歪んで再び床に落ちそうになる。ものすごく何ともいえないような顔をしてから、爆豪くんは私の体を抱きなおした。
爆豪くんは制服姿だ。いつものように学校の帰りに寄ったのだろう。
「なんでテメエがここにいんだよ。風邪だろ」
「……くすり、なくて」
爆豪くんの視線がかごの中にいく。全て話さなくても大体のことは悟ってくれたようだった。
当たり前のことだけど、爆豪くんの様子はいつもと何も変わらなかった。休んだと言っても今日一日だけだし、当然だ。それなのにその変わらなさに妙な安心感がわく。一度力が抜けると再び立ち上がれなかったように、安心したと自覚すると今まで私が心細さを感じていたのだと理解してしまう。じわりと目の奥が熱くなった。あっ、と思う間もなく涙が零れ落ちる。
突然泣き出したことで、爆豪くんが唖然としたのが空気で分かった。
「なんで泣いてんだよ。何もしてねえだろうが」
その通りだ。こんなの迷惑だと分かっているのにそれでも止められなくてしくしくとしゃくりあげていると、思い切り手でごしごしと涙をぬぐわれる。力加減がされていないせいで痛い。痛いとうめくとびくっと手が反応してちょっとだけ力加減が優しくなる。
爆豪くんはぐずぐず泣いている私の手からかごを奪ってそのまま引っ張った。そのままレジの方へとずんずん進んでいく。途中で止まって飲み物あんのかと聞かれたのでそれは大丈夫とうなづいて答えた。代わりにレジを通してくれるらしい。力強く握られる手のひらはやっぱり力加減がされていないくて、爆豪くんらしいなとちょっとだけおかしかった。
◇
コンビニから出た後、結局家まで爆豪くんは送ってくれた。やっぱり律儀なとこあるよねと思いつつ、その優しさ(爆豪くんはきっとそれを否定するだろうけど、私にとっては優しさだ)を受け取って送られてきた。
鍵、と一言言われて私はポケットに入れていた鍵を出した。その鍵を受け取って、玄関の鍵を爆豪くんが開ける。代わりに持ってくれていた薬とレトルトのおかゆが入ったコンビニの袋をそのまま渡される。
「ごめん、ありがと」
「いいからさっさと中入って寝ろ」
受け取ったら爆豪くんは帰っちゃうのだろう。そう思うとためらいを感じる。子供みたいだと思う。だけどここでこうやって、別れてしまうのが、ひどく、寂しかった。
「……ばくごうくん、あのさ」
「んだよ」
「……」
「……」
「……」
「言えよ!」
「ううん、やっぱりなんでもない」
結局なんと言えばいいのかもわからなくて、言わないことにした。もう迷惑をかけてしまったし、何より彼女でもなんでもないのにそばにいてほしいなんて言えないし、言った時の反応だって怖かった。
袋を受け取って、玄関から中に入る。少しだけ扉を開いたままで、爆豪くんの方を向いてもう一度お礼を言った。爆豪くんはなにかひっかかるような顔をしていた。その表情に小さく彼の名前を呼ぶと、私がそうしたようになんでもねえよと返ってきた。そんなやり取りがおかしくて思わず笑う。おかしいはずなのに笑うと同時に涙がこぼれた。
自分でも分かる情緒の不安定さにごめんとつぶやく。ごしごしとまぶたをこすると、爆豪くんは見かねたように私のぬぐう手を引っ張って無理やり目を合わせた。
「お前さっさといつもの調子もどれ。しおらしいの気持ちわりいんだよ」
「い、いつもの調子って」
「いつも馬鹿みたいに笑ってんだろ」
言うだけ言うとあっさりと手が解放される。あっけにとられる私に、鍵締めろよとさっきの暴論と同じ口から出たとは思えないきわめて常識的な忠告をすると、爆豪くんはそのまま外から扉をしめた。
扉がしまっていくばくかたったあと、その言葉の彼らしさに思わず笑ってしまった。治れよじゃなくて、気持ち悪いからなんとかしろだもんなあ、でも私のこと意外と見てたんだな。
ふらつきながらくつを脱いで家の中に入る。相変わらず体調は悪かったけれど、部屋の外に出る前よりもずっと気持ちは楽だった。