ライナスの頬 | ナノ
「帰っちゃうかと思った」
 そういうと、爆豪くんは眉をひそめた。その手にはコンビニの袋が握られている。私の手を握って、人混みの少ないベンチに連れてくると爆豪くんは待ってろといったあとで行ってしまったのだ。花火はすでに始まってしまっていた。爆豪くんは無言のまま袋の中からペットボトルを出して私に渡す。私がよく飲んでいるジュースだった。
 受け取って、そのままペットボトルを手におさめた。帰っちゃうかと思ったという言葉は冗談だったのだけど嫌味にしか聞こえないかもしれないと気づいて嫌になった。ただすでに涙は治まっていて、不思議なほど落ち着いていた。ひとしきり泣いたせいかもしれない。ハンカチはべしょべしょだった。
「足出せ」
「……うん」
 地面に片膝をついた爆豪くんに、私は下駄を脱いでそっと足を出した。鼻緒のところに当たる場所が水ぶくれのようになっている。袋の中からミネラルウォーターを出した爆豪くんはその水で私の足を濡らした。傷にしみて思わず足がはねる。その手つきに迷いはない。
「こういうの慣れてるの?」
「慣れてるわけねえだろ。俺がこういうのするタマかよ」
「じゃあ初めてなんだ」
「……」
「嬉しいな」
 爆豪くんの手が一瞬止まる。けれどすぐに動き出した。そんな爆豪くんに私はなんとなく笑う。跪くような姿になっていたけれど、爆豪くんにその姿はとても似合わない。
 私の足にガーゼを張り付けて、下駄の上へとおろした爆豪くんはそのまま立ち上がった。視線が一瞬で見下ろすようなかたちから見上げるような形へ切り替わる。爆豪くんは、私を見つめた。爆豪くんらしくそらそうなんてちっとも思っていないような視線だった。
「お前マジで意味分かんねえ」
「うん」
「最初ンときもうぜえつってんのにべたべたくっついてきやがるし、そのくせ大事なことは何も言おうとしねえ。馬鹿だろ。見ててイラつく」
「うん」
「……あれ、本気で言ったのか」
 爆豪くんの後ろで、花火があがる。色鮮やかな光がまぶしくて私は目を細めた。今ここで嘘だよ、冗談だよと言ったら元に戻れるのかな、無理だろうなあなんて思う。友達でいたいという気持ちもあった。でももういいかなあと思った。今はよくても、未来で後悔するかもしれない。でもいいのだ。きっと今否定してなかったことにしたら、私はもっと後悔する。
「うん」
 自然な声だった。あのときの急き立てられるような感覚はなかった。私は自分の意思で決めてから、その言葉を口にした。
「私は爆豪くんのことが好き」
 今度は爆豪くんは驚いた顔をしなかった。ただ黙って、私の耳に傾けてくれている。
「爆豪くんさ、最初は怖い人かなあって思ったんだよ。まあ実際怖い人だったんだけどね」
「怖くねえわ」
「あはは、うん。でもさあなんだかんだで一緒にいたらさあ、いつのまにか好きになっててさあ、私優しい人がタイプだったのに、変だよねえ」
「……」
「爆豪くんさ、なんだかんだで私のこといつのまにか一緒にいるの許してくれたじゃん? あきらめたともいうんだろうけどさ、でも私それすごく嬉しかった。私が困ったときにさ、うん、風邪のときとか、結局家まで送ってくれたりで、それで」
「……」
「気づいたときにはもう、駄目、で」
 てのひらが、私に伸びた。あ、と思う間もなくそのまま抱きしめられる。
「泣いてんなよ、馬鹿」
「……うん」
 おさまったはずなのに、涙が再び零れ落ちる。迷うような手つきで、頭を胸へと押し付けられる。なんだってできるのに、できないものなんてないような爆豪くんなのに、こういうときはそうじゃないみたいだ。それが嬉しくて、なぜだかますます泣けてきた。
「好き」
「……」
「好き、……好き。ごめん、好き」
 指先が首筋に触れた。ぴくりと指が動くのが分かる。そのままてのひらが離れる。私から手を離した爆豪くんは膝をかがめて、私の目を覗き込んだ。その表情はちょっとあきれているようにも見えた。お前さあ、とため息の混じりの声で言われれる。見えたんじゃなくて本気で呆れているみたいだ。
 それから爆豪くんは表情を変える。真面目な顔をした爆豪くんに息をのんだ。
「馬鹿か」
 そんな私の額を爆豪くんは思いきり小突く。痛っと声をあげる私を爆豪くんは今度は強く抱きしめた。馬鹿だろお前と、繰り返してそう言われる。きつく、きつく、意思を持って、爆豪くんは私を抱きしめる。
 さすがに苦しくて、爆豪くんの名を呼ぶとあっさりと腕が離れるけれど次の瞬間にはもう一度抱きすくめられていた。爆豪くんの顔はだきしめられているために、見えない。爆豪くんの体越しに花火の光だけが視界に入る。
「お前が、本当にどうでもよかったら、二人でまわるとかねえだろ」
「……う、」
「分かれよ!言わせんな!」
 告白でもまさに爆豪くんだ。私は好きって言ったのにとか、いろいろ思った。でもそんなこともうどうでもいいことだった。ますます泣き出した私に爆豪くんは呆れたように嘆息して、だけどびっくりするほど優しい手つきで私の頬を撫でた。花火の光が目の端でにじむ。
 私は、そこでようやく爆豪くんの背中に手を回した。すると爆豪くんの体がちょっとだけ震えた。あははと笑うと眦から涙がこぼれる。笑ってんじゃねーと理不尽な言葉が降ってきて、それでもその言葉はどうしようもないほど優しいので、私はやっぱり笑いながら泣いた。
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -