そのあといろいろ見て回った。型抜きをしたりダーツをしたり(そこでも爆豪くんは才能マンぶりを発揮していた。むしろ爆豪くんにできないことを知りたくなってくる)焼きそばを食べたりいか焼きを食べたり綿あめを食べたりもした。あとりんご飴もだ。
「そんな甘えのよく食えんな」
「ふつうにおいしい」
爆豪くんは根っからの辛党なので私が甘いものを食べるたびにすごい顔をしていたけれど、私から見れば爆豪くんがいつも食べてる辛いののほうがよく食べられるなあと言う感じだった。
あれから大分時間はたっていて、集合時間のときはまだ明るかった空もすっかり暗くなっている。携帯を確認すると、もう少しで花火も始まる時間だった。そのせいか人が多くなってきている。LINEの方にもみんな現地に到着してきているという連絡が入ってきている。みんな集まってきているみたいだ。寂しい気もするけどそろそろ時間だった。LINEの方でもみんな合流しようという話になっている。
ひとしきり歩いたせいで、履きなれていない下駄を履いた足は鼻緒の部分にあたるところがじんじんとしている。そろそろ歩くのがきつくなっていたからちょうどよかったのだろう。花火を見るならもう歩かないだろうし。
そんな風に考えことをしていたせいか、そもそも人混みのなか携帯に視線を落としていたせいか、私は流れるように歩く人をよけきれずに思いきり転びそうになった。そのまま人の波に流されそうになった私の手を爆豪くんがつかむ。
そのせいでさっきのように無言で目を合わせることになった。かたくてあたたかい手はしっかりと私の手首をつかんだままだ。
「……そろそろ合流しないといけないね」
なんと言えばいいのか分からなくて、私はそっとほほ笑んでそういった。満足だった。一緒に夏祭りをまわれて、デート、みたいで。よく帰り道が一緒になることはあったけど、こうやって二人で一緒に出かけるのは初めてだったから、なんだかもうそれだけで十分幸せだった。
爆豪くんはやっぱり何も言わず、私を見ている。何か言いたそうに見えた。私はその言葉を急かさずに待とうと思った。けれど。
携帯の着信音が沈黙を割くように響く。私の携帯だった。そっと、爆豪くんの手が離れる。私は一瞬呆けたものの、爆豪くんの視線に携帯を取り出した。相手の名前は轟くんだ。耳に当てて、通話の文字を押す。向き合って電話をするのもあれなので私は一歩下がり、横を向いた。
「もしもし」
「……轟くん?」
「おう」
電話越しだと声が低いように感じる気がする。といっても轟くんと電話することなど数回しかなかったのでそう感じるのかもしれない。轟くんは今緑谷くんたちと一緒にいること、私たちがいる場所と(さっきLINEでつげていた)轟くんがいる場所が近いらしいので今もう合流しないかということだった。そうだね、そうしようと爆豪くんに伝えるために振り返る。すると、爆豪くんは何を思ったのか私の手から携帯を取り上げた。びっくりした私をちらっと見た後、爆豪くんははっきりと言った。
「合流はしねえ」
「え」
「こっちはこっちでやるからそっちはそっちで勝手にしろ」
それだけ言うと切って、爆豪くんは携帯を私へと返した。視線が私の足元へ伸びる。その視線にいたたまれないような気持ちになって、思わず身じろぎした。
「痛えなら言えよ。隠すな」
何が、とは言わなくてもそれがどういう意味なのか、分かっていた。私は足が痛いことをばれないように隠していたし、実際に知られていないと思っていた。気づかれていないと、見られていないと思っていた。それでも爆豪くんは、私が足を痛いことを分かっていてくれていたらしい。
私はその事実に何も言えず黙ってしまった。それを、爆豪くんは勘違いしたのか眉をひそめる。
「花火ならどこでも見れんだから我慢しろよ。合流してまた歩くことになるよりマシだろ」
「……」
「……そんなに行きたいならまずその足なんとかしろ。終わるまでには合流できんだろ」
私は首を振った。合流したいから黙ってしまったわけじゃない。本当に何を言えばいいのか分からなかったのだ。ただ泣きそうだった。目が熱い。胸の奥も熱い。本当に言葉にならなかった。しゃがみこんでしまいそうだった。
「なんで泣きそうになってんだよ」
唇が震えている。巾着を持つ指先も震えていたし心の奥はもっと震えていた。私はもう爆豪くんから目がそらせなかった。
「爆豪くん」
「なんだよ」
「好き」
「あ?」
「爆豪くんのことが好き」
爆豪くんの目がゆっくりと見開かれる。言うつもりなんてなかった言葉はひどく唐突に抑えられなくなった。駄目だと思った次の瞬間には、その言葉は口をついて零れ落ちていた。
爆豪くんは何かを言おうと口を開いたが、何を言えばいいのかわからなかったらしい。こちらを見つめて無言のままだ。さっきとは違う困惑が混じった沈黙だった。意図せずに目からぽたぽたと涙がこぼれる。ごめんという言葉がこぼれる。本当に言うつもりなんてなかった。困らせるつもりも迷惑をかけるつもりもなかった。でも結局自分の気持ちを伝えるだけ伝えて、こうなってしまった。
アナウンスが聞こえる。花火が始まるアナウンスだ。増えた人波はより勢いと数が増している。そんな中で立っている私たちは迷惑になっていた。爆豪くんもそれに気づいたのか舌打ちをする。ごめんともう一度口をついてでた言葉に、爆豪くんは怖い顔をした。と思うと、さっきしたように私の手首をつかむ。そうして歩き出した。
足早なその速さは、小走りにならないとついていけない。あたたかいと思ったてのひらは今はじんわりと汗がにじんでいた。きっと私の手もそうだった。髪をあげてむき出しになっているうなじが熱い。どこもかしこも熱い。今更自分の体が緊張しているのが分かる。
爆豪くん、と、小さく呼んだその名前が届いたかわからない。ただ、爆豪くんの首筋にも汗がにじんでいるのだけは見えた。