ライナスの頬 | ナノ
 雄英高校に事実上夏休みはない。世間が夏休みに入っても課外授業も実践訓練も普通にあるのだった。休みなのはお盆のあたりぐらいだ。もちろん去年もそうだった。
 そんな夏休みだけど去年の夏は思い出がなかったわけじゃなかった。突発的な計画だったけどクラスで集まれる人間で夏祭りに行こうという話になったのである。もちろん私も行った。こっちの夏祭りは地元とは違うところもあったし変わらないところもあってそういう違いを感じるのも楽しかった。なによりみんなで行けたのも楽しさに輪をかけていたんだろうなあと思う。
 今年もみんなで行けたらいいねえというのは話していた。そうみんなで。
「爆豪ちゃんと二人じゃなくていいの?」
 飲んでいたお茶が変なところに入った。思わずむせる。爆弾発言を投げた梅雨ちゃんはというと何食わぬ顔をしたまま首をかしげてみせた。梅雨ちゃんはそういうしぐさが嫌味なく似合う。似合うし可愛いけど今はそういう問題じゃない。
「な、なんの話? 私と爆豪くん別にそういうんじゃないっていうか」
「まだ私何も言ってないのに。そういうことってどういうことなの?」
「ぐっ!」
 あの日、爆豪くんが私を抱えて運んでくれたらしい日から(私はほとんど覚えてないけどみんなばっちり見ていたらしい)女子の間でなんとなくそういう空気があった。そう、自分で言うのもあれだけど良い感じの雰囲気なのでは?!というやつだった。元々私が爆豪くんに話しかけてたのもあってそうなの?というのはあったのだけどこの前ので完全にそうなんだねと納得されてしまったのである。好きなのかと聞かれて違うと否定することもできずに縮こまる私に向けられたみんなのあの生暖かい目を忘れられない。雄英ってお堅いの?と聞かれることもあるけれど、年頃の女の子が集まれば恋愛の話だってするし普通に盛り上がるのだった。
 私はもう私の気持ちを自覚している。それでもみんなの前でそうだと言えないのは、それが伝わってしまうのが怖いからだ。私が爆豪くんのことを好きでも、別に爆豪くんは私のことをそんな風に見ているわけじゃない。多分自分になついている犬ぐらいに思っている。この前の俺に言えっていう言葉だって自分になついていたはずの動物が自分じゃないやつにくっついていたら面白くないみたいなそんな感じなのだ。
 濡れた口元を持っていたハンカチで拭う。そっと、視線だけで爆豪くんの方を伺った。爆豪くんは男子の中で、いつものようにご飯を食べている。去年は無理やり引っ張ってこられたらしく意外なことに爆豪くんも夏祭りに来ていた。もし誘うなんてことをしたら、私の態度的にそれはもう告白したようなものだ。周りに自分の気持ちを知らしめるような真似をしたいとは思わなかった。
「来年はどうなるかわからないものね、誘うなら今年のうちだと思うけれど」
「そう、なんだよねえ」
 今年もなんだかんだで忙しいけれど、来年になってしまえば進路のこともあるからきっともっと忙しいのだ。遊んでいる場合ではない。だからこそ、もし誘うとしたら今年じゃなきゃいけないのだ。……いや、誘わないよ!普通にみんなで行くのでいいんだよ。
 一緒に行きたくないわけじゃない。行きたいか行きたくないかで言ったら行きたいんですよ実際!でもなんで?っていう顔をされたらって思うと足はすくむのだ。当然のように行かないとばっさり断ち切ってもらった方がましかもしれない。だって私は爆豪くんと行きたい理由を爆豪くんにまだ言えない。……まだ、どころか今後もずっと言えないかもしれなかった。
 そう思うと悲しかった。でもいいんだ、みんなで行くのはきっと楽しいし。そんなことを考えながら、私はまだ残っていたおかずに箸を伸ばした。



 浴衣の着付け方は中学のときにお母さんにならったけど、去年は浴衣が手元になかったので残念ながら着ることができなかった。どうせならみんなで一緒に着たいねと話していて、今年こそは約束していたのだった。このまえ帰省したとき持ってきていたので準備は万全だった。
 中学のときに買った浴衣は白地に淡いピンクの牡丹が描かれているもので、ひとめぼれしてお母さんに買ってもらったものだ。毎年浴衣を買ってもらっている子もいたけど、その浴衣を買ってもらって以来私は同じ浴衣を着ていた。ちょっと大人っぽいけどでも可愛いこの浴衣が私は大好きだったのだ。みんなの浴衣姿を見るのも楽しみだったけど、この浴衣を着るのも楽しみにしていた。
 向かう途中で会った爆豪くんと一緒に歩きながら集合場所に着いたものの、時間が近づいても誰も現れない。連絡してみると来る道の途中で割と大きな事故があったらしく、そのせいで交通機関の一部がストップしているらしい。ぎょっとしてその事故の規模の範囲を聞いたけれど、人が巻き込まれてはいないらしく単純に被害は交通機関のみですでに回復に向かっているそうだ。その言葉にほっとする。正直事故が起きているのに気にせずお祭りを楽しもうという気にはなれない。
 集合時間には間に合いそうにないから、ついてるメンバーは先に回っててほしいというのがクラスLINEでの話だ。みんな花火のころには間に合うだろうから、各自ついた人間から合流してまわって、そのうち合流というかたちになるようだった。お互いに携帯を見下ろしてLINEを確認する。顔をあげるとちょうどこちらを向いた爆豪くんと目が合った。
「……どうする? とりあえずまわる?」
 嫌だと言われたらと思うとちょっと喉がひくついた。でも平気な顔をつくってそう言った。自分の思いに気付く前だったら嫌だって言われたってまあまあととりなすことだってできたのに、今はたぶんもう無理だ。そういわれたら自分がすごく傷つくのが予想できる。今までこんな風に人を好きになったことがなかったので、初めて知ったけど人を好きになるということはきっと弱くなるということだ。だって私は多分きっと今爆豪くんに一番弱い。
 私の視線を受け止めた爆豪くんは一瞬沈黙する。その沈黙を飲み込んで、爆豪くんはなんてことないように言った。
「それ以外ねえだろ」
「うん」
「なんだよ」
「……ううん、私、射的やってみたいなって思って」
 行こうよと、ここからでも見える出店を私は指さした。私の言葉に歩き出した。爆豪くんの隣に並んで、私も歩き出す。不謹慎だけど、こうやって一緒に歩けるのは嬉しかった。一緒に回ってくれると言ってくれたのもだ。
 ちょっと顔がにやけてしまいそうで、気を引き締めた。先にやっていいかを爆豪くんに聞くといいと返事が返ってきたので巾着から出した財布でお店のおじさんにお金を渡す。
 どうぞと渡された銃に一緒にきたコルクのひとつ(これが弾みたいだ)を入れる。実をいうと射的をするのは初めてだった。でも的にあてるだけだったら簡単そうだなあとも思っていたのだ。とりあえず一番最初に目に入った右端のぬいぐるみに見様見真似で銃を向けて、引き金を引く。すると弾はむしろぬいぐるみの隣のおもちゃに当たりそうなほどずれた。
「はずれすぎ」
「あ、あれ?」
 爆豪くんの冷静な突っ込みが入る。自分でもびっくりする結果だった。もう一回狙いを定める。今回はもっと慎重にだ。けれど私の打った弾はまたしても思いきりずれ今度は全然違う方へと飛んでいってしまった。
 もう一度撃ってみる。三発目はさっきよりも近づいた。でもかすっただけで倒れてくれる様子もなく、お店のおじさんも苦笑いしている。
「これ当たるの…?」
 呆然とつぶやく私の横で爆豪くんがお金をおじさんに渡す。どことなく慣れた様子で銃を向けると弾が発射され、立っていたお菓子があっさりと倒れた。爆豪くんは続けて弾をこめると、そのままいとも簡単に倒し続けてみせる。五つもらったコルクの弾すべて、外すことなくだ。
「すげえな、兄ちゃん」
「簡単だろ」
「どこが!」
 残りの二発も撃ったものの、やけくそぎみだったからか当たるわけもなく酷い有様だった。もう一度財布を取りだす。もう一回やりたいと言った私に爆豪くんはあきらめろよと言ったものの止めなかったので、そのまま続ける。
 もう一度もらったコルクを詰める。慎重に慎重に狙いを定めて撃ったけれどまた外れてしまった。掠りもしない。爆豪くんが後ろでため息をつく。
 難しいんだよ!と抗議しようかと思ったものの、全弾命中させてた人に言えることでもない。何がダメなんだろうなあ、と迷いながらもう一度狙いを定めた私に爆豪くんは言う。
「真ん中じゃなく端狙え」
「端?」
「真正面から倒すんじゃなくて回転させる感じでやんだよ」
 さっきまで狙っていたぬいぐるみは難しいっぽいので、今度はキーホルダーがつられている紙を狙ってみる。爆豪くんの言う通りに紙の端を狙う。今度は掠ったものの落ちることはなかった。
 私これ才能ないのかもしれない、と爆豪くんを振り返ろうとしたとき、私の腕に爆豪くんの腕が伸びた。一瞬で体が固まる。銃を持っていた私の腕を上からしっかりと握られる。
「ちゃんと狙えてても撃つとき反動でずれてる」
 首の後ろに、爆豪くんの声が響いてこそばゆい。思わずずれてる?と、オウム返しに繰り返すともっと脇締めろと返ってきた。何も言えずに素直に言う通りにする。重ねられた手はいつかのあのときのように、あたたかかった。
「このまま撃て」
 その言葉に導かれるように撃つ、と、弾は見事に紙の左端にぶつかって倒れる。
「や、やった!」
「一個落としたぐらいで喜ぶのかよ」
「だってあんなに外したのに!ありがと爆豪くん!」
 喜びで思わず振り返った。そのときにはもう手は放されていたのだけどさっきまで触れられていたのだから爆豪くんはとても近いところにいるわけで、振り返ったさきのぶつかりそうなくらい近い爆豪くんに目を見開く。爆豪くんも私が急に振り向くと思わなかったようでびっくりした顔をしていた。とっさに距離をとろうと後ろに下がると、天板にぶつかって体がよろめく。履きなれていない下駄のせいでバランスをくずした私の体を爆豪くんが引き寄せた。
 腕を握られたまま、お互いに無言で見つめ合う。ありがとう、と言わなくちゃと思うのに口が動かない。そうしてどれくらいそうしていたのか、爆豪くんがふっと目を逸らした。
「お前、あれ欲しいのか」
「う、うん。かわいい、から」
「やっぱりお前趣味子供だろ」
 そういって、爆豪くんが銃を抱えた。まっすぐに、爆豪くんが私の欲しがっていたぬいぐるみを見据える。あ、と思うと同時にぬいぐるみは撃ち落とされていた。あれだけ私が苦労していたことなんてなかったみたいだった。
 店のおじさんが、落ちた景品を拾ってくれる。ぬいぐるみとキーホルダーだ。ぬいぐるみを抱えるようにしてそっと抱きしめる。ぬいぐるみは遠目に見るより小さくふわふわだった。
「他になんか欲しいのあんのか」
「……キーホルダー、がいい」
 私のお願いした通りに、やはりあっさりと爆豪くんは撃ち落として見せる。もう一度おじさんから景品を受け取った爆豪くんが私へとそれを差し出した。ぬいぐるみを抱えたまま、それを受け取る。
「ありがとう」
 どうしようもないような感情がこもったその言葉に爆豪くんはちょっと眉を寄せた。爆豪くんは人にお礼を言われるのはあまり慣れていないようだ。だからいつも居心地悪そうな顔をする。それからどうでもいいみたいにごまかして見せるから、だからもう一度ありがとうと囁いた。大げさなやつと、爆豪くんが鼻で笑う。そんな照れ隠しにああ、好きだなあと、ただそう実感した。
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